第3話 模擬戦

「単刀直入に言うと、あんたと手合わせしたいんだよ」


サランはそう言うとニヤリと笑う。オレは彼女の意図が理解出来ず困惑したものの──断る理由もなかったので承諾する事にした。


「……分かった」


オレが答えると彼女は嬉しそうに微笑んだ後で言う。「よし、それじゃあ場所を変えようか」そう言って歩き出す彼女について行くと、辿り着いた先は人気の無い空き地だった──周囲には木々が生い茂っており見通しが悪い場所だ。それでもサランはまったく気にした様子もなく進んでいくと、ある程度のところで立ち止まり振り返った後で言った。「さて、ここなら思う存分戦えるだろ?」


「……そうだな」


周囲を見渡しながらオレは答えた──確かにここなら邪魔が入る心配もないし、戦うにはうってつけの場所だろう。だが問題は誰が戦うのかという点だ──オレが尋ねる前にサランが口を開いた。


「もちろんあたしがやるよ……それが一番手っ取り早いからね」


そう言ってオレの方をじっと見ている。どうやらオレに譲る気は無いらしい。


(仕方ないか……)


そう考えたオレは剣を抜くと構えを取った──それを見たサランは満足そうに微笑むと言った。「それじゃ、始めようか」


その言葉と同時に彼女は一気に間合いを詰めてきた──速い! そう思った時には既に目の前に迫っていて、繰り出された拳を咄嗟にガードする。手に痺れるような衝撃が走ると同時に身体が吹き飛ばされそうになったが何とか踏ん張った──体勢を立て直すと反撃に転じようと試みたが、それよりも先に更なる一撃が襲ってきたのだ。


「ほら、休んでる暇はないよっ!」


そう言いながら繰り出してきた蹴りを辛うじて避ける──だが完全に避けきる事は出来なかったらしく、脇腹に鈍い痛みが走ると同時に鮮血が飛び散るのが見えた。


(このっ)


心の中で悪態をつくと反撃に転じるため一歩踏み出す──だがその瞬間にはサランの姿は既にそこには無かった。慌てて周囲を見回すがどこにも見当たらない……。


(どこに消えたんだ?)そう思った次の瞬間だった──突然目の前に現れたかと思うと同時に鋭い蹴りが飛んで来た。咄嵯にガードしたものの、衝撃までは殺しきれずに大きく後ろに吹き飛ばされてしまう。何とか受け身を取って態勢を立て直そうとしたものの、それを許すまいとサランが追撃を仕掛けてくる──それを防ぎつつ反撃の機会を窺うものの、彼女の動きは非常に素早く捉えきれない。


「ほらほら! そんなんじゃいつまで経ってもあたしには勝てないよ!」


そう言いながら次々と攻撃を繰り出してくる彼女に対して必死に応戦するが、全くと言っていいほど歯が立たない……このままではいずれ力尽きてしまうだろう。


(くそっ! このままじゃ埒があかない)


オレは心の中で毒づくと覚悟を決めた──このままでは勝てないならいっその事、賭けに出るしかないだろう。そう考えたオレはあえて守りを捨てて攻勢に転じる事にする……その途端にサランの動きが止まった。どうやらオレの意図に気付いたらしく警戒しているようだ。


「へぇ……そういうつもりかい」


ニヤリと笑みを浮かべる彼女に対して頷くと、オレは一気に間合いを詰めて攻撃を仕掛ける──もちろんそれは罠なのだが、彼女は敢えて乗ってきたようで、こちらの攻撃を躱すと同時に反撃してくる。だがそれを予測していたオレは冷静に対処して受け流しカウンターを繰り出した──ところがそれも避けられてしまう……さすがだ。


その後も何度か攻撃を仕掛けたものの、結果は同じだった──サランは巧みな動きでオレの攻撃を避けつつ、隙を見ては鋭い一撃を放ってくるのだ。このままではジリ貧になる事は目に見えていた。


(どうする……?)


オレが考えながら距離を取ろうと後退すると、彼女はすかさず距離を詰めようと駆け出した──だがその瞬間、オレはある事に気付く。


(ここだ!)


心の中で叫ぶと同時に手に持っていた剣を投げ付けたのだ。突然の攻撃に驚いた様子だったものの彼女は難なく回避する──だがそれこそが狙いだった。オレの目的は彼女の動きを止める事だったのだから。


「ちっ!」


舌打ちをするサラン目掛けて一気に距離を詰めると、渾身の力を込めて拳を突き出す──だがそれすらも読まれていたのか、あっさりと躱されてしまう。そのまま反撃が来る前に飛び退いた後で距離を取ると、態勢を立て直して再び構えを取った──今度はこちらから仕掛けるつもりだ。


(行くぞ!)


心の中で気合いを入れると一気に間合いを詰めて攻撃に転じる──だがそれも読まれていたらしく、あっさりと躱されてしまう……やはりそう簡単にはいかないようだ。それならばと今度は連続で攻撃を繰り出すが、その全てを避けられたり捌かれてしまう始末だ……完全にこちらの動きを見切られているらしい。


(それなら……!)


オレは覚悟を決めるとサランに向かって突進していった──そして渾身の一撃を繰り出す……が、それもまた避けられてしまった。だがそれは想定済みだ。何故なら初めから当てるつもりなど無かったのだから──。


「なにっ!?」


次の瞬間、オレの放った一撃はサランの身体を捉えていた──彼女の背後にある木に深々と刺さっている光景を見てオレは勝利を確信した。どうやらこれが狙いだったらしい……いくら彼女でも背後からの攻撃を躱すことは出来なかったようだ。


「やるじゃないか」と悔しそうな声を上げるサランに対して、オレはニヤリと笑みを浮かべて言った。「悪いな……オレの目的は最初からあんたを倒すことじゃなかったんだよ」と、そこまで言うとサランがハッとした様子で言う。


「そういう事かい……あたしにわざと攻撃をさせる為にワザと隙を作ったってわけかい?」


どうやらオレの目論見に気付いたらしい──その表情からは怒りの感情が消えているように見えた。


「ああ、その通りだよ」


オレは素直に認める事にした。ここまできたら下手に隠し事をするだけ無駄だと判断したのだ──すると彼女は小さく溜め息をつくと言った。「まったく、あんたって奴は……本当に食えない男だよ」


呆れたような口調で言う彼女に対して肩を竦めてみせると、オレは改めて尋ねる事にした──サランはどうしてオレと戦いたかったのか? オレがそう尋ねると彼女は答えた。「言っただろ? あんたと戦ってみたかったんだよ……ただそれだけさ」


どうやらそれ以上語るつもりはないらしい──だがそれはつまり、彼女にとっても予想外の出来事だったという事なのだろうか? だとするとますます分からない事が増えてしまった事になるのだが……まあ良い、とりあえず今は深く考えるのは止めておこう。それよりも気になるのは──彼女がオレに対してそこまで興味を抱いている理由だ。


「どうしてオレに興味を持ったんだ?」


オレが尋ねるとサランは少し考えてから答えた。「さあね……強いて言うならあんたが面白そうだって思ったからさ」


それだけ言うと踵を返して立ち去ろうとする彼女を呼び止めると、オレは言った。「……もし良かったら今度一緒に依頼を受けないか? あんたと一緒なら心強いし楽しいと思うんだが……」


オレの誘いに対して彼女は少し考える素振りを見せた後で言った。「そうだね……考えておくよ」とだけ言い残して去っていったのだった──その後ろ姿を見送った後でオレはホッと胸を撫で下ろすと、仲間たちの元へ戻ることにした。「……という事があったんだ」


オレが一通りの説明を終えると、エルナ達は感心した様子で頷いた。


「なるほどな……それにしても凄いじゃないか!」エルナが興奮した様子で言うと、続けてシーナが言った。「まさかサランさんを説得するなんて思いませんでした!」


「まあね」と、オレは得意げな表情を浮かべながら答えた。すると今度はアイリが感心したように呟く。


「それにしても流石ですね……あのサランさんを説得するなんて」そう言って目をキラキラさせている彼女に対して苦笑しつつ言った。「褒めてくれるのは嬉しいけど、あれは説得っていうよりも脅しに近いからな……」オレがそう言うとシーナが苦笑いを浮かべながら言った。「確かにそうですね……」


そんな他愛もない話をしながら帰路についた──そして翌日からオレ達は再び冒険者としての活動を始めたのだが、その数日後に意外な出会いがあった──。

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