第75話 夏合宿からの帰還

夏合宿からの帰りは川下に向かう事もあって3日と半日ほどで皇都にたどり着いた。


ロンドアダマスの河港ではいつものように多くの商船が荷揚げを行っていて、僕たちの船はその端にある近衛騎士団が管理している船着場に横付けする。


船着場に着くやいなや、合宿に参加していた教師達は慌ただしく動き始めた。

理由はもちろん今回の皇女殿下拉致事件があったからだ。


学園長への報告、そして学園を管轄する皇都の警備兵に報告しなければならないだろう。

亡くなったケンロック先生の件を実家(ドーソン子爵)に伝える必要もある。

(ケンロック先生のご遺体は持ち帰るわけにもいかずベースキャンプ近くの森で埋めた後、簡易的に石の墓標が立てられ、合宿参加者全員でお祈りした。)


なにより重要なのは、皇帝陛下に皇女殿下が襲われた事件の詳細を報告する事だ。

事と次第によっては学園が人事面で一掃される可能性もある事件なのだから。


ヘンリー先生がすぐに皇都の警備兵の詰め所へ向かい警備兵を連れて帰ってくると、エリザベス皇女殿下の担任であるアーサー先生は警備兵が用意した馬車でエリザベス殿下と一緒に皇城へ向かった。


僕たち生徒はその後しばらく待たされたあと、皇都の警備兵10名ほどと一緒にヘンリー先生とロビン先生、カレン先生に連れられ徒歩で学園に向かうことになった。



どうやら、えらい事になっちゃったっぽい・・。


僕は明日から夏休み!と浮かれていたが、

皇都に帰ってからの騒ぎで事の重大さに気づいた。


皇女殿下が襲われると言うのは学園そのものを揺るがす大事件なのだと。


一緒に歩くアビーはあまり意に介していないようだが、その顔は終始暗いままである。


アビーはエリザベス殿下が襲撃されたことではなく、もちろんケンロック先生が殺されたことでもなく、ルークがアビーを遠ざけている事を気に病んでいた。


今もルークはウォルターやサイモンと並んで歩いていて、いつも一緒だったアビーとは行動を共にしていない。


合宿からの帰りの船の中でルークとアビーは何度か話をしているところを見たが、今までの仲の良い2人の会話とは程遠いように思えた。



もちろん僕も帰路でルークと何度か話をしている。


今のルークは誘拐されたエリザベス殿下を助けた英雄だ。

エリザベス殿下を助けた時の話について、普段なら、手柄を自慢するようにもっと明るく語っているだろう。


しかし、今のルークは全く違う。


終始真面目な口調で淡々とその時の状況を説明するだけで、いつもの不真面目のような明るさがないのだ。


宿で相部屋になった時、ルークに率直にエリザベス殿下との関係を聞いてみると、あの一夜で恋に落ちたのだと言う事を真剣な眼差しで熱く語ってくれた。


何せ、「エリザベスは絶対守る」だの「エリザベスは俺の命」だの。


超まじめに熱い恋ばなだった。


皇女殿下に恋をするとこれだけ人は変わるのか?!と正直驚いてしまうが、そういや恋に真面目。それがルークだったような気がする。


あと、あの晩、真っ暗な森の中でエリザベスと将来を誓い合った的なことも聞いたが・・


んん?? 皇女殿下が平民上がりの男と一緒になることを一夜で選ぶのだろうか??

かなりハードル高いぞ!とも思ったけどルークが嘘をつく理由がない。

相思相愛は羨ましい限りだ。


とりあえず僕はルークとエリザベスの恋を応援するよ!!とは言っておいた。もちろん本心だ。



そういう事で、あの事件の日以来アビーはずっと落ち込んだままだ。

僕はルークとは友達でいようとは思うけど、ルークよりもアビーの事が心配だった。


だから今もアビーに寄り添って歩いている。


「アビー。疲れてない?? 警備兵に囲まれて学園に帰るなんて思わなかったよ」


「私は大丈夫・・。 カイトこそ疲れていない?」

「僕は元気満点ピンピンしているよ。ほら!!」

そう言って僕はルンルンステップを踏む。


「・・・・・。 それにしても物々しい雰囲気ね。」


アビーはそのルンルンステップは無視して、警備兵に囲まれた今の状況の話をした。

僕の自慢のルンルンステップが・・・。


「皇女殿下が襲われちゃったからね・・。

あっ、もしアビーが襲われたら僕が助けるよ。」


「私を助けても英雄にはなれないわよ」


「英雄になりたくて助けるわけじゃない。大切だから助けるんだよ」


ちょっとかっこよく言ってみた(つもり)


アビーの暗かった顔が少し明るくなった気がする。そうその顔が見たかったんだ!


しかし、アビーは視線を僕の後方に向けると、少し不機嫌な顔になる。


「それ、シャルロットにも言ってる?」


振り返ると僕のすぐそばにシャルロットがいた。そしてすでに僕の腕を掴んでいる。


「カイト・・・」


「シャルロットどうしたの?」

「ごめんねカイト・・・」


「???? 何が?」


「・・・・・・」


「・・・なんでもないの。また今度・・約束・・。」


シャルロットはアビーをチラッと見てそう言うと僕から離れて行ったが、しかしカミーユと一緒になる様子もない。


そもそもあの日からカミーユとシャルロットが話をしているのを見ていない気がする。


「カミーユとなんかあったのかな?」


「最近シャルロットはカイトに懐いてるわよね?」


「ハハハッそうだね。最初の頃はカミーユとしか話さなかったのにね。」


事件があった日の合宿の夜のことは絶対言えないな・・。


「そういえば・・護衛のレイラがベースキャンプの宿舎の裏にカミーユを連れて行くのを見たわ・・。」


「それで??」


「それだけ・・。私にそんなことを気にする余裕ないから・・」


またアビーの声が少し声が暗くなる。

しまった!


「アビー!!明日から夏休みだよ!泳ぎに行くっていってたよね!」


「そんなこと・・言ってたわね。」


「いこうよ。泳ぐ場所はこれから考えないとだけど。絶対楽しいぞ。いや、楽しくする」


「フフッ。いいわよ! じゃあ楽しくさせてもらおうかしら」


アビーに少し笑顔が戻った。


ホッ


*****



魔法学園に着くと学園長と教頭先生、それとマシュー先生が神妙な面持ちで正門で待っていた。

マシュー先生いつの間に・・。

船がついて、すぐに学園長の元に向かったんだろうな。



僕たちは学園の大講堂に集められて、学園長からは合宿の労いの言葉、教頭先生からは事件について捜査が行われる旨の説明があった。


今後、学園の警備をする皇都警備兵が一人一人事情聴取をおこなっていくらしい。


本来ならばこれで2週間ほどの夏休みがもらえる予定だったけど、2,3日は学園に登校して捜査に協力しろとのことだ。


なんてこった。休みが遠のいたよ。


講堂から解放されると1年生全員に帰宅許可がでた。

僕は寮なのですぐそこだ。これでやっとくつろげると安堵する。




寮通いのBクラスの仲間と寮に戻ると、カトリーヌが寮の前で待っていてくれた。

いつ解放されるかわからなかったので随分ここで待ったのではないだろうか?


「カイトまた今度やでえ!」

「またな!」

「美人が待っててくれてるなんて羨ましいよ」

「カイトまた今度なの・・・」


クラスメイト達が次々寮に去ってく。


「カイト様、お帰りなさいませ。ご無事で何よりです。」


久しぶりに見るカトリーヌの顔は何故かとてもしおらしく、そして美しく見えた。


「つかれたよー。とんでもない事件まで起きちゃったしね。」

「お疲れ様でした。先ほど噂で私も聞き及んでおります。」


「それで休日がずれ込むみたいなんだよ。ああ肩揉んでほしいなあ。」


「・・・・。それは愛人にしていただいてはいかがでしょう?

さあ、カイト様の愛人であられるビアンカ様のところに参りましょう。カイト様のことをお待ちかねです」


ビアンカ!!! ちょっと寂しがっているかもしれないな。


「そうだね。じゃあビアンカに会いに行こう」



*********



「カイトーーーーー!!!」

ビアンカが僕の胸に走り込んでくる。


「寂しかったよカイト」

「お友達100人できたんじゃないのか??」


「お友達はお友達。カイトはあいじん。全然違うよ」


僕はビアンカを抱きしめながら頭をなでなでしてやる。


「でもね。パパが会いにきてくれたんだ。」

「アクセルさんが来たの?」


「うんうん。それで、レストランへ行ってケーキを食べたんだ。パパはやっぱり優しいよね。

で、カイトはお休みにどこに連れて行ってくれるの?」


「うーんと。まだ休みは先なんだ。皇女様が誘拐されそうになってね。今大騒ぎなんだよ」


「皇女様???

皇女様とカイト。どんな関係があるの??

合宿から帰ってきたら遊びに連れて行ってくれるって約束したのに・・。」


「僕と同じ一年生に皇女様がいるんだよ。」


「カイトと皇女様・・・。皇女様でもカイトは渡さないからね!」


「はははっ そんなんじゃないよ。」


「ビアンカ様、大丈夫です。皇女様とカイト様では月とスッポンですので安心してください。」


それ、先日も誰かに言われたような・・・。釣り合ってるって意味かな?


「じゃあ休みになったら絶対、絶対、遊びにつれてってね。えんげき?見たい!」


「そうですね。ビアンカ様のドレスも届きましたのでそれがよろしいかと。」


「じゃあ演劇を見に行こう。カトリーヌ!良い演目の日を調べておいて。

・・あっ!!! そうだあと、海で泳げるところないか調べてくれない??」


「海ですか???」

「そうそう。海水浴したいんだ」


「海水浴?? この国で海で泳ぐなんて漁師だけでは??」

「そうなの?? 海で泳ぐの楽しいよ。」


「海って見た事ない!!! ビアンカも海で泳ぎたい!!」


海という言葉にビアンカの目が輝いている。好奇心旺盛な年頃だもんね。


「一応・・調べてみますが・・・」


「海がダメなら川でもいいけど・・。あっ!・・カトリーヌって服縫える?」


「そうですね・・。私のこの侍女服は自身で作っておりますので簡単なものなら・・。」


「じゃあビアンカと僕の水着を作ってみてくれない?」


「水着と申されても・・どんな服でございますか?」


「僕のは短かいズボンみたいなのかな。腰に紐が通ってて結べるとありがたい。」


僕は自分のズボンに手でラインを入れて見せる。


「ビアンカのは、水捌けのよい薄い生地で・・そうだね水に浸かるから袖とかスカート部分とかは無しで。ボディーラインが出るものがいいかな?」


「は、はい??・・・・・・・。かしこまりました・・。"やっぱりドレイン家は変質者が多いのですね。"」


最後に小さく変質者って聞こえたんだけど!?


「では試しに水着なる服を作成いたしますので、明日の昼は生地を探しに行って参ります。」



************

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