第7話 取り戻したい

あれから、また時間がただ流れていくだけの虚しい夏休みが戻ってきた。嬉しくない。



しかもなにが嫌かというと、とてつもなく暑いのだ。



これが適温なら嫌がるほどではなかったかもしれないが、夏の暑さの中暇をもて余しても動く気力が起きないというものだ。





…よし、アイスでも買いに行こう。



そう決心し、俺は起き上がった。





すると夏花が今にも溶けそうな(?)声で言った。





「春斗ぉ…どこ行くのぉ…?」




かわっ…




「どこって、そこのコンビニだ。暑いしアイスでも買おうかと」





「アイス!」




そう言って嬉しそうに飛び上がる夏花。


暑さのせいか少し幼児退行しているようにも見えるが…





「私も一緒に行くー!」





「あぁ、まあいいぞ。好きなもん選ぶといい。」






そう言って俺たちは靴に足を通し、そこへと向かった。




―――――



ピロピロピロピロ…



愉快なドアの開閉音とを聞きながら、俺はコンビニを出る。




そこには、俺のことを出待ちしている奴がいた。先に言っておくが夏花ではない。





「あ、やっと出て来た…」





「はいはい、お待たせしましたっと」





そこにいるのは…どこかで見たような少女。見た目的に同年代だろう。





ちなみに夏花はこの場にいない。




――――――



時は少し遡り、俺たちが目的のコンビニに着いたころ。





夏花が、不意に立ち止まった。





「?どうした?」




俺は振り返り、夏花の様子を確認したが、夏花はなにかに怯えるかのように震えていた。





夏祭りのことがトラウマになったか…と一瞬考えるが、すぐにそうではないと結論づけた。



あのときのような輩や、人混みはこの場にはない。





夏花はただ一点を見つめ、目を大きく見開いて震えている。明らかに様子がおかしい。





その夏花の視線の先をたどると…




そこには、どこかで見たような少女の姿があった。




そうした後、夏花は俺に小声で、



「ごめん、私先帰ってるね。私の分も春斗の好きに選んでいいよ」




そう言い残し、走り去っていった。





何事かと俺がしばらく動けずにいると、夏花が見ていたその人物が俺に声をかけてきた。




「お、春斗くんじゃん、やっほ~」




まるで顔なじみのような口振り。はて、この女とどこかで話したことはあっただろうか…






「…誰だ?」





「ひどい!この前の夏祭りでも会ったじゃない!」




途端に泣き顔を作り、俺に迫ってくる。





夏祭り…?





そういえば、誰かとぶつかって謝ったんだっけ…それがこいつか。




「ああ、あのときの…」 






「そう、あのときの…!」






「……いやごめん名前は知らん。」





「なんで!?私言ったよね!?」






途端にすさまじい勢いでツッコミが入った。普段ツッコミ役に回る分新鮮だ。




なんてどうでもいい話はともかく、彼女が話し始めた。





「もう一度名乗るから、今度ははっきり覚えてなさい!私は天崎秋奈。あなたと同じクラスなのよ?」




「へぇ…そうなのか…」





「で、俺に何の用?見たところ、用もなく俺みたいなのに話しかけてくるタイプじゃないだろ。」






「ええそうね。あなたに相談したいことがあるの。」






「相談?俺に?」



一体なにを聞かれるのか…





「その相談っていうのが…」






「ちょっと待て。先にアイス買ってきていいか?」





「………」




――――――



こうして、今に至る。





「よし、無事買えたな。さて、溶けないうちに帰るか…」




と、歩き始めようとしたところで、天崎さんに腕を思いきり捕まれる。






「させないわよ?なんで逃げようとするのかしら?」




夏花が怖いから、とはいえない。





仕方ないので、話だけは聞いてやることにした。





「それで?天崎さんが俺に相談って?」





「私のことは秋奈でいいわ。  そうね…相談というのは…あなたに一番近いお友達、天宮夏花さんのことについてなの。」





夏花のこと…?




無意識に眉をひそめる俺に気づいてか気づかずか、秋奈は話を始める。




「貴方は付き合いが長いから、知っているでしょう?あの子が、ひどい目に遭ってたって。」






「ああ、そうだな。なんでも、誰も構ってくれないって」





「そうね。」






「あれは…ああなるようにしてしまったのは、私なの。」





「!?」



衝撃の告白に、俺の中で様々な感情が交錯する。




結果的に彼女に対する警戒心を強めたと見られたのか、彼女は焦りながら言葉を続ける。





「昔、あの子とは仲良くしてたの。でも、なんだかあの子が私に話しかけてくるときに、恐怖を感じてしまって…」




ちょっと共感できるような気がする。




「私は、思わず言ってしまったの。『しつこい』って。私もまだまだ幼かったころのこと。その言葉がどれだけあの子に深い傷をつけたか、私は考えられてなかったわ。」





夏花から聞いていた話では、もう少しオブラートに包まれた表現だった気がするが…俺が過度に彼女を攻撃しないようにという、夏花の優しさなのだろうか。




「それで、だんだんその話が周りに広まっていっちゃって、あの子は孤立してしまったの。」





「もちろん、何度もやり直そうとしたわ。でも、夏花ちゃんの方から避けられてしまって、私にはなにもできなかった。」






秋奈は俺の方を見ると、



「きっと、いつも春斗くんと一緒にいるはずの夏花ちゃんがここにいないのも、私を見つけたからだよね。避けられたっていっても、あの子なりに私を傷つけないようにしてたんだと思う。」






「あの子は私も、他の人も、決して傷つけようとしない。でも、私はあの子の心の傷の原因で、その状態がずっと…」




なるほど、つまり彼女が言いたいことを要約すると、


「つまり、『夏花との関係性を再構築したい』ってことだよな?」



と、彼女に確認する。



「ええ。それで、あの子に償いができるなら…」




「償いとは大袈裟な…」





「大袈裟じゃないわよ。あの子、貴方としか話してないじゃない。」




「!」



言われてみれば、確かにそうだ。




「なるほどね…しかし、どうして俺なんだ?自分一人で行動することもできただろ?」





「そんなこと無駄よ。私が一人で行ったって、どうせ避けられるに決まってるわ。」




それは確かにそうかと思い至った。



「…じゃあ、俺が秋奈と夏花の友情を昔のように取り戻す手伝いをするってことか。」





「そういうことね。私だけじゃなくて、夏花のためにも…取り戻したい、いや、取り戻さなくちゃいけないの。」





「わかった。俺としても夏花に俺以外の友達がいないことは心配だったし、手伝うよ。」





「ありがとう!それじゃあ、計画思い付いたら連絡よろしくね!」



そういって連絡先だけを押しつけて秋奈は帰っていった。




「…え?計画思いついたらって、俺一人で考えるの…?」




そんな独り言と買ったアイスが、夏の暑さに溶けて消えていった。

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