第17話 話しがある

 学校についたころには、ホームルームギリギリになっていた。

 おばあちゃんの一件で時間を取られ、気が付くと遅刻寸前。走って校門をくぐり、クウが並走していたので急いでそちらを追い払い、チャイムと同時に教室に駆け込んだ。

 その後、ずっと僕は授業を上の空で聞いていた。

 クウは人を蘇らせることができる。

 ならば……昨日のあの不良生徒を蘇らせることができるのではないか? 

 いや、できるだろう。

 だったら、やったほうがいい。いいの……だが、心に引っかかるものがある。

 僕はクウに対して違和感というか、気持ち悪さというか、恐怖というか、何ともいえないモヤモヤした感情を抱いている。

 それは彼女が殺人を犯したからだ。

 現代社会を生きている人間として、〝殺人〟というものは絶対に犯してはならない罪だ。例え相手がどんな極悪人でも一個人の判断で殺してはならない。感情で殺してはならない。

 生かして罪を償わせるべきなのだ。

 それが当たり前の倫理であり、道徳だ。 

 クウはそれに背いた。

 だから、僕はいまいち、一方的に慕ってくるクウを信用できない。彼女を遠ざけたくなってしまう。

 だが———彼女はそれすらも帳消しにできる。

 人を蘇らせることができる。


「もう……それは神の所業じゃないか」

「神……って何のことデス?」

「うわっ⁉」


 独り言を聞かれていた。

 いつの間にか僕の席の隣に立っていた向日葵に。


「あ……」

「…………」


 彼女の顔を見ると気まずくなる。昨日はいろいろあったからだ。

 本当にいろいろ……。

 クウのような異常現象だけじゃない。僕は彼女の知られたくない秘密まで知ってしまった。

 本当は昨日のうちにそのことについて話して整理しておくべきだったのだろうが。夜も遅かったし、彼女は下着姿でいじめられていたということもあり体力的に無理だろうと判断した。

 だから、ろくに彼女と話す暇もなかった。


「三蔵……」


 彼女はぽつりと僕の名前を言って瞳を伏せていた。何も悪いことがないはずなのに、何か後ろめたいことがあるかのように眉毛を八の字に曲げて。


「ん、何?」


 できれば、話したくなかった。知っちゃいけないことのような気がして話さずにそのまま蓋をしておきたかった。僕は何も知らずに事態が勝手に解決するのを待ちたかった。

だけど、それはできない。

僕は当事者なのだから。彼女の親友なのだから。


「少し、話せませんか? ヒマたちのこと」


 そう言って、向日葵は目線を、ある空席にやる。

 そこは狐月氷雨の席だった。今日はまだ、学校に来ていない。


「あいつ、休みか……」


 そうだろうな、と思った。


「いいえ。朝の先生の話によると遅刻、だそうデス。体調不良で回復次第来る……と」

「そうか……」


 朝は急いで駆け込んできたこともあってろくにホームルームの内容を聞いていない。その時に話していたのだろうが、完全に右耳から入ってそのまま左耳から抜けて行っていた。

 氷雨も今日学校に来るのか……。

 あんなことがあったのに。


荼毘だびさんも、来てますよ」


 ふと廊下に目をやれば制服を着崩した連中と荼毘が笑い合っているのが見える。

 不思議な光景だった。

 昨日、とてつもない異常な光景を目にし、仲間が殺されたというのに、何事もないかのように日常を送っている。

 いや、とてつもない異常を見てしまったからこそか……。

 努めていつもと変わらない日常を送ろうと頑張っているのだ。

 あんな出来事誰にも話せないし、信じてもらえない。そもそもが自分自身が信じることができない超常の現象が起きたのだ。

 なかったことにして日常を送るしかない。

 そう思って荼毘の笑顔を見ていると引きつって見えた。


「三蔵……」

「ああ、わかった」


 向日葵に急かされて立ち上がる。

 とりあえず、向日葵に事情を説明しなくてはならない。僕の知っている限りのことを。   

 そして、向日葵の知っている限りのことを。

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