第25話 転生戦争

「……はぁ」


 突然、関係ないことを言い始めたと思ってあっけにとられてしまったが、


「これが前提な」


 と、男は右側の口角を上げてニヒルっぽく笑った。


「俺達はそんな世界を変えるために戦っている。戦わなきゃいけない宿命にあるってわけだ。つまりだな———戦って戦って勝ち抜いて最後の一人がこの世界を思ったように書き換えることができる〝権利〟を持っているっていうことだ」


 そう言って、スカジャンの男は財布を取り出し、そこにしまわれていた一枚の〝切符〟を取り出した。


『世界革命機関・再生計画列車・乗車資格券

           人の世→ユリスの世

                       2024年8月31日迄有効』


 僕が持っているのと同じ、いや、一部の文字が違う。

 僕が持っているのには矢印の先は「ユリス」ではなく「クウ」の名前が刻まれている。


「俺は一度死んだ。電車に轢かれてな。そして、ある世界に転生した……いや、この肉体と同じような、年齢も同じ。気が付いたらあっちの世界のクラウスって男に成っていたから、アレは転生って言っていいのか? 魂だけが移っているようなもんだったが……まぁいい、話聞くところによるとこっちの世界の姿かたちそのままで転移したヤツもいるらしいし、一度死んで、同じ肉体で、別の世界に転じて生まれなおした。〝転じて生きてる〟んだから、転生・・ってことにしといていいだろう。ああすまん、俺は考えを言葉にするタイプでな。そうしないと思考がまとまらない……わけじゃないが、上手くいく」

「上手く……?」

「ああ、お前にもあるだろ? お前だけの癖。自然とやっちまうこと。それがお前にとっていい結果をもたらすようなものなら、やり続けた方がいいぞ。周りになんて言われようがな。俺はあっちの世界に転生して初めて知った。俺が俺らしく生きることの大切さをな」


 なんでだか、いい事を言っている……これから、僕を殺そうっていう人じゃないのか?


「少年、お前ゲームとかは好きか? RPGとかはやるのか?」

「あ、はい」

「想像しやすくて、説明のしがいがねぇけど、俺はまさにそういう剣と魔法の世界に転生して、魔王を倒して世界を救ったのよ。そして、あいつはずっと俺についてきた元奴隷の獣人」


 顎で空で戦っているユリスを顎で指す。


「はぁ……」

「ユリスってんだ。力も魔力も糞強えのに、頭が悪くて調子に乗りやすいのが玉に瑕だ。まぁ、俺の従者サーバーにふさわしいやつっちゃやつなんだが……」

「はぁ……」

「もしも、俺が勝ったらあいつを起点に世界改変が起きる。要は世界の書換だな」

「世界の……書換……?」


 あ……。

 聞いたことが、ある言葉だ。


『———一度死んだことがあるあなたなら、この世界を書き換えることができるって、そういう意味で言ってるんです』


 金髪のお姉さんの言葉を思い出しながら、男の言葉を聞き続ける。


「———そうだ。俺達は戦う。自分の望む世界に書き換えるために、この———今いる此の世界を最も自分を解放して自由に生きていけた転生したの世界に書き換えられる。それが俺が戦う理由だ」


 男はトントンと自分の頭を指で叩く。


「———理解できたか?」


 理解———した。 

 ようやくできた。

 あのお姉さんの言葉は、クウの言葉は……そういう意味だったのか。


「僕はやっぱり……あの時死んでたみたいだね……」


 今までつながっていない点と点がと線が繋がり、面になる。


「死んで〝クウの世界〟に転生していた———」


 クウの顔をした一枚のビジョンが作られた。


「———そして、〝クウの世界〟を救ってこの世界に帰ってきた……!」


 僕は、大切な記憶が抜け落ちた状態でこの世界にポロリと零れ落ちてしまっていたようだ。


「お? 思い出したか?」


 男がくるりと背を向け、剣の方へと歩いていく。


「いえ、何も思い出せていません」

「なんじゃそりゃ⁉」


 僕が正直に言うとガクッと男は肩を落として立ち止まった。


「ただ、理解しただけです。どうしてクウのような存在がいるのか。僕が力を手に入れたのか」


 目の前にいるスカジャンの男は剣を抜いて、再び僕に向けた。


「まぁ、思い出せた思い出せてないはもうどうでもいい。とにかく、それが俺がお前を攻撃する理由だ。この世界には十人の転生者がいる」

「十人……」


 そんなに、死んで復活した人間がいるのか……。


「そして———そいつらの誰世界で書き換えるかを決めるのが。この転生戦争なんだよ」


 男が剣を振りかぶって切りかかってくる。


「————ッ!」


 ———転生、戦争⁉


 そんな戦いが起きていたなんて、そんな戦いに巻き込まれていたなんて。

 男は武器を持っていない僕に容赦なく剣を振り下ろす。

 向かってくる男に対して、僕は———踵を返して走り出した。

 僕は、反撃もできずに背を向けて逃げ惑う———ただ、ただそれだけしかできない。


「どうした⁉ 反撃をしてみろ! テメェだって調律者チューナーだろうが⁉ 転生者だろうが! ちょっとは反撃してみろや!」


 ブンブンブン———。


 刃が宙を斬る。

 ———無茶を言うな!

 こっちは経緯は理解したが、納得はまだしていない。自分が異世界転生した過去があるといういろいろな証拠を突きつけられて、そう理解せざるを得ない部分はあるが、僕はあんな剣を召喚するような、魔法を使えるようなは持っていない。

 力……?


「一方的じゃねぇか! こうならねぇためにわざわざ説明してやったんだろうが!」

男の足に光が灯り、

「聖霊よ! 空間を割け————!」


 一瞬で———回り込んだ。


「え———⁉」 


 僕の目の前に立ち、剣を後ろに引きしぼり、自らの腰のあたりにかるくその握りしめた手を添える。

 居合の形———。

 剣が光る———そして、


「———聖烈サ・ッパー!」


 斬る。

 男が剣を振り抜いた。

 僕の首めがけての一撃だった。

 僕は何とか腰を落とし、崩れ落ちるような形でその一撃を躱す。尻餅をドンッとつく間抜けな姿勢になるが、そうしなければ斬られていた。


「———おいおい、いつまでそんな面してんだ? そんな一般人です。みたいな面をよぉ」

「あ……あぁ……」


 おののく。

 僕の頭を支配しているのは———恐怖だ。

 恐怖の感情が、心を満たしてひかない。

 だって、そうだろう。


「少年、てめぇも使えんだろうが! こんくらいの力はよぉ!」


 パラパラと僕の頬に光の粒が落ちる。

 熱い。 

 多分、これが魔法。

 あちらの世界の、このスカジャンの男の世界の魔法の源、魔力というモノなんだろう。初めて触れた。魔力というのは熱を持っていて、優しい暖かさをもったものなんだ。


「こんなことを起せる力が魔法……」


 茫然と僕は真上を見ながらつぶやく。

 ———傷だ。

 空間に光の傷ができている。

 それが浮遊している———いや、刻みつけられている。

 男が空中を切り裂いた爪痕が、消えずに———視認できるほどはっきりと空中に残り続けていた。

 そこに防御の手段など———存在しない。

 僕が———例え力を持っていたとしても、関係なく両断されてしまう。


「あぁ……」


 失禁したい。泣きわめきたい。

 恐怖に完全に屈して、ただ感情を爆発させて何もできない自分になりたい。

 理性が、何とか僕を僕たらしめていた。

 男の子がそんなことをしちゃいけない、と小学生がお母さんに教えられる当たり前の常識が、今この圧倒的な恐怖の空間で僕を理性的な人間たらしめていた。


「おい、おいおい……ちょっと待てよ。これじゃあ虐めじゃねぇか!」


 男はバンッと近くにあった机を手の平で叩く。


「ちょっとは反撃しろよ。せめてお前の世界の力を見せてみろよ!」

「そ、そんなこと……」


 力はあるには、ある。

 だけど、このスカジャンの男には通用しない。微量な力だ。 

 身体能力の向上なんて……。

 僕が全く持って情けない装いを見せ続けていると、男は「あ~もう、しゃあねぇなぁ」と頭を掻きむしり始める。


「昨日の奴はもっと歯ごたえあったっつーのに……」

「昨日の……?」


 ヤツ……ってことは人……?

 もうすでにこの人は戦って勝っているのか? だったら尚更僕が勝てるはずが……。


「ああ、昨日殺した・・・車いす・・・の奴だよ。あの女の子・・・の方が歯ごたえあったぜ」


 ———え?


「少年。あの子に比べるとお前は名前も聞く価値もない。ちゃんと殺す奴の名前は聞いとく主義なんだが。少年、お前にはそうさせるだけのやる気が起きない———だから、もういいな?」


 しりもちをついてへたり込む、僕の足の間に男は立ち、剣を振りかぶる。

 手を伸ばせば届く距離。

 剣の射程圏内に体がすっぽり収まっている。

 ここまで接近されてしまえば、今からどんなに急いで逃げても間に合わない。真っ二つにされてしまう。確実に———。

 いいな? 何を問われている。


「じゃあな———少年」


 何に対して礼を言われている?

 刃が———振り下ろされる。

 動かない、動けない僕の頭めがけて。

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