末路
守宮 靄
海の底で這う
崖から飛び降りたその瞬間には、あなたと抱き合っていたはずだった。永遠にも思える自由落下の最中、あなたと私の境界は失われ、混ざり合い溶け合うのを感じた。背中だかお腹だったか、私(あなた?)のどこかに内臓が揺れるほどの強い衝撃が走り、遅れてやってくる酷い痛みを知覚するまえに、私は意識を失った。
目が覚めたときには、砂地の上にいた。細かい砂が背中に張りついている。周囲は闇で覆われていて、目を凝らしても何も見えはしない。起き上がり、身体を動かそうとしてみるが、どうにも動きにくい。何かに纏わりつかれているような、周囲からぎゅうぎゅうと押し潰されているような。急に不安になってあなたを探してみても、この暗さでは私の目は役に立たない。重い腕を無理に動かし、あなたの身体に触れようとする。ゆるゆると回した手は何にもぶつからないまま、砂地へと沈んでいった。私は、ひとりきりで海の底にいた。
ここにあなたはいない。しかし、すぐそばにいるような気がしてならない。匂いなのか気配なのか定かではないが、あなた特有の何かが耳元に触れ、鼻腔に囁き、瞼を撫で、口から肺へ侵入するのを感じる。
探さなくちゃ。
孤独による不安に耐えられなくなった私は、その場から動き始めた。実はすぐ後ろにいたのにまっすぐ進んでしまったので二度と会えませんでした残念、そんなことになったら後悔だけでは足りないだろうから、円を描くように進んだ。両腕を交互に動かし、這いずっていく。下半身が砂を巻き込み、少しずつ重くなっていく。それでも止まるわけにはいかない。小さな円から、少しだけ大きな円に。もし上から明かりで照らして見る人がいたならば、砂に描かれていく渦巻きを発見しただろう。私には見えないけれど。腕にも砂が絡まり、少しだけ鬱陶しくなってきた。重い。目の細かい砂が体表から体内へ入り込んでいく。お腹の中までざらざらした感触が広がるのがわかる。頭の中にまで砂が入りこみ、その量が徐々に増え、ついには砂だけが頭蓋に詰まっている、なんて妄想をした。それはとても恐ろしいことに思えたから、口も鼻も閉じて這った。
這う。
這う。重い。
這う。わたしはちゃんとえんをえがけているか?
這う。あなたの気配は近づきも遠ざかりもしない。私の全身にじゃれつくように、あるいは遠くから呼んでいるように。
這う。
……
もう、動くことはできなかった。私の身体に占める砂の量が私の肉より多くなっている。少しでも身動ぎすると、きしきしと砂の擦れる音がする。感覚の鈍った身体の上を、何かが跳ね回り、抓んでいる。目の退化した、小さなエビのようなものを想像した。彼らがひっきりなしにつまみ上げては忙しなく食べているのは、砂に混ざった微生物か、それとも私か。
あなたは、まだそばにいて、もうどこにもいない。海に飛び込むなり溶けだして、微かな気配を残してなくなってしまったのだ。頭蓋に少しだけ残った脳みそがやっと気づいた。つまり、この海全体があなたになって、私はそれに抱かれているのだ。砂に取って代わられた思考に笑った。
末路 守宮 靄 @yamomomoyan
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