第19話 普通に青春したかった。

 部活。本当にどこにでもある。どの学校にでもあるそんな当たり前。人から見るとくだらない些細なことが、僕たち幼馴染の関係を決定的に壊したし、僕たちを〝こう〟した原因でもある。

 中学に入って一週間たった頃、部活の体験入部というまぁ、言ってしまえばイベントがあった。どの学校でも当たり前にあるようなことで、イベントという言葉にしてしまうと大げさな気がするが、学校にあるそれぞれの部活に顔を出して見て、雰囲気を知るという行事。

 僕たちは部活に興味がなかった。

 ただずっと義経の家に集まってゲームをして行ける日々が続けばいいと思っていた。

 ただ———幼馴染四人で遊んでいけばいいと思っていた。 


『テニス部入ってみようよ!』


 氷雨が目をキラキラさせて僕たちの前で言ってきた。


『中学になったら部活に入って、みんなで青春するのが〝普通〟だからさ! ずっと部屋にこもって何もしなくてゲームばっかりやってるのはもったいないって! 中学に上がったのなら中学生らしいことをやらなくちゃ!』


 彼女はテニス部の体験入部に参加してきたらしい。

 そこで、一緒に汗を流して青春をする大切さを教え込まれたらしい。


『みんなで汗を流して〝青春〟しよう! 〝普通の青春〟ってやつをやってみようよ!』


 僕は、テニスには興味がなかった。

 だけど、当時氷雨はテニスの漫画にハマっていたし、その漫画の登場人物たちがイケメンでカッコよく見えていた。

 だから、テニス部に入れたら、あの漫画の登場人物のようにカッコよくなれると、あの登場人物たちのように熱い青春を手に入れることができるのだと、彼女は思い込んでいた。

 それが、キラキラした彼女の瞳から透けて見えた。

 僕は嫌だった。

 この四人の関係が好きだったのだ。

 そこに他の誰も足したくなかったし、引きたくもない。

 部活なんかに入ってしまえば他の人間が加わって来るし、引き裂かれる。

それは火を見るより明らかだが、氷雨は言った。

『私たちは永遠なんでしょ? 想い続けるんでしょ? なら大丈夫でしょ。一緒に頑張って青春しよう! 普通に青春しよう!』

 氷雨は、〝普通〟という言葉に洗脳されていた。

『みんな、中学に入ったら部活をやるもんだよ! それが〝普通〟だよ!』

 氷雨は必死に説得するがそれでも僕たちは渋り続けた。

 挙句の果てには氷雨はこんなことも言った。


『一緒にいるんでしょ? 想い合い続ける〝友達〟なんでしょ? 〝約束〟を破るの?』


 その時は気が付かなかった。

 その言葉がどんなに自分本位で身勝手な言葉だったのかを。

 彼女が「私の思い通りに従ってくれなければ、縁を切る」と言っていることに。

「私の思い通りにならない人間なんて友達じゃない」と言い切ってしまったことに気が付いていなかった。


 ただ、氷雨というカッコよくて頭の回転が速い友達を失うことは嫌だ———と、その思考でいっぱいになってしまった。


 だから、僕たちは……僕と義経と向日葵は氷雨に誘われるがままにテニス部に入った。


 普通の集団に溶け込もうとした。


 その集団の中には———荼毘だびがいた。


「氷雨は普通になっていった。普通に友達をたくさん作って、普通にテニス部で活躍していって、普通にレギュラーを取っていって」


 あの時の、中学一年の時の氷雨は〝普通〟だった。

 どこにでもいる、普通の中学生。

 少し美人な中学生。

 顔が良くてスポーツもできて、勉強もできて……友達に慕われて……。


「そしてだんだんと荼毘とばかり遊ぶようになっていった」


 荼毘も同じ、普通のどこにでもいる中学生だった。

 気が強くて、少しワガママなところがあるけれどもオシャレで運動神経抜群でカッコよくてみんなの注目を集める。そんな荼毘を慕う子たちと氷雨は付き合い始め、僕たちのことをおざなりに扱うようになった。


「氷雨自身は気が付いていなかったみたいだったけど、彼女は荼毘に影響されて言葉遣いも悪くなっていったし、平気で人を叩くようになった。冗談めいていたけど。以前はそんなことをする奴じゃなかった」 


 氷雨は頭がいい皮肉屋だった。

 だから人をからかう時は手じゃなくて言葉を使っていた。

 ツッコミと称して向日葵の頭を叩き始めたのは、明らかに荼毘の影響だった。


「そして、しばらく経って僕と義経は部活を辞めた」


『義経は仕方ないけど……三蔵は辞めないよねぇ⁉』


 僕と義経は交通事故にあった。

 それで義経は歩けなくなり、必然的に部活を辞めざるをえなくなった。

 だが、僕は五体満足だった。

 不思議なことに無傷ですぐに部活をやろうと思えばできる状態だった。

 そんな僕に氷雨はすがるように辞めないでくれと懇願した。

 だけど———、


「僕は部活を辞めた。辛かったから。僕はテニスが元々好きでも何でもなかったし、部活に入っているくせにファッションだったり、メイクだったり……男の癖に、そんな格好ばっかり付けようとする部員たちのことが好きじゃなかった。話も合わなかったし」


 そのことを氷雨に真正面から伝えたら、


『裏切り者‼ 一緒にいようって約束したのに! それを破るんだ! このカッパ野郎が‼』


 カッパ野郎。


 僕が一番言われたくない悪口だった。

 僕の名前は三蔵。だけど、ある上級生が「三蔵ってあれだろ? 西遊記に出てくるカッパ」と言った。

 西遊記に出てくるカッパの名前は沙悟浄さごじょうだ。僕はその師匠のお坊さんから取った名前。サゴジョウとサンゾウ。「さ」から始まり何となく音が似ていると言うだけでその先輩は勘違いをし、それが頼にもよってウケてしまった。

 人間はなんだろうか……面白いことを最優先にするきらいがある。

 僕はその日から「カッパ」というあだ名で呼ばれることになった。

 そう呼ばれる経緯まで説明しないとわからない回りくどいあだ名で、初めて聞いた人は何故僕が「カッパ」と呼ばれるかはわからない。だが、それを説明する人間は、経緯を知っている人間はその僕をカッパ呼ばわりした上級生の馬鹿さ加減。そして何がおもしろいのかはわからないが、とにかく面白くて爆笑できたその瞬間の楽しさを回顧し、その話をするたびに面白おかしくはしゃぐことができるので、テニス部の連中は執拗に僕をそう呼び出した。

 彼らにとっては冗談だ。話の合わない僕と楽しく話すための話題作り。

 だけど、「カッパ」と呼ばれて僕は何一つとして面白くはなかった。

 それまでは全くそんなことを思っていなかったが、「三蔵」という親が「人のためにどんな苦難も乗り越えようとする優しい人間になれ」と想いを込めた名前を汚されたような気がして嫌だった。

 「カッパ」と呼ばれるたびに、僕の大切な名前に唾を吐かれるような気がして嫌だった。

 だけど、その日から氷雨も他の連中と同じように僕を「カッパ」と呼び続けた。

 だから、どんどん僕と氷雨の距離は開いていった。 

 彼女と一緒にいてもまったく楽しくなくなってしまったから。

 義経は入院し、僕も半ば喧嘩別れするような形で距離を置いた。

 そして、向日葵だけが彼女の傍に、テニス部に残り続けた。

 それから氷雨は———暴走した。


「向日葵はテニス部に残り続けたけど……テニスは、運動は向日葵には向いていなかった」

「…………」


 彼女は反論しない。

 内心気が付いていたんだろう。

 あそこに向日葵がいても何にもならなかったってことに。

 向日葵は歌の好きな女の子だ。運動も勉強も苦手で、そこまで好きになれないが、歌だけは好きな女の子だった。

 そんな女の子が無理をしてテニス部に入って運動もスポーツも得意な女の子たちの仲間になろうとした。


「タハハ……」


 向日葵が当時のことを思い題してか、力ない笑いを漏らした。


「ヒサメにいつもいわれていましたネ。〝普通〟になりなさい。どうしてそんな普通のこともできないの。この〝お花〟畑って……」


 向日葵はテニス部の練習についていけていなかった。

 狙った場所にボールを当てたり、綺麗なフォームでラケットを振るどころか、ラケットにボールを当てることすら難しかった。

 五球に一球は外していた。

 〝普通〟はそんなことないと、みんなして笑っていた。

 が———向日葵は真剣だった。 

 真剣にやってそれだった。

 だから、みんながみんなして、真剣に向日葵を〝普通〟のレベルに上げようとした。

 そのためにならどんなことをしても構わないという感じで。

 彼女を〝普通〟にするという名目があれば、何をやっても許されると言うような風潮で。


「僕は、はっきりと言葉にするべきだった。『テニス部をやめろ』って」

「…………そういえば、『大丈夫?』って聞いてくれていましたネ」


 ———向日葵、君、大丈夫?


 体力をつけるためという名目で、校庭百周を命令された時に僕が彼女にかけた言葉だ。


 ———大丈夫デス! 仕方がないんですよ……ヒマは普通じゃないから。普通以下だから。


 そう返した彼女に、「もういい」と言ってやるべきだった。


「ヒマは……頑張ったつもりです。ずっとみんなで一緒にいるために。氷雨と友達でい続けるために……」


 向日葵がせきを切ったように言葉を漏らし始める。


「タハハ……頑張り続けた結果が、あれ・・デスよ」


 裸の向日葵をせせら笑う不良生徒たち。

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