第88話 インストス

「あれか〜〜!!」

「また現れたか〜!!」

「この街は魚人に祟られとる!」


打ち上げられた魚人話をみんなにし終わった頃、30-50代くらいの男性3人が浜に降りてきて、魚人の死体の方に向かっていく。


「カイト!俺も見たいから行こうぜ!」

ウインライトの目が輝く。体は大きいけどまだまだ好奇心旺盛な15歳だ。


「そうだね。彼らは何か知ってそうだし行こうか」

「またいくの?仕方がないわね。」


結局全員でゾロゾロ魚人の死体を見にいくことになった。




「前に現れたやつとおんなじような魚人だな。」

「そうだな。」

男達が魚人の前で何やら話をしている。


「そういや、ウイリス家のメンヒルが魚人になったって聞いたぞ・・」

「魚人は人間に寄生してそいつを乗っ取るって言う噂は本当なのか?」

「誰がいっとったんじゃ?」


「俺の倅だ。倅のダチと遊んどったそうなんだけどな。急に苦しみ出したかと思えばものの30分ほどで魚人になったらしいんだよ。

怖くなってダチを連れて逃げ出したといっとったが…。」


「メンヒルが魚人に?? ウイリス家って前も魚人が出たぞ。どっちもあのバース家から嫁いだ娘の子供だぞ。メルシュ家とバース家は失踪者も多いし、何かあるぞ。

これは司祭様にはお知らせせんと。」


「滅多な事言うな!お前も消されてまうぞ。

しかし、とりあえず司祭様には報告しとったほうがええな」


3人の男の会話を聞くかぎり、どうやら魚人について何か知っていて司祭に報告に行くらしい。


「カイト、なんだあれは!? 人の種族とは思えないぞ。気持ち悪すぎる」

「あの魚人が「深きもの」と言う種族らしいよ」


「カイト恐い!」

「カトリーヌ、マーガレット、やっぱりビアンカを連れて天幕でまってて」

「かしこまりました。」

「私もこれはダメ・・。わかったわ。ビアンカちゃんいきましょう。」


「カイト・・何なの?これ・・」

「シャルロットも怖かったら天幕いっててね。」

「ううん。大丈夫なの」


とりあえず僕は男たちに話しかけることにした。


「すみません。ちょっとお聞きしていいですか?」

「なんじゃお前ら、破廉恥な格好しよって」

「ハハッ 海で遊んでたものですから。僕たちは、ロンドアダマスの魔法学園からバカンスに来ました。」

「魔法学園?なんだそりゃ?」


「おう。聞いたことあるぞ。貴族様の子弟が魔法を学ぶところだったはずだ」


「お貴族様? あんたらお貴族様なんか?」


「はははっ まあそうですね。」


「え、これは失礼したしましたです。私はこの辺の農地を監督しとるベンといいます。」

「すんませんな。わからんかったもので」


「いいえ、全然かまいません。僕はカイト-ドレインというものです。」


「ド、ドレイン!? あのドレイン家の!? これはスミマセン!失礼いたしました!」

どうやらドレインの家名はこのあたりでも名が通っているらしい。


「ここは私の領地ではありませんし、気にしなくても良いですよ。

それよりも、魚人はインストスの街で前にも現れたんですか?」


「・・。ああそうです。ここ何十年か前から度々魚人が現れて騒ぎになっとります」


「人間が突然変異して魚人になるのですか?」


「きこえとりましたか・・。

俺らの仲間内ではそうじゃないかと言ってます。こいつの粘液から乗り移るって言う奴もおります。魚人はできるだけ触らんようにせんと。」


「乗り移る、、。この魚人はどうするんです?」

「海に戻すしかないですな。」


「でも元は街の人で、知り合いかもしれないんでしょ?

司祭様のところには持って行かないんですか?」


「司祭様は運んでこいと言うんだけど、そんなことしたがる奴はいませんよ。

司祭様には報告にいくだけですわ」


「私たちもついていっても?」


「なぜ、お貴族さんがついてくるんです?」

「確かにそうですね。私は司祭にお会いしたいだけなので、ついていく必要はありませんね。ハハハッ」


「アビー、ウインライト、行こう。この街の教会に」

「えっ。帰るんじゃないの?」

「もう一泊くらいしていこう。宿代は僕が持つよ。」

「さすが方伯家は違うな!カイト持ちでもう一泊!やったぜ!」

「しかたがないわねえ。」



**********



僕たちはインストスの街のホテルで遅めの昼食をとった後、カトリーヌとビアンカを残して海岸(河口)沿いに建てられたインストス大聖堂にやってきていた。


大聖堂の規模はロンドアダマスの大聖堂やリブストンの聖アウグスト大聖堂と比べるまでもないが、それでも人口1万5千人程度の街にしては立派な大聖堂である。


この国の大聖堂は総じて正方形をしていて、ほぼ全て西側に祭壇があるが、もちろんこの街の聖堂も同じ構造をしているので入り口は東側にある。


僕たちが大聖堂に入ると西側の祭壇に助司祭と思われる衣装を纏った人がおり、壁に描かれた第一の使徒アーノルドに祈りを捧げている。


まずは僕たちも跪き祈りを捧げることにした。神への祈りが終わると、それから助司祭の祈りが終わるのを待ち声をかける。


「助司祭様、お話よろしいでしょうか?」

「はい。大丈夫ですよ。信心深い信徒のお話を聞くのも聖職者の仕事です。」


「ありがとうございます。私はカイト-ドレインと申します。」

「ドレイン・・? あのドレイン方伯家の方ですか?」

「そ、そうですね。」


「後ろの方達は??」

「私は今魔法学園に通う身分でして、皆その学友です。」


「名高い魔法学園の生徒様でしたか。それで、魔法学園の方がどのようなお話でしょうか?」

「ああ、僕たちは今休暇中でして、この街の近くに綺麗な浜があると知ってやってきました。

そこで海水浴をして過ごしていたところ、魚人が浜に打ち上げられまして」


その瞬間、助司祭の顔が歪んだ。


「・・ああ、魚人のお話ですね。わかりました司祭を呼んでまいりますのであちらの部屋で少しお待ちください。」

助司祭の男は僕たちを聖堂を囲む建物の中にある部屋に案内して出ていく。



*****



「お待たせいたしました。皆様」

真聖教の司祭の衣装を着た初老の男性が姿を現す。


「ドレイン方伯のご子息はどちらに」

「あちらの方がカイト-ドレイン様です。」


「私はこのインストス大聖堂の司祭をしております、ダニエルと申します。なんでも魚人をみたとか?」

「はい。魚人が浜に打ち上げられたので僕も皆もびっくりしてしまいまして、街の方に聞くとここには良く魚人が出ると言うので興味が湧きまして・・。」


「なるほど、それはとてもびっくりされたことでしょう。確かにこのインストスでは以前より度々魚人が現れたと騒ぎが起きています。しかし私もそうですが多くの人が魚人を見たことがありません。

そもそも魚人は「深きもの」という神の下僕げぼくだと言う言い伝えがこの街にはありますので、私としては怖がる必要はどこにもないと思っているのですよ。


ですので、ここに顔を出す信者の方には魚人が現れた場合、この大聖堂に連れてくるか、遺体でも運んで欲しいとはお願いしているのですが。誰も彼もが怖がってしまって・・。」


「魚人が神の下僕と言うのですか?」


「そうです。私はこの街の生まれではありませんし、真聖教の教えを広めるものですので大きな声では言えませんが、この街はその昔、海の神ダゴンを信奉していたそうです。」


「海の神ダゴン??私は山育ちなのでそんな神様の話は初めて聞きました。」

これも初耳だ。ラノベでもそんな話は出てこなかった。

ダゴンといえばキリスト教・・旧約聖書だったかの悪魔の名前だったような気がする。これは僕がやっていたスマホカードゲームの知識だ。


「そうです。まあどの地域でも、こう言った土着の神を信仰しているところはありますので、あまり気にしていなかったのですが、魚人が実際に現れたとなると話は変わります。「深きもの」は神の下僕と言われているわけですので、私もその魚人と話がしたいのですが・・。

会うことはもちろん、遺体も運んでくるものはおりませんので」


「街の人も魚人に触るのを恐れているようでした。触ると乗り移るとか。」


「それもご存知でしたか。

人間が突然魚人になるとの噂がこの街に広まってますが、私は見ていませんのでなんとも。人々が魚人を過度に恐れるあまり、そんなありもしない話が広まってしまったのだと思っています。

100歩譲って仮に人間が魚人・・「深きもの」に変態するとしても、人間に寄生しているのか?何かの呪いなのか?そんなことはわからないでしょう?」


「そうですか・・。

先ほど魚人と話がしたいとおっしゃっていましたが、魚人は言葉が話せるのですか?」


「人の種族は人間族以外も全て言葉を話します。もし人間が変態したのが「深きもの」であれば尚更、人間の知識もあるでしょうし話ができるのではと思っただけです。

そして・・。もし彼らが本当の神の下僕であれば我々より賢く強い力を持っているはずでしょうから。」


「なるほど・・。 私も神の下僕に会いたくなってきましたよ。」

「カイト様もそう思われますか。お互い神の下僕に会えるとよいですね」


「もう〜カイトったら。私は魚人なんかにあいたくないわよ!」

「はははっ。普通の人はみなさんそうでしょうね」


「色々と教えていただき、ありがとうございます。」


「ああ、ドレイン方伯のご子息ということはパオロ大司教様ともご面識が?」

「ええ、パオロ大司教とは何度かお会いしましたが。」


「そうでございましたか。この大聖堂の建立はパオロ大司教の父上であるアウリオ-フェッラーラ大司教が尽力されて実現したのです。」


「そうなんですか? なぜヨースランド司教区の大司教が?」


「アウリオ大司教がまだ司教の時に初めてこの街を訪れたそうですよ。

その時はすでにヨースランドの教会を任されていたらしいのですが、アウリオ大司教は魔法にも真聖教の真理にも精通した方だったらしく、この街にある「海の神ダゴン」、そして神の下僕である「深きもの」信仰に興味をお持ちになったようでして、この街に何度も足を運ばれたそうです。

そして、大司教になられてからもこの地が神聖な土地だとして、大聖堂を建立する資金も工面されたと聞きます。

私も今はこの大聖堂を任される身、リブストンに足を向けて寝られません。」


「初めて聞く事ばかりです。パオロ大司教のお父様は今もリブストンでご健在なのでしょうか?」


「あっ。えっと、ご存知なかったのですか?

いえ、それが、アウリオ大司教は10年ほど前に行方不明になりまして・・。その時は教会も大騒ぎになったそうです。」


「パウロ大司教のお父様は行方不明になられたのですか??」


「そうです。どこに行かれたのか?誘拐されたのか?全くわかっていません。

・・・。

そういえば、ここに来て私も初めて知ったのですが、この街最大の権力者であるローレント-メルシュ氏も同じ時期に失踪していまして・・。私は何か同じ事件に巻き込まれたのではと思っています。」


「ローレント-メルシュ?ルーベッド・メルシュ商会の方ですか?」


ルーベッド・メルシュ商会はインストスの街の商会でこの街の商業を牛耳り、代官の子爵家よりもずっと権力があるらしい。一言で言えば街のドンだ。


「この街最大の商会を立ち上げたルーベッド・メルシュの息子です。」


「なるほど・・。この街の権力者と一緒に失踪した可能性があると・・。


そういえば街の人が、メルシュ家とバース家では魚人になったり、失踪する人が多いと言うような事を聞いたのですが」


司祭の顔色が変わる。

「そ、そんなことはありません。

確かに失踪者が何人かいる事は知っていますが。

メルシュ家とその分家のバース家はこの街最大の権力者です。

よく思わない人も多いのでしょう。」


司祭は明らかに切れ味の悪い回答をした。


「そうですか。興味深いお話ありがとうございました。この巡り合わせを神に感謝いたします。」


「いえいえ、学園の生徒の皆様に神のご加護があらんことを」


そういって僕たちはインストスの街の聖堂を出た。もう日が暮れている。

この街に初めて来た時、街並みの白と灰色の壁が日に照らされ光輝くようだったのに、日が落ちようとしている今は何かどんよりした薄気味悪い街に感じた。



***************

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