花の都の君なれば

蘭野 裕

花の都の君なれば

 売られるように都へ行った年上の幼馴染に、進学のために上京した僕は、思いがけずすれ違った。

 会う約束をする間もなく離れ離れに。


 いま気づいた。彼女への思いは初めての恋だと。

 卒業したら迎えにゆく。と、僕は胸に誓った。


 次に見かけたのは、ひとけのない川辺。彼女は涙を流していた。

 身請けの話が持ち上がっている。都を離れ、故郷ともちがう知らない土地へ。

 僕は何も言えなかった。


 卒業した僕は故郷に帰ることになっている。

 夕暮れに港で船を待っていると、先に出航しようとするべつの船に、なんと彼女が乗りこもうとしていた。

 追いかけて手を伸ばす。


「行かないで! 僕と都で暮らそう」


 時すでに遅し。

 彼女は船上の人となっていたが、きらめく瞳にたしかに僕が映っていた。


 船員が乗船口を閉ざし、港の人足が僕を船から引き離した。

 

 せめて目で追うことのできるものは船影しかない。沈みゆく夕日は水平線上わずかに見えるばかりとなった。光が揺れて滲むのは、波だけのせいではない。


  *  *  *


 私と同郷だという、あの若者の姿が夕日に照らし出されてなかなか消えてくれない。


 彼の言葉が胸の奥に響いて鳴り止まない。


 情に流されても碌なことにならないとさんざん思い知らされてきたのに。


 もうすぐ、夕日がすっかり沈んでしまえば、影も宵闇に消えるでしょう。


 この魔法はあと十秒で解けます。

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花の都の君なれば 蘭野 裕 @yuu_caprice

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