第4話 カイトは小川へ洗濯に
家を出て山の手方向にしばらく歩くと麦畑が終わり柵に囲まれた広い牧草地が広がってる。
かなり広いのに見える範囲にいるのは5頭ほどの羊だけだ。遠くに父ちゃんとケント兄ちゃんが近所のトムさんと一緒に居るのが見える。3人で何かを考えている様子だ。
何をしているのかは知る由もない。いつもなら全く気にすることなく通りすぎるんだけど、今は何故か牧草地からの景色を見たいと思う。
少し立ち止まって、景色を眺める。
「いい景色だなあ。」思わず声に出してしまった。
村に沿って小川が流れている。いや、小川があるから小川に沿って村が出来たのもしれない。どちらにせよ洗い物ができる川へはここから分岐した畑のあぜ道を少し歩いたところだ。
川の土手は洗い物がし易いように石で足場が固められていて、手前の川底にも降りられるように石が敷き詰められている。
川の水に触れるととてもヒンヤリ冷たくて気持ちよかった。
朝シャンもしてないし、顔すらも洗ってなかったので桶で頭を濯ぐことにする。
「うひょ〜〜〜!!」
冷たさに声をあげる。冷たいけどさっぱりした!!
桶でもう一度水を掬おうとした時、川の水面に映る自分の姿が目に入る・・。
ゆらゆら揺れる水面では顔ははっきりわからないが、黒っぽい髪の少年がそこに映っていた。
桶で水を掬いもう一度桶の水を覗き込むと今度はもう少しはっきり顔が映る。
この村では鏡どころかガラスがないので、水面に自分を映す事でしか姿を知る術はない。
カッコいい・・とまでは言えないけど悪くない風貌だぞ。
日本的センスでそう感じる。とりあえず悪くない。
「おはよ〜っ!今日も早いねっ」
頭がシャッキリしたところで後ろから女性の声がした。
振り返ると、洗い物を持った同じ年くらいの女の子がこちらに笑顔を見せていた。
近所に住む一つ上のエレナちゃんだ。
クリクリした目がかわいい子なんだよね。
「おはよう・・。 横使うか?」
「もちろん。 今日は洗い物いっぱいあるんだよ。兄ちゃんが猟からかえってきたからね」
「何か狩れたの?」
「でっかいワイルドボアが狩れたんだよ。昨日は皮を剥ぐの手伝ったけど大変だったなー。そうだ。あとでお裾分けをカイトのところにも持っていくね。
今日はご馳走食べれるね!」
「ワイルドボアかー!兄ちゃんはまだ猟師見習いだろ?それなのに凄いなぁ。」
「へへん。はじめての大物だぞ!!でもワイルドボアを仕留める時に少しだけ怪我したみたいなんだ。肋骨を折ったみたい。だけどピンピンしてるから大丈夫。」
肋骨を折るなんて相当痛そう。。
と思いながらも明るく語るエレナちゃんにマイナスな事は言いたくないので、「ワイルドボアの肉楽しみだなー」とにこやかに答えておく。
そんな会話をエレナちゃんと楽しんだ。
帰る道すがら朝起きてから明らかに記憶が混濁している頭を整理してみる。
結論からすると僕には二つの生活の記憶がある。
その事実を理解しようとするが・・。そこには驚きしかない。
二つの生活というのは、日本と言う国で暮らしていた記憶と、このバーン村での生活の記憶だ。
そして何より大事な事。
これを忘れていたなんて信じられないくらい重大な事案をわすれている事を思い出した。
今日「悪役に転生したけど死にたくない」の新刊が届く日だということを!!
大切な事はもう一度言おう。
今日「悪役に転生したけど死にたくない」の新刊が届く日なのだ!
僕の心は急に喜びに包まれる。
しかし、どこに届くと言うのであろうか?
届かないよね?
ふと我に帰ってしまった。どちらが我なのかはわからない。とりあえず現状認識をしてしまった。
僕はなんてところに来てしまったのだろうか。ラノベが手に入らないこんな貧乏な農村に来るなんて!!絶望に打ちひしがれる。
今、鏡で自分を見たら死にそうなくらい悲観した表情になっている事だろう。
僕は日本と言う国で生活していた。そして唐沢力雄に歩道橋から突き落とされて・・電車に轢かれた・・・。
そんな記憶が蘇る。
そしてやっと、やっと気づいた。
日本に住む方の自分が異世界転生したのだと。
日本と言う国での「浅井学」という名前を持っている僕の生活の記憶、学校、ラノベ。それは転生前の記憶なのだ。
では今のこの世界は?
この村はバーン村。そんな村は浅井学の記憶には無い。
バーン村があるのはローキングと言う地域だったはず。そして国の名は・・。
えーと。国名・・
そうだグローリオン皇国だった。自分の住む国名を忘れてるとかどうかしている。
グローリオン皇国!??
それはラノベ「悪役に転生したけど死にたくない」の舞台の国名である。
もしかして、僕は・・僕は、あのラノベの世界に転生したのか!?!?
ヤッホー!!!凄い!!これはめちゃくちゃ凄い!!そんな事あり得るのだろうか。めちゃくちゃ凄すぎる!!!
僕は万歳三唱どころか100唱くらいしながら大スキップで家に向かう。
通りがかったお隣りのベル爺さんは何事かと丸い目をしていたが関係ない。
僕はとてもハッピーな気分だった。
「ただいまー!(ルンルン)」
家に帰ると母ちゃんが縫い物をしていて、こちらを睨んできた。
「洗い物を置いたら、さっさと洗濯物を干して、水を汲んでくるんだよ!」
いつも通り口うるさい母ちゃんだった。
「僕、明日皇都に行ってくるよ!」
洗濯物を干し終わり水汲みに向かう前に僕は母ちゃんに宣言する。
「馬鹿な事を言ってないでさっさと仕事をしないと食事抜きにするよ」
母ちゃんからいつも通り冷たい返事が返ってくる。
当然の反応だろう。
だけど僕は本気なんだ。
僕はラノベの元悪役主人公ゲイルに会って弟子入りする!そしてあの洗練された女たらしテクニックを伝授してもらいヒロイン達を毒牙、じゃなくて相思相愛になってハッピーな生活を送るのだ!!
そう心に誓うのだった。
しかし一つ引っかかることがある。
ここが「悪役に転生したけど死にたくない」の世界である事は間違いないとしても、時間軸はどうなってるのか?元悪役主人公のゲイルがいる時間軸なのか?
確かゲイルが皇立魔法学園に入学したのは聖暦1095年の3月。
今はいったい何年の何月何日なのだろうか?
母ちゃんに聞いたところ、「そんな事は知らないよ。父ちゃんに聞いてみな」
との事。
確かにうちの父ちゃんなら物知りだし知ってるに違いない。帰ってきたら聞いてみよう!
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