第20話 花火

「三蔵がいなくなって、氷雨は荼毘さんとばかり遊ぶようになっていました。そんな氷雨と友達でい続けたくてヒマはずっと一緒にいました。そしてなんだかんだで義経も氷雨に近づかなくなって、もっと、氷雨は一人ぼっちになりました」

「一人ぼっちじゃないだろ。荼毘がいたんだから」


 向日葵の言葉に違和感を覚えて口を挟むが、彼女は首を振った。


「一人ぼっちでした。だから、ヒマは氷雨と一緒にい続けないなと思って、い続けました。ヒマまで氷雨から離れたら、氷雨と二度と友達に戻ることができないような気がして……だけど、あの人が……荼毘さんに彼氏ができてから変わりました。女の子だけでグループを作っていたのが、男の子も混じるようになって、いろいろ……みんなエッチなことをしたがるようになりました」


 グッと唇をかみしめる。 

 そこから先の話は聞きたくなかった。

 生々しすぎる話だと感づいていた。生々しく残酷な話がこれから始まるとわかっていた。


「高校に上がるとエッチなことをするのが〝普通〟って言われるようになりました。処女を捨てろとかなんとか……荼毘さんがそれを〝普通〟だって言い始めて……流石の氷雨もそれは違うって思っていそうでしたけど……氷雨は荼毘さんと一緒にいるしかありませんでした」

「いるしかない?」

「だって、氷雨と一緒にいる人は荼毘さんしかいませんでしたから」

「———ッ」


 今の、向日葵の言葉でハッとした。

 氷雨はずっと仲のいい友達に囲まれていると思っていた。

 イケているグループの中心にいる荼毘の親友で、そうなると必然的に氷雨も人気者でオシャレでカッコいい友達に囲まれているものだと思い込んでいた。

 だけど、違う。

 それが違うということは向日葵はちゃんと見抜いていたのだ。


「氷雨には、もう荼毘しか友達がいなかった……だから」


 僕の言葉に向日葵が頷く。


「ヒマ以外、氷雨の友達はみんな離れていきましたから」


 荼毘とつるみ続けたことによって、氷雨の周囲に対する態度が変わった。攻撃的になって元々の友達を大切にしなくなった。

 それで僕たちは離れた。

 一番仲が良くて、一番彼女と時間を共有している、氷雨のことを想っている僕たちが離れたのだ。

 なら、僕たち以外の友達も離れてしまっているというのは少し考えればわかることだった。


「氷雨はずっと寂しそうでした。だから、少しでもずっとあの子の傍にいてあげたかったんです。例え自分がどうなろうと……三蔵。ヒマは間違っていたんでしょうか?」


 向日葵の目から、とうとう涙がこぼれ出ていた。

 そして、彼女は自らの下腹部に手を当てた。


「ずっと遊んでいたんです。ヒマは荼毘さんと、荼毘さんの彼氏さんたちと……どんなに酷いことをされても笑ってついてくるヒマにあの人たちは、更に酷いことをして」

「向日葵……もうそれ以上はいい」


 あまりにも、辛いことをされたのだと、女性として、人間としての権限を踏みにじるようなことをされたのだと言うことは想像だに難くない。


「三蔵———」


 向日葵の下腹部に、最初は右手だけだったが、左手も添えられた。

 その両手が震えている。


「———ヒマは、実はもう子供は産めません」


 クシャッとその顔が歪んだ。

 涙が頬を伝ってポロポロと零れ落ちる。


「ヒマは……ここに……エッチな場所に……本当に酷いことをされて……男の人のものだけじゃなくて……〝花火〟まで」

「————は?」


 はなび……?

 何だそれ、なんでその単語が出てくる?

 エッチなことの話だろ?

 性交に関することじゃないのか? 

 性器に関わる、デリケートな話題じゃないのか?


「———荼毘さんの彼氏さんは、〝遊び〟でヒマの大切な部分にロケット花火を入れたんです———逆向きに。そのせいでヒマは入院して、お医者さんに大切な部分が壊れてしまって二度と子供を産めなくなりましたって言われました。


 カ————ッと頭に血が上った。


「あいつ……ぶっ殺してやる!」

「…………」


 ヒマは「もう死んでます」と突っ込むこともしなかった。

 死んでいることを思い出しても僕の怒りは晴れることはなかった。あのボーズ頭にこの怒りをぶつけることができないことすら腹立たしい。


「氷雨は⁉ 氷雨はどうして止めなかった!」


 僕は図書室の外に向かって歩き出していた。

 彼女を問い詰めたかった。 

 だが、僕の腰に向日葵が飛びつき、引き留める。


「氷雨は何も知りません! 氷雨は〝花火〟のことだけは本当に知らないんです! 氷雨がいないところで、荼毘さんとその彼氏さんたちに囲まれてあったことですから!」

「どうして……! どうしてそれを氷雨に言わないんだ!」

「氷雨に言ったら……言えなかったんです。荼毘さんたちと約束してしまいましたから、氷雨には内緒だよって。親や医者に本当のことを言ったら、氷雨のことをハブにするぞって……だから、ヒマは一人で遊んで間違えてしまったってことにして……」

「そんなこと……!」


 信じてもらえるわけがない。

 みんな薄々気が付いていたのだろう。向日葵がひどいいじめを受けていることに。だけど、向日葵自身がいじめを受けていないと言い張るし、何より確証がない。だから、ここまで放置されていたんだろう。

 それでも……医者だし、親だろう……!


「アァ……!」


 ふがいなさに悔しくて腹が立つ。

 もう少し、踏み込めよ!

 何で踏み込まないんだ……! 

 子供がどんなに強がっていても、干渉するなと言って来ても、子供が産めない体にされてしまったんだぞ。そこは大人の力で踏み込んで正しい対応をするべきだろう。

 しなかった。

 大人たちは何もしなかった。 

 だから、昨日のあの悲劇も起きた。


「ごめんなさい、三蔵……全部、ヒマが悪いんです。ヒマが馬鹿だから……」


 涙を流しながら顔を伏せる。彼女の涙が僕のズボンを濡らす。 

 ああそうだ———向日葵が悪い。

 彼女が馬鹿だから、愚かだから、氷雨なんかと付き合い続けたから……?

 いや……。

 本当にそうか?

 違うんじゃないか?


 ガラッ。


 突然、図書室の扉が開かれる。


「やっぱり……ここにいたんだね。向日葵に……カッパ野郎」


 氷雨だった。

 これから、問い詰めようとしていた狐月氷雨があっちから来てくれた。

 彼女はつまらなそうに僕と向日葵に目線をやる。

 その眼を見た瞬間、僕は殴り飛ばしたい衝動にかられ、全身に力を込める。

 が———、


 キ~ン、コ~ン、カ~ン……コ~ン……!


 チャイムの音が鳴り響く。

 チラリと図書室のスピーカーに氷雨は目をやった。


「休み時間終わっちゃったね……話があったのに……」

「氷雨ッ!」

「何よ?」


 向日葵にあれだけの話を聞かされた後なので、僕は彼女に怒りをぶつけたくてたまらなかった。だが、そんなことなど知る由もない彼女は、キッと僕をけん制するように睨みつけてくる。


「氷雨ッ……! 僕も話がある」

「そう、でしょうね。じゃあまた改めて話しましょう。授業が終わった後、放課後に屋上で」


 さらりと顎のあたりまでで切りそろえた短い髪を揺らして背を向け歩き去っていった。

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