第83話 叙爵
ルークは皇都ロンドアダマスの皇城で頭を下げていた。
別に悪いことをしたから頭を下げているわけではない。
ここはロンドアダマス城の謁見の間。皇帝がこの城で公式に姿を現す唯一の場だ。
公式の場と言うだけあって、謁見の間は広い。
天井は3階分くらい、面積はちょっとした体育館程度の広さがあり、様々な文様の装飾には金と青色がところどころに散りばめられている。それが皇帝の権威を現すように荘厳な雰囲気を醸し出している。
「
キツめ女性の声が聞こえて、ルークは腰を屈めたまま頭を上げた。
目の前の数段高いところにある玉座に宝石を散りばめた服を着た男が座っている。いかにもこの城の主と言った風体と威厳のある態度だ。
その右隣には先ほどの声の主の女性が立っており左隣には初老の男性がいる。
女性は40前後で質素ではないが、派手すぎない朱色のワンピースを着ており少し茶が混じった黒色の髪を伸ばしている。
そしてその奥で、エリザベスが少し微笑みながら立っているのがわかった。
ルークの両サイドには黄金の鎧を着込んだ兵士が槍を持って並び立ち、その後ろにも貴族と思われる人々が見える。
「其方は、アインホルンの森で賊に勇ましく立ち向かいエリザベス皇女殿下の命を救ったルークで間違いないか?」
皇帝の隣に立つ女性の大きな声が広間に響く。
「はい。間違いありません」
「では、その功績を讃え皇帝陛下の名においてルークに黄綬褒章と褒賞として金として金一封、そして男爵位を叙爵する。」
「はっ! ありがたき幸せ」
「ルークよエリザベスを救ってくれたことグローリオン皇国皇帝として感謝する。」
「はっ!ありがたきお言葉。」
皇帝陛下はルークに言葉をかけると、立ち上がり隣の女性から黄金の杖を受け取る。
「ルークよ陛下の前に」
「はっ」
ルークは皇帝陛下の前に進み、そこでまた膝をつく。
皇帝陛下は先ほど受け取った黄金の杖をルークの頭に向けて振り、
「神の御心に沿って其方を男爵に叙する。
これからはルーク-デュクラージュと名乗るがよかろう。」と言った。
杖から何かが出るとか杖の先の宝石が光るといったことはない。これが叙爵の儀礼なのだろう。
「謹んで拝爵いたします。これからも皇帝陛下に命を尽くすとお誓いいたします。」
「うむ」
皇帝陛下はまた席に戻り、「褒美をここへ」と命じる。
「ルーク-デュクラージュよ立ちなさい」
そういって先ほどの女性が美しい布がかけられた箱を持ってルークの前に足を進める。
ルークは立ち上がると、女性から胸に黄綬褒章を付けてもらい金一封の入った箱を受け取った。
***
男爵など大量に発生するので通常は叙爵の儀礼を皇帝が行うことはない。
ただ今回は皇帝からの褒美として叙爵するため、このようなセレモニーが必要だっただけだ。
また男爵や子爵は本来は皇帝の名の下に叙爵や陞爵が行われるのではあるが、その制度も疲弊していて、伯爵や方伯、公爵が自らの裁量で男爵や子爵を叙爵し、事後報告を追認する形が多くなってきている。
なお、爵位が与えられても、それによって収入を得ることはない。
爵位だけでは単なる箔であり、男爵なら役人や兵士官、騎士として収入を得るのが一般的だ。※役人で上級職になったものは男爵位が与えられる。
それに対して子爵は土地を持つものか、土地はないが代官をしているなどの場合が多い。
子爵は土地の統治に直接関わる者が得る爵位と言える。
また、子爵位の場合は子爵に叙爵して土地を与える事が多々行われる。これは特に地方領主(伯爵以上)が行う事が多いが、皇帝の直領でも行われる場合はある。
男爵、子爵とは別に騎士爵というものが存在し、士官位を得た騎士団員は例え平民出身でも騎士爵を叙爵され、正式な騎士として認められる。
これは男爵位と同等として扱われるが、こちらも土地が与えられるわけではない。※地方では都合で与えられる場合もある。
地方では平民が騎士団に入る事はまずない。伯爵や子爵の跡取り以外の子息が占めているからだ。
対して皇帝直下の近衛騎士団、皇国北方騎士団、皇国東方騎士団は規模が大きいため裕福な平民の子息が騎士団に入る事が多々ある。
男爵や騎士爵は爵位は一代限りだが子爵以上は爵位を継がせる事ができる。
しかし家督を継ぐのは1人だけであり、他の子息は独り立ちが必要になる。
役人になり男爵位を目指すもの、騎士になり騎士爵を目指すもの、代官として子爵位を得る者、土地を譲り受け子爵位を得るもの。
貴族社会も嫡男以外はさまざまな方法でみな生き延びるために必死である。
**********
皇帝陛下直々に褒賞を貰った次の日、俺は学園から乗り合い馬車で大劇場で降り、そのまま貴族街にあるレストランに向かった。
エリザベスがまっているからだ。
エリザベスは、俺が彼女の父である皇帝ジェフリー三世陛下から男爵位を叙爵されたことをとても喜んでくれた。
父に俺が認められたことが何より嬉しかったのだろう。
昨日皇城を離れるときに2人で叙爵のお祝いをしたいとエリザベスから誘ってくれた。
指定されたレストランに近づくと近衛騎士団と思われる男性兵士が玄関に2名待機していた。
兵士は俺を確認すると1名が中に誘導してくれる。
中ではレストランの主人が待ち構えており、そのまま誰もいない半個室の2人掛けのテーブルに案内された。
今日は貸切なのだろうか? 他に客はいない。
しばらく待っていると、入り口の方から音がして「デュクラージュ卿」はすでにご到着です」という声が聞こえた。最初は誰のことを言ってるのかわからなかったが、どうやら俺のことを言っているようだ。
「卿」は大袈裟すぎる・・。
何人かがテーブルに近寄ってくる。
「デュクラージュ卿」お待たせしました。皇女殿下がご到着です。
いつも見かけるレイラという女騎士だ。今日は甲冑はつけておらず騎士団特有の白の生地に青い刺繍が入ったローブを纏っている。
俺はエリザベスを迎えるために立ち上がると、すぐに黄金の髪を輝かせる麗しの美女が姿を現す。
「ルーク!!会いたかったわ。」
そう言ってエリザベスは俺に抱きついてきた。
俺はどうしていいかわからずに固まってしまう。
するとレイラともう一人の護衛の騎士は頭を下げ離れていく。半個室のテーブルから少し距離をとって警護するのだろうか・・?
「フフッ なんだかお化けにあったかのような顔をしてるわよ。もっと喜びなさい。」
騎士が視界からいなくなったことで、俺の緊張が一気に和らぐと、固まった表情も緩み、エリザベスに会えた喜びでにやけてしまう。
「いや。急に抱きつくからびっくりしたんだよ。近衛騎士もいるんだからな」
「あの二人は大丈夫。ルークにはすごく恩義を感じてるから。
もし私が攫われて帰ってこなかったら彼女達は騎士団にはいられなかったでしょう。いえ、死罪だったかもしれません。」
「えっ 死罪!?・・騎士と言ったらそれなりの身分だろ?」
「そうね。でも皇女の護衛が寝ていて皇女を攫われましたでは許されないわよ。」
真剣な顔をするエリザベス。
「だから彼女達は味方。」
そう言ってエリザベスは笑顔を見せルークに口付けをする。
ルークもそれに応える。
「コホンッ。 シェフが前菜を持ってまいりました。」
護衛であるキャサリンの声を聞き、エリザベスはルークの唇から惜しそうに離れる。
シェフが前菜、ウエイターがワインを持ってきた。
「昨日のルークはカッコよかったわよ。ちょっと緊張していたけどね。」
「なんだか恥ずかしいな。でもこれで卒業を待たずに男爵になれた」
「そうね。爵位をもらえたことに。いえ、私を救ってくれたことに・・。ルーク-デュクラージュ卿に乾杯。」
エリザベスとワインを傾けて乾杯をする。
そして、二人は腰を上げテーブルを挟んでキスをする。
「ありがとうルーク」
「エリザベスを救いたかった。ただそれだけさ。」
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