さんめーとるの


 仮想空間というものがある。

 ある、といっても美緒は美鈴からそう聞かされていて、実際に何度もその仮想空間にお邪魔しているから「そうなんだー」と深く考えていなかったのだが、実際は高度な魔術構成によって生み出されているらしい。魔術が一切使えない美緒からするとその難しさを想像するのすら大変なのだが、そう思わせない一端の一つに美鈴が事もなげに仮想空間の教室で本を読んでいるからだろう。

 現実世界と別の世界――いわば異世界とはまた違う、世界の隙間に魔術を用いて作り出したのが仮想空間と呼ばれる場所だ。

 その仮想空間を作った美鈴の許可無くして他の人が入る手段は存在しないといっていい。美緒だけは特別に許可を得ているため出入りが自由というだけで、いざとなったら美鈴と魔術的な婚約関係つながりがある美緒ですらこの世界から追い出すこともできる。

 どういうわけかこの仮想空間はいつも夕焼けに近い空の色をしており、教室から外を見ると実に見事に空が焼けている。静寂な教室内でペラリと捲る頁の音が耳に心地よく、その少女が本を読んでいる姿はずっと見ていても決して飽きないという自信があった。あまり眺めていると本を読むのを止めて顔を紅くするのであまり長く見つめることもないのだが。

 居心地の良い空間とはいえ実際に時間は流れている。あまりここにいる訳にもいかないので仮想空間を出る――美鈴が『教室を出ると外に出るように設定している』ので、ふたりで仮想空間を出たところだった。

 変な気配がする。

 現実の世界に戻ると、そこは屋上出入り口の階段前だった。それはいつも通りだが、美緒は何か胸騒ぎがしてそれとなく警戒心を高める。何が、という具体的な理由はないが「なんとなくいやな気がする」という勘だけのものだ。

 先に行かないよう美鈴を左手で制止しながら、美緒は足音を立てずに階段を降りていく。荒事は慣れないが、美鈴を守るのは自分の役目だと自覚しているからこそいざとなったら覚悟を決める。

 階段を降りて校舎五階の廊下をそっと覗き込む。

 廊下のそこそこ先、間には誰もいない教室――家庭科室や理科室などが並んでいる――の先に、妙なかぶり物をした人間がいる。頭は逆のハート型を模した、いわゆるスペードのエースと同じ形をしており、腕はやたらと細く、上半身は妙に潰れたように『狭く』、腰からは足下まで隠すスカートを穿いている。特筆すべきはその大きさで、特にエース型の頭が大きく天井を貫いているようだ。

 しかしそれよりも何よりも美緒と美鈴が驚いたのは、顔のサイズからすると異様に巨大な両目が赤く光っていることだろう。その双眸がふたりに向けられ、両手を前でばたばたさせながら足もろくに動かさずに割と凄い速度で走ってきた。

「出たぁー!」

 美緒は咄嗟に美鈴を抱え、反対方向の廊下へと駆け出していく。

「なんか変なのがいたー!」

「わあぁぁ、み、美緒、頭がすっごい揺れて、わぁ、何あの口! わあぁ!」

「微妙に気になること言わないでー! 振り返りたくなっちゃうからぁー! ていうか口あるのアレ!」

「く、口っていうかぱくぱくっていうか、なんかそういうのです……!」

「うわあああ余計に気になる!」

 屋上へ続く階段とは違う廊下突き当たりにある非常階段の扉を開いて駆け下りようとした時だった。美緒の足下がやたら柔らかい感触となり膝から崩れそうになるのをなんとか踏ん張って耐える。

「なにこれ、なに!」

「仮初めの色を脱ぎ捨て自らを取り戻せ!」

 普段とは全然違う凛とした声で美鈴が魔術を発動させる。踏むと沈み込む柔らかい廊下が元の硬さに戻り、これならと美緒はさらに走り出していく。

「ありがと美鈴! とりあえず逃げよう! なんかアレ顔が怖い」

 階段を跳ぶように降りていく。美鈴の魔力によって肉体が強化された美緒にとっては屋上から飛び降りたところでなんともないのだが、抱えている美鈴への負担は無視できない。その為美緒なりに急ぎつつも慎重に降りていくのだ。それでも一足飛びでほぼ階段の折り返しに着地しているのもあり速度は相当なものだが。

「は、はい、不明な生物へ迂闊に触れるのは危険だって本に書いてありました」

「虫か何かかなぁアレ!」

「えっと、よくわからないんです。なんか不思議な魔力を感じるのですが……」

「美鈴にも分からない謎生命体だった!」

 通常の生き物ではない、ということだけは確定しているようで、ますます近寄りがたくなったなぁと呟きながら、美緒はあることを思い出す。

「あ、鞄とか教室に置きっぱなしだ」

「取りに行かなくちゃですね」

「アレがいる中でかー……」

 三階まで降りたところで廊下に出ると、なぜか待ち構えていたように真横で謎の生命体と目が合った。

「うわ――――っ!」

「わぁ――――っ!」

 思わず美緒が叫び、その声に驚いて美鈴が悲鳴を上げる。

「ま、待ってくださいホ! ストップ、そこでストップ! ああ、一目散に階段に戻らないで! ワタシ怖くないヨ?」

「本当に怖くないやつはそんなこと言わない!」

「他に何を言えと!」

「そうだけどさ!」

「美緒、本当にストップ、ストップです!」

「へ?」

 抱えた美鈴を落とさないようにブレーキをかける。

「何か分かったの?」

「いえ、あの、まだよくわからないんですが……妖怪……ううん、モンスターの方だと思うので」

「モンスターの方」

 どっちも同じでは? と疑問に思うものの、何か意味があるのだろうと美緒は疑問を飲み込んだ。

「三角頭の方、その、御用があるのでは?」

「ある、あります! はい!」

 ビシッと右手らしきものを上に向ける。まるで着ぐるみのように不器用な動作がより一層不気味さを引き立てていた。

「こ、こわ、こわぁっ」

「フートゥ、コワクナイヨ?」

「怖い人が言うやつだ!」

「がーん」

 トゥウィトゥウィと鳴いている謎生物に、美鈴が質問を投げる。

「あの、用件とは……?」

「ホ……あー、そうそう。ワタシ、帰れないのです」

「どこに?」

「故郷。遠い故郷に」

「地獄とかそういう……」

「違います普通の場所。故郷です」

「そんな怖い姿をした人のいる土地なんてあるのかなぁ」

「こ、コレだって本来の姿じゃありません!」

 美鈴がゆっくりと謎の生命体を下から上まで観察してから、どういうこととばかりに小首を傾げる。

(うーん、美鈴はあんまりビビってないみたい)

 本当に危険な妖怪ならば――美鈴曰くモンスターならばもっと警戒しているだろうと、美緒もある意味開き直ることにした。魔術を使って常に周囲を警戒している美鈴がそうなのだから、そういうものに頼れない自分がいくら警戒したところであまり意味は無い。

 とはいえ、やはり見た目は怖いが。

「実は……アメリカ育ちなんですが……」

「アメリカ育ち? え? アメリカ?」

「ウェストバージニア州出身です」

「ウェスト……え、なんて?」

「魔力だけは有り余ってるので飛んで来ました。人間じゃないから不法侵入じゃありません!」

「た、たしかにそうですね……!」

「納得するんだ!」

「納得ありがとうございまッフーゥ!」

「なぜだろう、急激にウザくなってきた気がする」

 素直な感想を述べると、そのモンスターはビクっと跳ねて数歩下がっていく。

「えっと、とりあえず人払いの魔術を使います。――これで誰もこの階段には来ないと思います」

 それを聞いたモンスターが両手を腰に当てて胸を張って魔力を解き放ち威圧してくる。よく分からない生き物でも妖怪の類であるのなら膨大な魔力を有している可能性は高いのだが、思ったよりも密度の高い魔力のようで、両目を光らせながらズンと一歩踏み込んでくる。

「ホッホッホーゥ、つまりこの密室はワタシの独壇場」

「あの、一応私の名前は土御門と言いまして」

「ウギャァァァつちみかどーゥ! ソーリィナマいっちゃってごめんなさいスミマセン!」

 頭がふたりにぶつからぬよう数歩後ろに下がって秒で土下座をするモンスター。

「日本に来たのは観光旅行気分だったんです! ですがアンハッピーホーゥ! なんか日本から出られなくなっちゃったッフーゥ!」

「その喋り方なんとかなんないかなぁ」

「ふふ、魔術の使えないほうなら怖くない! そんなのに従う義理もニンジョーもないホ!」

「あ、紹介が遅れましたね。こちらの美緒は私の『魔力共有者結婚相手』です」

「本当にごめんなさいマジで調子乗ってましたすみません」

 まさかこの短時間で二度もモンスターの土下座を見ることになるとは思わず、美緒は少しだけ頭が痛くなってきた気がした。

「なぜか日本から出られないので故郷に戻ることもできません。どうかこの哀れな子羊に恵みを、光を、幸運を与えてくださりませんか。ついでにお金も」

「がめつい!」

「ドル換算でお願いします」

「こまかい!」

 そんなこと言われても、とぶつくさ呟いているそのモンスターに美鈴が「あの」と声を掛けた。

「お金の都合はつきませんが、協力はできると思います」

「本当ですか! さすが日本の魔術師の方! そういうことならこんな階段ではなく別の場所へ移動しましょうッホー!」

 と、美緒の背中に回ってそっと押してくる。

「ちょっ」

「ささ、いきましょいきましょ」

 ん、と美緒はどことなく違和感を覚える。

 廊下へと続く扉へ一歩進むと、ふと足下に何かが漂っている気がした。なんだろうかと目をこらそうとするも、背後のモンスターが急かすので反対側の足を前へと進ませる。

 するとさらに目の前が霞むような――これはなんだ? と疑問に思いながらも三歩目を踏む。鼻を突く刺激臭が集中を途切れさせる。――何の集中をしていたんだっけ? という問いは自分に投げたものか。美緒はさらに四歩目を踏み出したところで、はっとして顔を上げた。

 刺激臭が酷い。その匂いが鼻から入ると、まるで陶酔するかのように意識が混濁していく。足下がおぼつかない。それでも立っているのは意地か、それとも自分の中にある誰のものともしれない意志か。

 とにかく視力だけは戻すべく、彼女は体内の魔力を両目に集中させる。魔術を使うことはできなくとも魔力の操作は可能だ。それにより通常の人間ではできないような身体能力を手に入れることができる。またちょっとした毒や呪いも跳ね返せると美鈴が語っていたのを思い出し――

「――呪い、!」

 魔力操作によって意識を取り戻すと同時に視界が広がる。

「ここは……?」

 鬱蒼とした森の中に、美緒は迷い込んでいるみたいだ。背が高く全体が霧に覆われている。刺激臭は森全体というよりも、この霧そのものがそうらしく、美緒は顔を顰めながらも警戒心を高めて周囲を見回す。

「私はモンスター。森の中の梟を語る時、人々が口にするのはその噂。梟一羽を良いことに、世界の人が語り出す」

「さっきのモンスター!」

 霧の奥からぬぅっと出てくる三メートルぐらいの巨体。とはいえその面積の三分の一はそのスペードのエース型をした頭だが、その中央下に並ぶ二つの紅い目が美緒を見下ろしている。

「あの土御門家の娘はどうしようもないが、その婿ならば、まぁ、普通の人間だから、あのモノの言う通り封じるなりなんなりできるでショウ」

 キリキリキリ、という金属の軋む音が胴体部分から弾けるように耳に入ってくる。紅い両目はまるで燃えているように揺らめいていて、さらに異臭が美緒の顔を強く顰めさせた。

「大丈夫、土御門の娘は何もしないです。何もできないです。けれどあなたは別ですねぇ。あなたは普通の人間だから」

「……だから?」

「ワタシが故郷へ帰るため、シんでください?」

「ちょっと待った!」

「え?」

「これ、幻覚でしょ。美鈴はすぐそこにいる。違う?」

「……仮想空間を生成するのはモンスターでも難しい。神獣ならまだしも、ワタシはただのモンスター。あなたの言うとおり幻覚ですが、しかしただの人間がそれを知ったところで」

「なら問題ないかー」

「……え?」

「美鈴がそこにいるなら、まず負けないからね」

「……え? へ?」


 そのモンスターは籠山美緒という少女というよりも、彼女が土御門美鈴の結婚相手であるという意味を深く理解していなかった。

 美鈴と美緒は魔術的な繋がりがある。目に見えるものではないが、美緒は美鈴と繋がることで体内の魔力を爆発的に増やし、そして操作を可能とする。魔力は肉体の限界値を、それこそ上限を感じさせないぐらいに底上げする時もある。

 問題は、どうして結婚相手である美緒がそうしなければならいのか、ということだ。そのモンスターはそこに考えが至らなかった。

 彼女の力は目の前のモンスターのような存在から美鈴を守る為にある。つまり、いくら海外の強力なモンスターといえど――

「反省した?」

 すぐ傍に守るべき者がいる美緒相手に、そうそう勝てる筈も無かったのだ。

「なん、で……触れたらそこからようにしてた、のにぃ……」

 頭から地面にめり込んでいるモンスターの問いに、美緒はにっと笑って。

「魔力を手に集中させるとね、大概の攻撃は弾けるみたい。それにさ、今の私達が追ってる妖怪はあんたより遙かに強いからね。この程度で負けるわけにはいかないよ」

「ひぃっ……!」

 恐怖に彩られた声がすると同時に、その景色が消えて学校の廊下が広がる。

「あれ、景色が戻った」

「美緒!」

 そんな彼女に思い切り抱き着いてくる少女がいて、あまりの不意打ちに頭が混乱する。

「み、美鈴、ちょ、落ち着いて!」

「……え、あっ、ご、ごめんなさい」

 顔を真っ赤にして離れる美鈴に、美緒も顔を赤くしてしまう。

「それよりこいつ!」

「え、ええ、いきなり美緒の姿が消えたというか、まるでそこまで塗り潰されたかのような感じでしたから、たぶん仮想空間の魔術ではないと思ってましたが……ああ、そういうモンスターだったのですね」

 美鈴が何事か呟く。魔術の類だろうと察しをつけて見守っていると、三メートルのモンスターの全身が泡に包まれた。

「まるで気泡のように淡い存在。まだ日の浅い妖怪なのですね。近年の噂に釣られて魔力を持つ動物が変異したものかと」

「ええ、そんなことあるの?」

「人の声は言霊になります。言霊は魔術師にとって大切な意味であり技術ですから。魔術師ではない人の口だとしても、それが沢山の人から語られれば魔力を持つ対象がその意味を成したとしても不思議ではありません」

「はえー……」

「美緒を危険な目に遭わせた罰です、魔術で強制的に今回の意図を語らせましょう」

(あ、本気の美鈴だ)

 本気で怒っている美鈴は結構怖いことを知っている美緒は、いくら襲ってきたモンスターといえどちょっとだけ同情する。

「語れ、モンスター」

 たったその一言だが、それでも言葉によって魔術が形成され、三メートルのモンスターは語り出した。


 曰く。

 それは日本に渡ってきたメンフクロウの妖怪である。

 日本へ来た理由に深い意味は無い。ただ、この地には自分の故郷より強い魔力があり、一度ぐらいそれを喰らおうと思ってきただけに過ぎない。

 しかし思い返せばそれすらも罠だったのだろうか。日本へ来たその妖怪は、いざ帰ろうとしても日本の地へ封じられてしまい海を渡れなくなってしまった。元々『土地に根付いたモンスター』として故郷に戻れないというのは存在意義を問われる程の大事、遠く海を隔てた日本に居続けるのは消滅する畏れすらあった。

 そこへ語りかけてきた日本の妖怪がいる。その妖怪はある人物の関係者を消してしまえば故郷へ帰してやろうということだった。

 ――その関係者というのが。


「美鈴の、ううん、土御門家の関係者ってこと? だから私が狙われたんだ」

 自分で言っておいてから、美緒ははたとあることに気付いて美鈴から目をそらしながら呟く。

「……ん、まぁ、その、なんといいますか、け、結婚してるもんね」

「は、はい、関係者としてはこれ以上ないぐらいに関係者っていいますか……その……」

「わぁ、モンスターの前で惚気っすかぁ」

「の、惚気てなんか……!」

 美鈴の魔術で体内の魔力操作を封じられ、身動き一つできずに転がっているモンスターがやれやれとばかりに目の光を点滅させる。

「あなたにそういった妖怪は何という名前ですか?」

「日本の妖怪は詳しくないデースッフゥ。妙な魔力の波長だったから有名なモンスターかと思いますよ?」

「……」

 何事か考え込む美鈴に、美緒は「とりあえずさ」と声を掛ける。

「故郷に帰れれば襲ってこないんでしょ。ねぇ、なんとかなるかな?」

「あ、はい、呪いの概念に似たものっぽいですし、試してみます」

「と、解けるのですか! 帰れるのですか我がステイツに!」

「ステイツはあんたのもんじゃないでしょ」

「ハハハ、生まれのせいでついネ」

「つい……?」

 本当かと問い詰めたいところをぐっと抑えて、美緒はちらりと美鈴に視線を向ける。美鈴は一つ頷いてからぴんと五本指を立てた右手を前に出す。それだけの動作でそのモンスターは緊張したのか、または警戒したのかもしれない、戯けた様子の口調を止めて赤い両目を美鈴に向ける。

「美緒にしたことは許せませんが、二度としないのであれば土御門の名にかけてその魔術を解除します。いいですね」

「――オッケー、フラッドウッズの地名にかけて、その誓いを守りましょう」

「分かりました。はい解除。もう動けます」

「は?」

 そのモンスターが間抜けな声を挙げてから、すかさず自分の身体を見下ろす。何かを確かめるように両腕をぐるんぐるんと回して、さらには準備体操よろしく動体をもぐるりと回すと、そこでようやく納得したようにポンと自分の手を叩いた。

「解除されてるー!」

「はい、まぁ、喋っている間に解析・解読を進めていましたので……」

「ええええ、並列処理エグイ……モンスターに気付かれないようにとか……」

「では、国に帰ってください」

「あー、もうちょっと日本を観光……」

「帰ってください」

(やっぱり美鈴の圧がすごい)

 表面上ではそうと見せていないものの、内心では相当怒っているようだ。有無を言わさず目の前のモンスターを帰らせようとしている。

「わ、わわ、わかりました。それでは――」

 ボン、とその動体が煙を上げて消滅する。

「え、、なにが!」

 散り散りになった煙が逆再生をするかのように一つ所に集まっていく。何事かと構えた美緒だったが、一方で美鈴は特に身構える様子を見せていなかったため美緒もまた心の緊張を少しだけ解した。

「それでは、今回はありがとうセンキュゥ!」

「フクロウ!」

 頭が白い大柄なフクロウが羽を広げて飛び立つと、そのまま何も無いかのように壁をすり抜けて空の彼方へと去って行く。ぽかんと口を開いている美緒の視界へ入るように美鈴は一歩前へ出て、落ちていた鞄を拾い上げた。

「さ、帰りましょう」

「いや、あれ、なに?」

「幽霊の正体みたり枯れ尾花といったところでしょうか」

「正体?」

「噂話が大きくなると、時にああした妖怪が生まれるんです。言葉の力には誰しも魔力を乗せることができるというのを、かつておじいさまが教えてくれました」

 ああ、と納得して、美緒は再び空を見る。

 すごい速度で去って行ったメンフクロウの姿はとっくに空の彼方へと溶け去っており、鳥にしては速すぎるなぁとぼやく。

「ふふ、妖怪ですから」

 そっか、と続けてぼやいて、美緒は彼女に向き直って「帰ろっか」と告げたのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

この世界にふたりだけ【S】 平乃ひら @hiranohira

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ