第5話 貯金

今日の晩飯は豪華になる筈だ。

なぜならワイルドボアの肉を二軒となりのエレナちゃん家からお裾分けされたからだ。


今日の夜はワイルドボアのステーキだと母ちゃんも大喜びしている。


食事の支度を手伝っていると兄ちゃんのトマスと姉ちゃんのケリーが帰ってきた。

2人は今日は麦畑で雑草を刈っていたそうだ。今年はそこまで発育が良くないらしい。素人目には青々として美しいんだけどな。


次に父ちゃんとケント兄ちゃんが暗い顔で帰ってきた。どうやら放牧地の柵が破られて飼っていた豚二頭と鶏三羽が食われたそうな。結構な大損害らしくかなりシュンとしている。

今日は贅沢ができると母ちゃんが喜んでいたワイルドボアのステーキも、涙のステーキに変わってしまった。


皆が食卓につき、神への祈りを捧げる。

ステーキはもちろんテーブルに直接載っている。

この家にはお盆と水カメ、木のコップ二つ、ナイフ一つ以外の食器はない。テーブルが最大の食器なのだ。


いただいたワイルドボアの肉は全部ステーキにしたわけではなく、半分は塩漬けにして日常で少しずつ使っていくらしい。全部ステーキなんてもったいないとの事。

なので僕のところにきたワイルドボアの肉は少なかった。。


小さめのワイルドボアのステーキをペロリと食べ終わった僕は父ちゃんに本題を切り出す事にした。

「父ちゃん!!」

「なんだカイト」

「僕!明日から皇都にいってくるよ!」

「は?」

「皇都が僕を待っているんだ! だから、どうしても行く」


「・・・・・」

「ダメ?」


父ちゃんの顔を怒りが紅く染め上がっていくのがわかった。


「俺がどれくらい今日の出来事で怒ってるか。わかってそんな惚けた事をぬかしてるのか?」


バン!!!


父ちゃんがテーブルを叩く音が響く。

兄弟たちが青白い顔をしている。


「ですよねぇ〜〜」


父ちゃんの怒気が僕の強固な決意をいとも簡単に砕いた。


「カイト!お前は今晩は寝ずに豚小屋を見張れ。」


「ですよねぇ〜〜〜」


食事を終えた僕は急いで放牧地にある豚小屋に向かった。父ちゃんが怖かったから当然だ。


月明かりで豚小屋に辿り着く。豚小屋と羊小屋が並んでいるが、豚小屋の方がボロい。

豚小屋の中には8頭の大人の豚と12頭の子豚がいる。ブラッドウルフに食われる前は大人の豚は10頭いた。


豚小屋はボロいので扉も隙間だらけだ。一部新しい木材で応急修理したような跡があるが、今日大人が集まっていたのはその修理のためだったのかもしれない。

豚を襲ったのは恐らくブラッドウルフだろうとの話だった。


ブラッドウルフは賢いので、味を占めて同じ群れがやってくる可能性があるのだけど、

奴らは赤茶色の毛をした体長2メートル前後もある獰猛なオオカミなので、もちろん僕が太刀打ちできるわけがない。


発見したら近所の大人が集まって鍬や斧や棍棒で追い払うのだが、農家の一人一人は小さな力しか持っていない。だからこの村では村人が協力し合うのは当然で、放牧地も農地も皆何軒かが集まって共同管理している。

もちろん、狼に対しても共同で事にあたらなければ殺されるだけだ。

オオカミが現れた時は笛を使って知らせろと言われている。


僕は小屋の屋根に上がると、今日は二つの月が綺麗に出ていて、黄色い月は満月だった。

小屋の屋根から月明かりを頼りに周囲を見渡すが、やはり薄暗いので遠くは良く見えない。

だから目だけではなく獣の足音を聞き逃さない事が重要になることを僕はこれまでの体験でよく知っている。


しばらく待ったがブラッドウルフはやってこない。このまま現れないでほしい・・・。正直恐ろしい・・。


夜も更けてきた丑満時、父ちゃんが松明を持って現れた。


「問題ないか?」

「ウルフは現れてないよ」

「よくやった。俺と替われ」


どうやら父ちゃんは睡眠をとったので見張りを交代してくれるらしい。

僕は心底ほっとした。


しかし、交代前に父ちゃんと話がしたい。もう一度真剣に皇都行きの話をすれば理解してくれるかもしれない。そう思った。


「父ちゃん。さっきは突然悪かったよ」

「・・・」


「でも僕は・・・ いや、さ、

昨日の夜、寝ている時に僕の枕元に神様が降りてきたんだ・・・。そして言ったんだ・・皇都へ行きなさいと。そしてゲイルと言う人に会いなさいと」


嘘八百で父ちゃんを説得しようとするカイトであった。


「お前が皇都に行くのは構わない。」


「えっ?」


「お前は4男だ。お前に土地はやれねぇ。兄達が認めるならここに残る事は出来るが、成人したら出て行く事も考えないと行けねえ。」


「父ちゃんありがとう!!」


僕の目の前がパッと開けた。父ちゃんは話がわかる。

やっぱ神様はすげえ。ちょっと神のお告げなんて大袈裟な話にするだけでこれだもん。


「しかしな、お前皇都に行く路銀あるのか? なければ野垂れ死ぬだけだぞ。」


「えっ・・・・僕の貯金は?」


「なんだ?その貯金ってのは?」


「じゃあ預金は?」


「何を訳のわからない事いってるんだ。それも神様のお告げか??」


親父は少しイラついていた。


「父ちゃんお金貸して・・・くださいませ」


僕は小屋の屋根の上で土下座する。


「あるわけないだろ。

そもそも皇都ってのは歩いたらここから何ヶ月もかかる所にあるんだぞ。そこまで行くのにどんだけ金が必要かわかってるのか!?」


が〜〜〜ん・・

僕には金がなかった。いや、家にも金が無かった。



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