第62話 川の怪物

夏合宿の森の探索も二日目に入り、今、ゲイルのいるAクラス第1班はブナの生い茂った暗い森を進んでいた。


「ゲイル。水の音が聞こえない?」

ヨハンナは耳がいいのかもしれない。私には聞こえない音に気づいたようだ。


「私には聞こえないが、どんな音だ?」


「ゴー。」って小さく


「水辺が近いのかもしれないな。ルートは間違っていなかったと言うことだ」



それからしばらく進むとブナの森に光が差し込む。鬱蒼とした木々によって奪われた視界が突然ひらけたのだ。


ゴーーー。


遠くで水が叩きつけられる音が聞こえる。滝があるのかもしれない。


森が開けた先には約20mほどの幅の川が流れていた。

川の中にはいくつもの岩が点在しているのでおそらく川底は深くはないのだろう。


「この川を渡河する必要がある。水量は多いが流れはそこまで早くないので無理なく渡れるはずだ。」

教師のアーサーがそう皆に渡り方の話をする。この川を渡った先に目的地があるのだ。


「渡河ポイントは君たちに任せるが、できるだけ水深がが変わらない岩が少ない平な場所を選ぶように。」


岩が多いところは水深が安定せず、ところによって水の流れが早い。できるだけ平坦なところを選ぶのは道理だろう。


「ではここから渡るぜ!」

先頭を歩くハインツが皆を案内して渡河ポイントまで辿り着く。

岩が少なく水の流れは安定していそうだ。


ハインツは槍で水底を探りながら一歩一歩、川に入っていく。

ズンズンと川に沈んでいくハインツ。どうやら川の深さは腰くらいのようだ。これなら渡れる。


「念の為、鉄の兜はこの岸においていけ!」

ヘンリー先生の声が響く。


「確かにそうだな、高価なもんだし、溺れた時にやばい。」

そう言ってハインツは顎紐を解き兜を岸に放り投げる。


「よし大丈夫だ。そのまま行くぜ」

兜を脱いだイルバート、ゲイル、ヨハンナ等がハインツの号令に合わせて、次々に川に入っていく。


半分くらい進んだあたりだろうか、ハインツが止まる。

「急に深くなってやがる!」


ハインツは慎重に槍を前に伸ばして川底を探り出した。


「俺が為にし渡ってみるから、お前らはちょっと待っとけ。」

ハインツはそう言ってまた進み始めるが、胸のあたりまで水につかると、川の流れに流され始めた。


「おい!流されるぞ!!」

目の前で流されるハインツを見てイルバートが叫ぶ。


しかしハインツは持っていた槍をつっかえにして、進路を変えると少し流されただけで足がついたようで、また腰から上が見えるようになる。


「ふうーーやばかったぜ。」


ハインツは引き攣らせた顔を笑顔に戻して笑った。

「ここは結構深いから流されるぞ。俺が槍の柄を差し出してやるからそれに捕まれ。」


ハインツに差し出された槍をつかってイルバートが次に渡る。一瞬流されそうになるがそもそもイルバートは体がひと回りり大きく簡単に深みを超えられた。


「次はゲイルだ。お前ひょろいからな。ビビって手を離すなよ。」

ハインツがニヤリと笑みを浮かべる。

ハインツが差し出す槍を持つと一気に深い部分を超える。


「助かった。礼を言う」

「お前に礼を言われるとは、気分がいいぜ。」

ハインツがまたニヤリと笑う。

ヨハンナの番になった。


「これに捕まって渡るんだよ嬢ちゃん」

ハインツが槍の柄を差し出すが、ヨハンナが怖がってなかなか渡ろうとしない。


「私にかわってくれ」

「なんだよ。てめえの女はてめえでするってか?? どんだけムカつくやつなんだよ。

まあ良い。変わってやるよ」

怖がっていたヨハンナも私が槍を預かると安心したのかスムーズに深みを超えられた。


そして次のエリザベスの護衛であるキャサリンがゲイルが差し出す槍に捕まって渡ろうとした、その時。


ザバッ!! っと川下の水から何かが飛び出すような音が聞こえた。

瞬間、シュッ!! っと言う音と共に何かがこちらに飛んでくる。


「ウッ」 ゲイルの後ろにいたイルバートがうめく。


振り返ると、矢?というより短い槍のようなものが、イルバートの肩にささっていた。


「いてええーーー。」イルバートが自身に刺さった槍のようなもの柄を持って引き抜こうとしながら声を上げる。


ゲイルはすぐに川下の方に視点を変える。

そのまた瞬間にシュッ!!と言う音と共に太い矢のような棒状のものがゲイルに向かって飛んでくる。

ゲイルは紙一重でそれを躱し、持っていた槍を手放して剣を抜く。


さらに2本の太い矢のようなものが飛んでくるが、抜き出した剣で薙ぎ払い1本は弾くことができた。


ドシュ!! 

その音と共にもう一本は何かに刺さった。


「うぐっ」

エリザベスの護衛のキャサリンが唸る。


もう一本の太い矢のようなものは、水に浸かるキャサリンの胸当ての下、革鎧しかない下腹部に刺さったようだ。


「キャサリン!!!!」

エリザベスが叫ぶ!


ザバッ!!


唸るキャサリンの前に何か爬虫類のようなものが飛び出てきた。と、その瞬間にその爬虫類から何かが振り下ろされる。

キャサリンはそれをなんとか手に持っていた槍でかろうじて防いだが、反撃に転じる事ができず、爬虫類もどきは更に鉄の棒の様な武器をふり続ける。


爬虫類のような何かは人間と同じような形状の手を持っているが頭部は人間と全く違っていた。

例えるならワニであろうか?

ワニのような大きな顎を持つがワニと明らかに違うのはその頭部から鋭い角が一本突き出ている事である。

また、その首元には石をつなぎ合わせた首飾りが確認できる。

武器を使うことからも、この奇怪な爬虫類もどきにはかなりの知性があるのだろう。


ドン! 


「グッ」

爬虫類もどきの武器がキャサリンの胸当てに当たり鈍い音を立てた。

攻撃を受けたキャサリンの表情は苦しい。


「キャサリン、大丈夫か!」

レイラはエリザベスを後ろに下げ、キャサリンの援護に入る事で、どうにか爬虫類もどきに間合いを取らせる事かできた。


ザバッ!!


今度はゲイルとイルバートの前に爬虫類のような獣が飛び出してくる。鉄の棒のようなものを振り下ろす爬虫類もどき。


ゲイルはどうにか剣でその攻撃を防ぐが、下半身が水に浸かっているため上手く下半身を使う事ができない。

攻撃を受けた返しに切り付けるが、上半身だけの攻撃は間合いを簡単に取られてしまい、剣は水面を叩いた。


ゴオーーーー!!っと大きな音がすると火柱がゲイルの前の爬虫類もどきに向かって放たれた。


どうやらイルバートが使える右手で火の杖を振るったらしい。

しかし、相手は火に触れる前に水中に潜り込んでしまったのでダメージは与えられていないだろう。


「っち!!てめえゆるさん!!!」


ゴオーーーーー!!


水に潜った相手にさらに火魔法を続けるイルバート。


相手にはダメージは無くても、これで少し時間を稼げる。


ゲイルはウインドカッターの魔法具をカバンの横から引抜き周囲を確認すると、雷撃の魔法具を水面に向けるヨハンナが視界にはいった。


「ヨハンナ雷撃はよせ。 私まで感電してしまう!」

「あっ!!ごめんゲイル。」


エリザベスの護衛であるキャサリンとレイラに対峙する爬虫類もどきは2体に増えている。キャサリンは腹に短い矢のようなものが刺さったままで動きが鈍く、このままではやられてしまうだろう。


そう判断したゲイルはウインドカッターの杖をキャサリンの前の爬虫類もどきへ向け魔法を繰り出す。


シュッ ブシュ!


見事にウインドカッターが爬虫類もどきの首元にあたり、そこから赤い血が吹きでる。


バシャン。


爬虫類もどきはスローモーションのようにゆっくり後ろにのけぞると、そのまま水面に水飛沫をあげて倒れ、川下に流されていく。


キャサリンは目前の敵がいなくなったことに安堵の表情を浮かべるが、もう一体が護衛のレイラと睨みあいを続けている。


ゲイルはその一体にウインドカッターの魔法具で狙いを定める。


バシャ!! バシャ!!


しかし、イルバートの火の魔法が切れた瞬間に爬虫類もどきがまたも2体同時に飛び出してきた。


ゲイルは爬虫類もどきの一体が振り下ろす棒を魔法具の杖で受け止め、右手の剣で相手の腹に剣を流し込む。


ウギッ・・・・


ゲイルの剣は爬虫類もどきの腹深くに刺さりそして内臓を抉った。


バシャン!!

内臓をぶちまけながら爬虫類もどきが水に仰向けに倒れる。


一方、イルバートに襲いかかった爬虫類もどきの方はハインツが援護で射出した水魔法が見事に直撃し、水の勢いに体勢を崩している。


その時、

「えい!!!」


横にいたヨハンナがその爬虫類もどきに剣を振るうと、爬虫類もどきの棒を持つ腕がスパッと切れ、棒と共に川の水面に落ちる。


ウギギギ・・・


爬虫類もどきは後ろに振り返り、

ザブン!!と川下に逃げていった。



目の前の相手の脅威がなくなったゲイルはすぐにレイラの方を確認するが、

ザブン!!

レイラを襲っていた一体もすぐに川下に逃げ出した。


「うぉおおおお!!! トカゲやろう!!死にやがれ!!!!!」

イルバートが槍が刺さった体を反り雄叫びを上げる。


「どうやら追い払ったみたいね・・・・」

レイラがそう呟くと、すぐにキャサリンの方に水をかき分け近寄る。


「キャサリン!怪我は大丈夫?!」

「うう。腹をやられた。まずいかも・・。」

「すぐに大急手当が必要です! 一旦陸に戻りましょう。負傷者は私が治癒魔法で治療します。」


エリザベスの護衛のレイラは治癒持ちのようだ。

これでキャサリンとイルバートは助かるな。そう皆が安堵した。



ゲイルだけはこの知性のある人型爬虫類の怪物のことを知っている。爬虫類もどきはゲームにもエネミーとして登場するからであるが、奴らが古代からこの地に住む生き物であり、森の奥深くに都市を作り住んでいる事以外は何なのか詳しくは知らなかった。

その辺りの設定は別の人間が担当していたからである。



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