第15話 登校
まだまだクウに聞きたいことがあった僕ではあったが、登校時間が来てしまったので切り上げて家を出た。
非日常的な現象が起きていたとしても日常の時間は止まってくれない。
どんな日だって僕は学生として学校に行かなければならない。
異世界人が僕を尋ねてやってきたことは学校を休む言い訳にはならない。というか、休みたかったがなんて事情を説明すればいいのかわからなかった。
「サボればよかったのに……」
なんて、朝の空を見上げて呟いても、誰も同意なんてしてくれない。
異常事態が起きているのだから、そちらに集中して学校何て行かなければいいのに。どうせ僕がいようがいまいが、学校側もクラスメイト達も、困りはしないのに。
「いや、向日葵が、いたな……」
困る人の顔が思い浮かんでしまった。
昨夜の騒動の後、彼女とはろくに話すこともなく別れてしまっていた。彼女は気になることが多くて眠れない夜を過ごしただろう。クウが起こした殺戮もそうだが、僕が彼女を助けようとしたことで彼女は僕に、多分一番僕に見られたくなかった姿を見せてしまった。
そのことで心を痛めているに違いない。
どうしたものか……。
なんてことを考えていると前の方からフラフラと左右に揺れる自転車がやって来る。
高齢の女性が乗っている。
久しぶりに乗るのか、それしか移動の手段がないのか。スピードも出ておらず、バランスがとれておらず、非常に危なっかしい。
もう少ししたら「大丈夫ですか?」と声だけはかけておこう。そう思った。
危なっかしい運転だが、あの人だってしたくてあんな運転をしているわけではない。寄る年波には勝てずに体は衰えて、前できたことができなくなるし、できなくなったことだとしても、やらなければいけないということは、何かしらの事情があるのだ。
できれば自転車に乗ることをやめさせてあげたいが、その後に関しては僕は責任を持てない。多分、あの人は手助けを求めているのだろうが、僕は一回だけなら手を差し伸べることはできるが、差し伸べ続けることはできない。
僕の身体は一つで、冷たい言い方だが、僕には僕の生活がある。あの見ず知らずの他人を助け続けることは不可能だ。
だから……、
「大丈夫ですか?」
「え? えぇ~……ご親切にどうもぉ~」
すれ違いざまに、自転車のおばあちゃんに声をかける。
ただのそれだけの行動。
だけど、おばあちゃんは嬉しそうに笑って一礼する。
「お気をつけて~」
「はぁ~い」
互いに手を振り、そのまますれ違い距離を開けていく。
一日一善ともいえない行為だが、これだけで何だが気持ちが温かくなった。
「あんなことがあったのに……普通だ」
僕は普通だ。
普通に日常を送ろうとしているし、送れている。
アニメや漫画のような出来事が実際に現実で起きてしまったら、僕はパニックになって何もできなくなるだろうと思っていたが、全然そんなことはなかった。努めて日常を送ろうと意識している面は確かにあるが、できてしまっている。決して、心の整理がつかずに普段通りの日常を送るなんてことができないなんてことはない。
何だかまるで、殺人犯が何事もなかったかのように日常を送っているような気分に陥ってきた。
僕は後ろめたいことは何もないのに———。
あるとすれば———。
ガシャンッ!
「え———?」
大きな音がして振り返ると、先ほどすれ違ったおばあちゃんが道路の上に倒れていた。
やっぱりバランスを崩してしまったのだ———。
そこにタイミング悪く———トラックが。
「危ない———!」
気が付いたら飛び出していた。
そして、信じられないことが起こった。
刹那。その一瞬とも呼ぶことができない一瞬で僕はおばあちゃんの元へと辿り着き、トラックの車線上からおばあちゃんをどかした。
肩を掴んで押しのけた。
なるべくおばあちゃんの身体に負担にならないように。そして確実に助けられるようにと思っての行動だった。
その行動には一点だけ問題があった。
迫るトラックの軌道上にいたおばあちゃんの肩を掴んで横にどかしたのだ。
僕の身体はそのトラックの軌道上に入ることになる。
ドォンッ‼ と大きな音が響いた。
その衝撃音と共に———トラックが止まった。
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