第64話 巨大蜘蛛

アインホルンの森、探索三日目


昨日は負傷者が何人も出たため今日活動するのはAクラス二班のみである。

Aクラス二班からは負傷者が出ていなかったからではあるが、その代わり1目も2日目も獣との戦闘が少なく、あっても多くの場合取り逃していた。


この班に収穫が無い理由は単純で、獣が現れた時に適切な行動ができていないのだ。


猛獣と言っても自分たちが狩れると思った相手には強気に出るが、敵わない相手に喧嘩を仕掛けることはしない。

特に草食獣は追い詰められない限り、自分から相手に攻撃を仕掛けようとはしないのだ。


しかし、Aクラス2組の先頭を歩く公爵家のエイブはなんでも大袈裟に振る舞うところがあり、すべて命令口調ですぐ号令をかけたがる。

そこまでは良いとしても、それを聞いたアレッシオは相手が弱いと見ると連携も何もなく飛び出して行く。


相手が弱い・・多くはワイルドボアだ。

アレッシオはワイルドボアを見つけると即座に追いかけ始めるが、ワイルドボアの足は人間より圧倒的に早い。一瞬でボアは森の木々の向こうに逃げ去ってしまう。

それでは狩れるもの狩れない。


教師のヘンリーからその度に使と怒鳴られるが、言われたところで頭を使おうと思う人間ではなかった。


そんな理由で、A二班が今まで狩れたのは大型ウサギ(ウッドケーブヘア)2羽のみ、それでは負傷者がでるような事もないはずである。


今、A二班は深いブナが多くおい茂る森を歩いている。


先頭から槍を持つエイブ、アルウィン、アリーチェ、アレッシオ、エドナと続く。

アレッシオはエイブのそばに居るとすぐに飛び出して行くため、教師のヘンリーの命令によってアリーチェの後ろに下げられていた。



「足が疲れたぜぇ!そろそろ休ませてくださいませんかね?!」


後方に下げられたアレッシオはやる気のない態度で誰とも言えない相手に対して声を上げる。


「グダグダ言ってないで、もう少し頑張れ。今日は獣を取り逃し続けている。いや昨日もこの班だけ大した成果があがっていないぞ。お前はここに何をしにきたと思ってるんだ。」


剣の教師のヘンリーがクダを撒くアレッシオを嗜めるようにそう言い放つ。


「へいへい。わかったよ。」


そういうとアレッシオは前を歩くアリーチェに追いつこうと歩く速度を上げる。


その時、最前を行くエイブが大声をあげた。

「蜘蛛の巣があるぞ!!!しかも巨大な蜘蛛の巣だ! 全員戦闘体制!!」


皆に緊張が走る。


「フォレストスパイダーの巣があるな。皆、蜘蛛の糸には絶対に触るな!奴らは糸に触った獲物によってくる!」

教師のヘンリーが皆に注意を促す。


しかし、アレッシオはあまり気にせずに、アリーチェの横に並ぶと緊張感のない声で話かけ始めた。


「アリーチェ。お前ゲイルと仲良さそうだな。あいつが好きなのか?」


唐突にそんなことを言い出す。


「・・・・・・」


アリーチェはむすっとした顔をしたまま返答をしない。


入学当初からアレッシオはアリーチェに時々絡んでくる。その内容は自身の自慢、親の自慢、その上、俺の女になれば悪いようにはしないだとか、ひどい時はセックスをさせろだの卑猥な話をしてくるのでアリーチェは癖々していた。


「何黙ってんだよテメエ。俺が話しかけてるんだぞ」


アリーチェの態度に苛立つアレッシオが声を荒立てる。


「こんな時に、くだらない話をしないでください。」


「くだらない話だ?? お前は奴のペットとして腰振ってるだけでいいのか?っていってんだよ」


「ペットではないです。」


「じゃあなんだ? ダッチワイフか? いつも奴にくっつきやがって」



ゲイルとヨハンナが親しい間柄になっても、アリーチェは気にせずゲイル、ヨハンナと行動をともにしている。


ヨハンナもそれが普通だと考えているようでアリーチェとはとても仲がいい。

ゲイルも悪い気はしていないようで3人は昼食も下校も一緒にしていた。


アリーチェはゲイルが好きなのだ。いや好きというより憧れているのだろうか。ゲイルがヨハンナに甘いセリフを言っている時でも、そういうゲイルの事をまるで王子様を見るような眼差しで見つめていた。



そんな女どもを自分のものにしている(ように見える)ゲイルがアレッシオは気に入らない。


最近では1班に班分けされたイルバートとこの2班にいるエドナがどうやら付き合っているような素振りを見せているため、アレッシオは益々気分を悪くしていた。


「そんなに奴のちん○がいいか!? 俺の方がずっと良いとおもうがな。ガハハ」


深い森の中の探索の最中に下品なセリフを吐くアレッシオ


「・・・・・・」


「俺は将来大司教様になるんだぜ。俺に腰を振っとく方がお前のためだとおもうけどな。」


さらに下品な言葉を恫喝気味に畳み掛ける。


「いやだ・・・・・」

言葉小さくアリーチェが呟く。


「アレッシオ。その辺でやめておけよ!!!」


その言葉をきいたアルウィンがたまらず振り返ってアレッシオを睨みつけた。


「なんだとこら〜〜。 おいチビ もう一回いってみろ!!」


「アリーチェ。こんなやつの相手をする必要はない。先に行け。」


「ありがと」

アルウィンに促されて、前に移動するアリーチェ。


「王子様気分か?こら」


「周りを見ろ!ここはフォレストスパイダーの巣なんだぞ。下品な話をしてる場合か!」


「ただの蜘蛛のバケモンだろ。この馬鹿げた世界にはお似合いの魔物だぜ。」


「アリーチェに下品な言葉で近寄るなといってるんだ。」


「なんだとテメエ!!!!俺に喧嘩を売ったってことはわかってるだろうな」


アレッシオが火の杖を振り上げる。


「アレッシオやめろ!!!!!」


そのやりとりを聞いた教師のカレンとヘンリーは2人を止めようと駆け出したが、


「おらああ!!!!」


教師の言葉を無視してアレッシオが杖をアルウインに振り下ろす。


アルウィンはそれを右手に持っていた杖で受け止めるが、直後にアレッシオの蹴りが腹に入り吹っ飛ばされた。


「ウグッ」


アレッシオはそのままアルウィンに駆け寄り胸ぐらを掴むと、アルウィンを一本背負いで投げ飛ばす。


「蜘蛛のバケモンがお待ちかねだぜ!」


「うわっあ!」


アルウィンが投げ飛ばされたのは森の木と木の間に張り巡らされた蜘蛛の巣の中だった。


サササッ サササッ


木の葉が掠れる音が聞こえる。


すぐに木の上から体長1m足を入れると2-3mはありそうな大蜘蛛が現れた。


「アレッシオなんてことを!!!アルウィンを助けろ!!」


蜘蛛の巣に動きを封じられていて逃げる事が出来ないアルウィンに、教師のカレンが火の魔法具を構えながら駆け寄るが、

しかし大蜘蛛の動きは素早くすぐにアルウィンに接近すると太ももに噛みついた。


「うがあああああああああ!」

アルウィンの叫び声が暗い森に木魂する。


駆け寄ったカレンが火の杖を掲げ、その先の宝石が赤く輝く。


ゴオオオオーーーーーーー!!!

杖の先から巨大な炎の塊が唸りをあげて飛び出す。


アルウィンに当たらないように見事にコントロールされた巨大な火の玉は大蜘蛛の尻あたりに着弾し、

「キーーーーーーーー!!!」

蜘蛛の巣もろとも燃やす勢いで巨大な火は蜘蛛の足と下半身をも溶かした。


「キー・・キー・・」


カレンのファイアボールをもろにくらった大蜘蛛は自らの蜘蛛の巣に捕まっている事ができなくなり、地面に落ちると逆さになったまま足をばたつかせる。

そして次第に足の動きが止まった。


辺りには巨大蜘蛛が焼けた強烈な匂いが充満する。


「油断するな次がくるかもしれんぞ!!」

そう言うとカレンはアルウィンを絡めている残りの蜘蛛の糸に向かって手を伸ばすと、


「&@?%$$%・・」


言葉かなにかわからない音を声にして発した。詠唱による魔法である。


ゴオオオオオーーーーーーー!!

カレンの手の先から炎が現れ火炎放射器のように射出される。


「&@?%$$%・・」

なおも言葉のようななにかを詠唱するエレン。


炎がアルウィンを絡める雲の糸を燃やし尽くすまでカレンの詠唱は行われ、すべての蜘蛛の糸が取り払われると、

「すぐにアルウィンを運び出せ!!」怒鳴るように命令した。


「はい!!!」


エイブ、アリーチェ、エドナがすぐにアルウィンを蜘蛛の巣から引き摺り出すが、アルウィンは太ももに出来た大きな穴から血を滴らせ、全身ぐったりとしていて顔は青ざめている。


「うううう・・・。」


「このメンバーに治癒魔法が使えるものはいない。布で止血しろ!すぐにキャンプに戻るぞ!!」


教師のエレンは青ざめたアルウィンを見て、アルウィンの命に危険が迫っていることを感じ取っていた。

フォレストスパイダーは毒を持つ。蜘蛛の巣にかかった獲物を麻痺させててから食べるためだ。麻痺といっても放っておけば肉体を壊死させていく恐ろしい毒だ。


すぐにでも治癒魔法をかけなければならない状況だが・・目標地点近くまで来てしまっている。帰るのに2・・いやこの状況では3時間は見た方が良い。


「アルウィンを運ぶ担架を作れ!大急ぎで運ばなければ、かなり危険な状況だ!!!」




その様子を少し離れた場所でニヤけて見ている男がいる。アルウィンを投げ飛ばしたアレッシオだ。


「ざまあみやがれ」


「アレッシオわかってるな。あとで処分を下す!!」

教師のヘンリーはそんなニヤけたアレッシオに対して込み上げる怒りを抑えながらそう言った。



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