第9話 収穫の季節
バーン村にも秋も近づいてきて、風になびく麦の穂が彩り始める。
「この世界は本当に美しい。」
しかし飯はまずい。
こんな村とは早くおさらばしなければならないとカイトは思う。
何よりラノベが読めない。ラノベの世界に来たのにそのラノベの世界を全く味わえない!そんなの嫌だ嫌だ。
しかし、皇都に行こうにも金がない。
定番の異世界転生ものなら、冒険者ギルドに入って魔物をバッタバッタと倒して俺つえぇーになれば金に困る事なんてないのだけども・・。
冒険者ギルドがこの貧しい村にあるわけもないし、冒険者ギルド以前に僕は魔物を狩るための武器を持ってない。
いや、この世界に冒険者ギルドはあるのか?ラノベの世界は学園が舞台だったので冒険者ギルドなる存在は当然出てこなかった。
武器買おうにもお金はないし、武器になるものといえば鍬や鋤だろうか?
そもそもこの村では鉄製品が少ない。
鍋とフライパン。調理用のナイフと手斧、シャベル、鍬や鋤くらいなものだ。シャベルもほぼ木で出来ていて先端に鉄が申し訳程度に付いているだけなのだ。
うちの両親に家財道具で一番大事な物と聞かれれば鍋とフライパンと言うだろう。それくらい鉄は貴重である。
まさか鍬やシャベルで戦うわけにもいかないし、農具を盗んだらうちの両親がめちゃくちゃ困りそうだ。。
そういや父ちゃんは長めの棍棒を用意してたな。ブラッドウルフなどの獣を追い払う時や隣村とのいざこざがあった時はその棍棒を背中に背負って出ていったので棍棒も結構強いのかもしれない。
とりあえず今度、適当な木を見つけて獣対策に使いやすい棍棒をつくろうかな・・。
**********
秋は収穫の季節。
この季節は村の人口が一時的に増える。
麦の収穫は重労働なので出稼ぎに出ていた者や猟師をしている者も収穫を手伝うために戻ってくるのだ。
収穫した麦は天日干しにしてしっかり乾燥させ納屋にて保存する。
収穫が終わると、税を取るためにこの地を管理している子爵家の行政官が兵士と多くの馬車を引き連れてやってきた。
この領地の税は4割だ。いわゆる4公6民だが、毎回全ての収穫高を調べるのは手間がかかるため収穫量が大きく変化しない年は耕作面積や過去の収穫高から家によって納める麦の量が決まっている。
また、4割の税を納めたあとそれとは別に1割ほどは教会に寄進するので実際に残るのは半分だ。
生活が苦しいはずである。
行政官の従者たちが我が家の麦を銅製の甕に入れては麻袋に詰めていく。
詰め終わった麻袋は馬車にて村の中央に集められ、まとまったら子爵邸に運ばれる。
この辺りでは通貨がそれほど普及していないため穀物の現物徴収となるが、都会に近い地域では貨幣で徴収されるとラノベにはあった気がする。
とはいえ、この村に商人がやってこないわけではなく、年に何回かはやってくる。
特に秋は収穫した麦の買い取りはもちろん、麦で得た金を使って冬支度をする農民たちの需要も旺盛なので、多くの商人がこんな辺鄙な村まで足を伸ばしてやってくる。
秋は商人が大忙しの季節なのだ。
うちの村だけでなく国全体が収穫に大盛り上がりしているからこの時期の商人の人手不足は深刻らしい。
今日はうちの父ちゃん母ちゃんと豚に連れられて、商人と売買を行うために村の中央広場にやってきた。
まあ、連れられてと言うか強引について来たのだ。商売という物を知りたいとゴネまくったら、父ちゃんも成人したら商人のところへ丁稚にいく可能性もあるとOKしてくれた。
父ちゃんは今年は麦を売らないらしい。収穫高がそこまで良くなかったのと、6人家族なので食べていくのに必要だから。
このままでは現金収入がないので何も買えなくなってしまう。親父は我が家の持つ豚を1頭売ることにした。
ちなみに我が家の持つ大人の豚は2頭しかいない。ブラッドウルフに食われちまったからだ。残りの豚小屋の豚は隣家の豚である。
農地と畜産は近所の4家で共同管理している。共同で管理すれば農具を貸し借りしあえるし、家の修理や薪の木の確保などの力仕事も共同で行うことで効率が良い。
ライ麦の売却価格は約20kgで60セルだったが、夏前に商人が来た時には20kg160セルで村人に売ってたので売値と買値で倍以上変わっている。
ぼったくりやん!と思ってしまったけど、商売はそんなもんなのかもしれないね。(※kgはこの国の単位ではなくカイトの目算)
うちの豚は一頭250セルで売れたらしい。
豚が馬車に乗せられていく。
ドナドナドナドナードナー♪僕の頭の中で日本で聞いたメロディが流れる。
250セルもあればなんでも買えるね!
って事で武器はあるかな?
刃こぼれのない調理用ナイフ800セル
短剣6000セル
長剣16000セル!?
何にも買えないがな。。。
品質はわからんがこんな所で売ってる剣なのでたかが知れているだろう。
そういやそうだった。ラノベ知識で考えても結構妥当な値段だな。
母ちゃんはそんなものには目もくれず、たっぷりの塩と砂糖を小量。糸と麻布少量を買っている。塩は肉の保存に大量に必要なんだとか。
父ちゃんは農具、特に鎌を見ていたが値段を見て諦めたらしく、釘を少し買って終わった。元々父ちゃんが持っていた120セルが豚を売ったのに80セルに減っていた。
うちの家には金がない。。
しかし、、
金がなければ、金が無くても皇都に行ける方法を考えればいいのだ!
実は今日無理を言って買い物について来たのは村に来ている商人と交渉して皇都に行く方法はないかと思ったからだ。
僕は商人を籠絡して皇都にいく!と心の中で高らかに宣言した。
友達と会うからと父母を見送った後、すぐに商人の中でも偉そうな人に近寄って声をかける。
「おじさんはどこの街からきたの」
「クラークスという街で商いをやってるんだが、街の名を言っても坊やにはわからないだろう?」
「坊やはやめてくれよ。あと一年ちょっとで僕も成人だし。確かにクラークスは知らない街だけど皇都は知ってるんだ」
「えっ。兄ちゃんは皇都に行ったことがあるのかい。ここの農村の子じゃないのかい?」
おっ!皇都の話をしたら商人さんちょっと態度がかわったかも。
ここは押しまくるぞ!僕は予め用意していたストーリーを思い出す。
「そうだよ。僕は元々皇都の生まれなんだ。
実は母ちゃんはヨースランドを治めるドレイン方伯の妾でさ、僕と同い歳のゲイルって異母兄弟がいるんだけど、ゲイルのお母さんと僕の母親に確執があってね・・・。
僕は成人になるまでこの村の農夫に預けられたってわけさ」
ノベルの知識を活かしてスラスラっとそれらしい嘘をつく。
僕は嘘つきの天才かもしれない!凄いぞ僕!
何故か嘘をついた自分を褒めてしまう。伊達にゲイルに憧れてる訳ではないのだ。
「ド、ドレイン方泊!!ヨースランドを治める超大物貴族じゃないか」
商人の顔つきが変わる。
ドレイン方伯といえば今や皇国で1番の大貴族である。そしてその嫡男であるゲイルの噂は聞いたことがあった。
悪い噂だが、皇帝をも凌ぐ力があると噂される貴族の嫡男だ。悪い噂のひとつやふたつあっても仕方がない。そして確かもうすぐ成人する歳だ。
・・・・しかし、こんな田舎の農村の子供が知りえる知識ではない。
こ、これは本物かもしれない!!
「ゲイル様の母親というと、、」
「エリシア様ですね。ヨースランドに接するマース領を治めるマーランド伯の次女でいらっしゃいます。とても美人な方ですが、独占欲が強くて・・。私の母は目の敵に・・。」
『間違いない!』
商人はそう確信した。
「ドレイン方伯のご子息様とも知らず、失礼をいたしました」
商人は頭を下げながら目まぐるしく回転させた。ドレイン伯となんらかの縁を得ることができれば・・・。
ヨースランドは皇国でも抜きに出た豊かな土地で商工業も大きく発展している。そこに足掛かりができればこんな田舎村を巡る必要もなくなるくらい大きく商いを飛躍させる事が出来るだろう。
これは思いがけないチャンスが到来したのかもしれない・・。
「ゲイルとは旧知の仲でね。成人になったら皇立魔法学園で再会する約束をしているんだ」
「ど、どうしてそれを私めに?」
「成人になったら皇都に戻る事になってるんだけど里親がドレイン伯から預かった路銀を使い込んでしまってさ。困ったもんだよ・・。
・・・でね。僕を皇都まで送り届けてくれないかなと。もちろん、褒美は沢山貰えると思うよ」
嘘800である。
「あなた様の金を使いこむとは、とんでもない里親ですな。そんな輩は磔にするべきです」
「いやいや、僕に良い物を食べさせる為に使ったみたいだから磔はちょっと。。汗」
「そうですか。。お優しいですね。
わかりました。あなたを皇都に届けるとお約束しましょう。」
「ありがとう。恩にきるよ」
「成人してからとの事ですが、いつお迎えに上がればいいですかな?」
「来年の秋の収穫後にまた商いにやってくるよね? その時に僕から声をかけるからそれまでに出発の日時を決めておくよ。
育ての両親はややこしいので内緒で出立するけど、本当の母やドレイン卿はとても感謝すると思うよ。」
「絶対忘れないようにね」
最後に釘を刺す。
「わかりました。必ず送り届けると誓います。それでは来年の秋にまた。」
「じゃあ、よろしくね」
カイトは爽やかに立ち去る。
もちろん振り返る事はしない。
何故ならその顔は悪巧みを成功させた越後屋のように醜くニヤニヤと歪んでいるからだ。
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