第24話 俺が説明してやろう

 そして———僕の首元へ向けて剣が振り下ろされた。

 待て———そんなあっけなく僕も殺———、


 キィィィン………ッ!


 ———されなかった。

 響く……金属音。

「あぁ?」———と、スカジャンの男が顔をしかめる。


「———あーゆーおーらいと? でございます。ご主人」


 クウ、だ。

 彼女が剣の軌道の間に入り込み、僕を斬撃から防いでいる。

 昨夜、ガトリングに変化させた手を、今度はブレードに変化させて。

 機械的で未来的なその剣は小さく振動し、スカジャンの男の剣とのつばぜり合いのせいでリリリリ……とやかましい音を鳴らしている。


「クウ……どうしてここに?」

「どんとせいだっと。でございます。主人に危機が訪れれば、妻であるこれは直ちに駆けつける。それが当たり前で御座います」


 どんと……あぁ、Don’t say that.みなまで言うなか。

 変わらない間抜けでへっぽこな発音の英語だが、少しだけ気分を軽くしてくれる。

 いろいろ、本当にいろいろあって一杯いっぱいだった心を少しだけ、ほんのわずかに持ち上げくれる。

 フッと笑みが漏れ、立ち上がる気力がわいてくる。

 それを、クウは感じ取ったのか僕に対して手を伸ばし、僕はその手を取る。


「おいおいおいおい! やっぱり勘違いじゃねーじゃねえか! やっぱりお前調律者チューナーじゃねぇかよ! 少年!」


 スカジャンの男が距離を取り、剣の切っ先を僕へ向ける。クウを警戒しての後退だろう。彼の傍では大斧を構えて歯をむき出しに、獣のように、どう猛な笑みを浮かべている。

 二人は完全に戦闘態勢に移行していた。


「ちょ……っと待ってもらっていいですか!」

「あ?」


 今にも戦闘が始まりそうだったので、両手を前に突き出して、静止してもらえるように促す。


調律者チューナーって何のことですか⁉」


 何のことかさっぱりわからない。

 だから、一つ一つ問いただす必要が僕にはあった。


調律者チューナーって言うのは、転生者の事だ」

「そうですか、ありがとうございます!」


 スカジャンの男は丁寧に質問に答えてくれた。


 ———だが、わからん!


「その……調律者チューナーだったら、どうして僕は攻撃を受けなければいけないんでしょう⁉ それというだけで殺されるいわれは全くないと思いますが⁉」

「あぁ……? えぇ……?」


 スカジャンの男の視線が彷徨い、何か思考を巡らせているようだ。


「お前……何も知らねぇのか?」

「はい、何も知りません! 昨日、この街に来たばかりで! クウ……あぁ、この隣にいる女の子の名前なんですけど! この子のこともよく知らなくて……」


 何か知っているような気はするんだけど。

 とにかく———、


「僕は普通の高校生なんです! だから———命を狙うのは間違っていると思います!」


 必死で命乞いをしてみる。

 ———状況がわからない。さっぱりわからない。

 僕が何も知らないだけかもしれない。だが、知らないと全く関係ない可能性もある。

 だから、それを正直に伝える。

 もしかしたら、あのスカジャンの男の勘違いの可能性がある。 

 もしかしたら、クウも何かしらの間違いで僕の傍にいてしまっている可能性もある。 

 その一縷の望みをかけて。 

 スカジャンの男の目線がクウへと向けられる。


「おい、そこのサイボーグのお姉ちゃん。こりゃ一体どういうことだ?」

「サイボーグではありません。コレはWR―16「クウ・ウシロノ」。機械生命体でございます」

「そうか。あんたはこの世界の人間じゃねえな?」

Sureシュア、でございます」

「……チッ。普通に日本語で答えろよ。ここは日本だぞ……まぁ、ファルミア人を連れてきてる俺が言ってもアレか……それで? そこの少年はお前の主人だな?」


  剣の切っ先は、まだ僕に向けられたままだ。


Sureシュアで、ございます」

「何にも知らねぇって言ってるけど、本当に何も知らねぇのか?」

Sureシュア……で、ございます」


 最後のクウの返答は悲しげだった。


「……そうかい。自分で記憶を封じ込めちまったか。それともこちらの世界に帰ってくる過程の上で何らかの不具合が起きちまったか知らねぇが。とにかく……少年、お前は何も知らねぇってことだな?」

「知り……ません……」

「そうか……」


 しばらくスカジャンの男は沈黙し、


「……それでも、俺がテメェの事情を考慮してやる必要はねぇよな。状況から見るにテメェが調律者チューナーであることは間違いねぇ。何にも知らねぇテメェに親切に説明してやる義理もねぇ」


 男の目に殺気が宿る。


 ———ダメか……。


 やっぱり、僕はここで殺されるのか?

 そう覚悟して、全身に力を込めた。


 が————、


「義理はねぇ。だが———説明してやってもいいな。俺は親切だからな」


 フッと男の目から殺気が消えた。


「え?」


 そして、男はザスッと剣を床に突き刺し歯を見せて笑った。


「おい、メスガキ」

「あいあいご主人たま」


 一瞥もせずに、ユリスに呼びかける。


「外で遊んで来い———」

「あい」


 ユリスは敬礼し、


「———一緒に、な」

「———あい」


 ドッと強く床を蹴って、一足でクウへ向かって飛び掛かる。


「クウッ⁉」


 クウはブレードでユリスに切りかかるが、間合いを詰められすぎていた。腕の関節部分を抑えられ、腕の内側に入り込んでいるユリスに刃が届かない。


「BTXモードに加え、GTXモード併用起動。目標———ロック済み」


 クウはそれならばとブレードの腕と逆の手をガトリングに変形させ、


「———FIREファイア

「風霊よ! 我が背に空駆ける翼を———」


 ガトリング砲が火を噴くが、ユリスはクウの身体を蹴り、その反動で身を捻り至近距離の射撃を躱し———、


風翼ウ・イング‼」


 ———はためいた。


 背中に光が灯ったと思えば、それが白い鳥の翼を形成し、飛行を始める。

 教室の中で、それもクウの腕を掴んだまま飛行を始めたので、クウは教室の床に擦り付けられ、そのまま窓下のコンクリートの壁に頭から突っ込んだ。

 砕けちる。 

 コンクリートの壁が砕け散り、クウの身体が外に出る。

 地上まで十メートル近くの、空中に———。


「クウ!」


 彼女の身体は地上へと真っ逆さまに落ちていく———、


「スクランブルウイング———展開」


 ———ことは、なかった。


 彼女の背中から鉄の翼が出現した。

 衣服を突き破り、その根元にある噴射口から炎が噴き出る。


「……クウ……飛べるんだ」


 ゴオオと音を立てて空中に留まっているクウ。

 一時の危機は去った。


 が———、


「聖霊よ。我が手に刃を———聖殿サ・ァモリィ


 教室の床に放っておかれていた大斧の下に魔法陣が出現し、それを飲み込む。

 そして、ユリスの手元に再び魔法陣が出現し、その手に大斧を収めさせると消えていき———、


「———それじゃあ、遊ぼうかぁ‼ ロボのお姉ちゃん☆」


 大斧を振りかざし、ユリスはクウへ向かって突撃する。


「———迎撃します」


 クウはガトリングで迎え撃つも、全て躱され接近を許す。

 そして———交錯する刃と刃。

 ガキィンと、此処まで響くほどの剣戟の音をさく裂させ、鳥と鉄の翼を持つ二人の少女は空中戦を続けていく———。


「おい、少年。ボーっと見てんじゃねぇ。俺がいること忘れんな」


 ハッとする。

 スカジャンの男はすっかり剣を放り出し、戦闘態勢を解いているが警戒するべき、敵であることには違いない。そうでなければ、今空中でクウとユリスと呼ばれた彼の従者は戦闘をしていないだろう。

 スカジャンの男は頭を掻きむしりながら、


「あ~……どこから話そうか。何も覚えてねぇんだよな? 自分が死んだ記憶も。異世界でどんな冒険をしたのかも。その冒険をした〝意味〟さえも」


 ———冒険の意味?


「はい、何も……覚えていないんです」

「じゃあ管理者ドミネーターの姉ちゃんともまだ会ってないのか。会ってたらいろいろと説明受けてるはずだもんな」

管理者ドミネーター……神様みたいな人ですか?」

「お、知ってんのか?」


 ピクリとスカジャンの男の眉が動いた。


「いえ、クウから聞いただけ……何ですが……」

『世界によっては、〝神〟と呼ぶものもいます』


 クウの言葉が、フラッシュバックした。


「あの、あなたは会ったことがあるんですか?」

「ああ」


 もしかしたら、僕も———。


「もしかして、その人って金髪でゴスロリ服をきたお姉さんですか?」


 スカジャンの男がびっくりしたように目を丸くした。


「なんだ。会ってんじゃねぇか」


 やっぱりあの人か……あの人が管理者ドミネーター

 ———そして、神。


「だけど、何の説明も受けていないんです。それにあの人は鈴木花子って全然違う名前を名乗って……」

「いかにもな偽名じゃねぇか……鈴木さんも、花子さんも何処にでもいそうな女の名前。気づけよそんくらい。ったく、あいつ神様の癖にちゃんと説明しろよな……まぁいい、俺が説明してやろう。俺は親切な男だからな」


 ドンッと胸を叩く。 

 スカジャンに赤い髪、それに彼の人相はいかにも悪く、まさにチンピラと言った風貌なのだが……どうやら面倒見のいい男の様だ。


「まずだな———」


 スカジャンの男は指を一本立てる。


「この世界は———腐っている」

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