第69話 ワイバーン

【ルーク視点】


夕方、俺たちはワイバーンの岩山の手前の森まで来ていた。


森を抜けた先にあるのは、大きなごつごつした岩が斜面から突き出すように乱立する岩場だ。その斜面の先にワイバーンが巣を作るという岩山が崖のようにそそり立っているらしく、斜面の岩場はワイバーンのテリトリーになる。


そのことを頭に叩き込み、A一班のハインツを先頭に皆臨戦体制で森を出ると、乱立する岩の陰に隠れながら斜面を登っていく。


「ギャ〜ゴ〜〜〜」


バサッ バサッ


「ガ〜グルグル」


しばらく斜面を進んだところで遠くから何かの声が聞こえた。


「ワイバーンの鳴き声だ!!そこで止まれ!」

ヘンリー先生が先頭のハインツに止まるよう指示をだす。


近くの岩の影から空を見上げると、岩場の上空を飛ぶ巨大な羽のある爬虫類が見えた。

あれがワイバーンというドラゴンだろう。想像以上にでかい。


「少し近づきすぎたようだ。後退しろ!!」


先頭を進むハインツはヘンリー先生の命令に何故だ?という顔をするが、仕方なくA一班の生徒達と共に姿勢を低くしながら斜面から戻って来た。


「先生について来なさい」

今度はヘンリー先生自らが先頭に立ち岩場の斜面に対して横に進んでいき、B二班がその後を着いていく。

先生には心当たりがあったのだろう。しばらくして、岩山付近のワイバーンを確認できる絶好のスポットに辿り着いた。


視認できるだけで3頭の巨大なワイバーンがいる。そのうち2頭は岩山の山頂に足をつけ羽根を休めている。そこに巣があるのは確実だ。


「すごいな。あんな生き物が本当にいるのか!」

「すごいわね。ワイバーンは獣を餌として岩場の山の上に巣を作る傾向があるらしいわ。皇国では恐らくここにしかいないはずよ。」



クラス全員がワイバーンを一眼見ようと近くの岩から乗り出していると、


「ギャーーー!! グルグルグル」


突然頭上からワイバーンの声がする。


皆が空を仰ぎ見た、

その時、頭上20-30m程の高さをワイバーンが猛スピードで通りすぎた。


「ええええ!」

その大きさとスピードに驚いたマーガレットが慌てた声を上げ岩から転げ落ちそうになるのを俺が支える。


「やばい。見つかったか?」


しかし、ワイバーンは大きな獣(恐らくワイルドボア)を両足で捉えて巣に戻るところだったようで、こちらに気づいた気配はなかった。


クラス全員が安堵の表情を浮かべる。


近くで見るワイバーンはかなり大きかった。体長は10m以上あるだろうか。翼を広げて頭上を飛ばれると一瞬暗くなったほどだ。


あいつに攻撃されたら人などひとたまりもない事は言うまでもない。


もちろん攻撃は先生から固く禁じられているが、戦うとすれば雷撃かファイアボールを遠距離から叩きつけるしかない。

しかしそれで致命傷を与えられるとは思えない。この数相手なら全滅間違いなしだ。



「すごいわね。こんな巨大獣は聖書の中だけのものだと思っていたわ。」


ワイバーンを目にしたことがある国民は少ないだろう。ではなぜワイバーンが有名かと言えば、数々の物語でワイバーンの逸話が残っているからである。


特にアビーが言う聖書には第二の使徒ラズベラが人々を苦しめていたワイバーンを討伐する英雄伝がある。俺でも知っているくらい有名な話だ。


南の大陸にはワイバーンよりさらに大きなドラゴン種がいるというのを先日授業で習ったが本当だろうか??


「こんなに大きい奴が空を飛ぶのを初めてみた。すごいな。」


「倒したいなんて思ってないでしょうね」


「ちょっと思ってた。でも今の俺では勝ち目はないからな。将来強くなって絶対討伐してやるぜ」


「悪い事をしてないんだから討伐じゃなく単なる狩りでしょ。」


「たしかにそうだな。アビーは突っ込みも賢いな ハハッ」


そんな会話をしていると、巣から飛び立ったワイバーンが俺たちに向かってくるのが見えた。

「おい!みんな隠れろ!」


皆が慌てて岩の影に隠れる・・・と、そのままワイバーンはまた頭上を通り過ぎていった。


「急いで、森に戻るぞ!!!」

ヘンリー先生もワイバーンに目をつけられた可能性を考えたのだろう、大声で生徒達に命令すると、わらわらと森の方へかけ出す生徒達。


これで今日の目的、ワイバーンの観察は完了だ。


なんてことはない。遠く離れたところから眺めただけなのだが、ドラゴンというお話に出てくる貴重な巨大獣を見れたのだ。俺にとってもとても貴重な体験となった。


今日は昨日に引き続き天気が良くない。

小雨のなか、往路で渡河した川のポイントに到着したのだが、雨のせいで思ったより川の水量が多い。

そのため今日の渡河はやめ、川の手前でキャンプを行う事となった。


こちらに来る時に川にはロープを張っているので、無理をすれば渡れないこともなかったのだが、すでに夕暮れだ。無理に渡る必要もない。


*****

ちなみにロープを渡したのは、ゲイルの発案だ。

先日ゲイルたちが渡河で手間取りワニのような顎を持つ爬虫類もどきに襲われた経験から、先にロープを動魔法で向こう岸に渡したのだ。

参加したのは俺、アビー、イザベル、ゲイル、ハインツ5名。

お互いの動魔法を駆使し合えば細いロープなら結構な距離動かす事が出来ると初めて知った。

*****


さて、キャンプと言っても実質野宿だ。雨が降る状況下では濡れない工夫が必要になる。俺たちは各自が背負って持ってきた布をロープで次々に木に繋げて行き天幕を張る。


夏なので寒くはないとはいえ、濡れてぐしょぐしょの服も乾かしたいところだ。


胸当てを外し、男たちは薪になる木を集めはじめる。もちろん濡れていない木などないが、火魔法で強引に燃やすので大丈夫だ。


俺はエリザベスと護衛のレイラ、アーサー先生、ケンロック先生の天幕にも薪になる木を集めて持っていき、火魔法で強引に火をつける。そして、


「じゃあ、あとは火の管理をお願いします。」

疲れた表情をするエリザベスに一言だけ声をかけた。


エリザベスは濡れたシャツ1枚に茶色のローブを羽織って腰を落ちるけているが、

いつもはふんわりと黄金に輝く髪は艶を失ってべっとり衣服や顔にまとわりついている。


その背後に佇む護衛のレイラも疲れているのであろう。表情はやや暗く片膝を着いていた。


「ルークは慣れているのね」

エリザベス殿下が口を開いた。


「火の魔法は殿下と学園で一緒に学んでいると思うんですが?」


「同じ1年生でしょ。殿下はやめてほしいわね」

「わかりました・・エリザベス・・」


「ルークは火魔法も上手だけど、焚き火も上手だと思っただけよ」

「学園に来る前は鍛冶屋で働いていたからね。火の管理は得意なんです。」


「そう鍛冶屋で・・。」

「あれ言ってませんでしたか?」


「初めてききましたよ」

「ははっ そうでしたっけ?

カイトと一緒にいた時に話したとおもったんだけどな。」


「火魔法の授業のあとね。 あの時は教室を出たらすぐにレイラ達と共に離れましたから・・。」

「そうだったかな」


「ルークはカイトとは本当に仲が良さそうですね。・・アビーさんともね。」

「カイトもアビーもいい奴だからね。」


「カイトには私の護衛のキャサリンが命を助けられました。お礼は何度言っても足りないくらいです。

ルークから私が帰ったらお礼をしたいと言っていたと伝えてくださらないかしら」


「殿下・・エリザベス・・がそういうなら、もちろん伝えます。」


「よろしくね」


「あっ、俺はそろそろアビーの様子見に行きますね。」


そう言ってその場を離れた。


エリザベス皇女殿下とこうやって話が出来るなんてとても嬉しい。

だけど、アビーが俺に対して視線を投げかけていたので戻らないわけにはいかないな・・。



*****



その後、A1班は簡単なワイルドボアの塩漬け肉を煮込んだ食事を作り、B2班は何故かエビルファングの塩漬けでスープを作った。


エビルファングの塩漬けが大量に余っているというので、カイトに無理やり押し付けられたのだ。



*****




「皇女殿下・・こんばんわ」

ルークが起こした火で鍋を炊くA1班の先生2名とエリザベスがいる天幕にカミーユがやってきた。


「カミーユさん?でしたか?」

「はいそうです。 B班の鍋がエビルファングの肉なんです。不味くて不味くて。」


「エビルファング・・。まずいらしいわね」


「エビルファングは皮は高価だが、肉は犬の餌だな ハハハッ。 お前だけなら食べていけ。他のやつにはやらんがね。」


ケンロック先生がそういってカミーユを招き入れた。


「先生ありがとうございます。では遠慮なくいただきますね。」

そう言うと木の器を鍋に入れて直接掬おうとするカミーユ。


「おいおい。そのまま掬わなくても、お玉があるぞ。」

ケンロック先生から叱りを受けるカミーユ。


「あっ はい。ありがとうございます。」

そう言ってカミーユは、譲り受けたお玉で鍋をかき混ぜてから自分の器に具を掬うが、スープはほとんど取らずボアの肉ばかりごっそり器にいれた。


「ではいただきます。 アチチ。。」


「慌てるなよ!肉ばっかり取りやがって。肉はいっぱいある。おかわりくらい出来るからな。」

「カミーユさんは愉快な人なのですね。」


カミーユが来てエリザベスの天幕は少し賑やかになった。



*****




ザーーーーー。



生徒達の食事が終わり、静かになると雨の音が森に響き渡るように聞こえる。



ザーーーーー。



食事の後はすぐ就寝となったが、今日はA一班からは教師のケンロックがB二班の教師トーマスと交代で深夜の見張りをすることになっていた。


「はあ・・今日は疲れが溜まってるな・・」

焚き火に木をくべたケンロックはその手で目をゴシゴシして眠気をこらえる。



ザーーーー。


雨の音だけが響く暗闇の中、キャンプから抜け出す1人の人影があったのだがケンロックが気づく事はなかった。



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