第2話 指名依頼

「あ、おかえりなさい!」

依頼を終えてラミナと共にギルドに戻ると、受付のお姉さんが出迎えてくれた。

この一ヶ月近く毎日通っていたせいか、すっかり顔馴染みになってしまったな……と思う。

ちなみに今日はオレが冒険者として活動を再開してから初めての帰還だ。

(サランは……まだ帰ってきてないみたいだな)

そんな事を考えつつもオレはカウンターへと向かうと、いつものように報告を始めようとする──

「あの、ユークさん!」

しかしそこでお姉さんが慌てた様子で声を掛けてきた。

その表情は真剣で、何か大事な話があるのだと一目で分かった。

「どうしたんだ?」

オレがそう尋ねると、彼女は少し悩んだ後にこう切り出した。

「実は……ユークさんに指名依頼が来ています」

「……オレに?」思わず聞き返してしまったが、それは無理もないだろう。

何しろオレはランク5の新人なのだ。

そんなオレに指名依頼が来る事なんて滅多にない。

それがランク6のサランならともかく、だ。

(いや……もしかしたらサラン絡みか?)

オレとサランがパーティを組んでいると知っている人からの依頼なのかもしれない。

しかしそれならば話は早い。

オレは依頼を断るだけだ。

何しろオレはもう冒険者を続ける気はないのだから──だが、次にお姉さんの発した言葉はオレの予想を大きく上回るものだった。

「はい! ユークさんに指名依頼が来ています!」

「え……?」

一瞬、何を言っているのか分からなかった。

だがオレの思考はすぐに再起動し、一つの結論を導き出す。

(まさか……サランか?)

彼女もまたランク6の冒険者であり、このギルドではトップクラスの実力を誇る実力者だ。

そんな彼女の知名度はかなり高く──指名依頼が来る事も珍しくないらしい。

そして彼女はそんな依頼を受けた後はしばらくは姿を見せない事があるという。

(もしかして……オレにランクアップしろと勧めるつもりか?)

いや、それは考えすぎか。

ランク6のサランならオレよりレベルが上のダンジョンに潜る事も可能だ。

オレがサランに対して劣等感を抱いている事を知っていて、その上で追い抜いてみろと発破をかけるつもりなのだろう。

(まあでも……とりあえず話を聞いてみるか)

オレはそう思い直してお姉さんの話に意識を向けるのだった。

「それで……依頼主はどこなんだ?」

「はい、それがですね……」そこで彼女は言い淀む。「実は依頼主の名前は非公開になっているんです」

「……は?」

思わぬ返答にオレは間の抜けた声を上げてしまう。「どういう事だ? 匿名の依頼なのか?」

依頼の報酬や依頼内容については秘密にされる事もあるが、それでも名乗るくらいはするだろう。

それともよほど用心深いのか? いや、もしくは危険を伴うような依頼なのかもしれないな……。

(でもそれならわざわざオレに指名なんてする必要ないよな?)

そんな疑問を感じていると、お姉さんが慌てた様子で口を開く。

「いえ、それが……依頼主の方からは『ユークというランク5の冒険者に指名依頼を出したい』とだけ伺っているんです」

「……オレだけ?」

(ますます怪しいな……)

そもそも何故わざわざ匿名の依頼にしたのか分からないし、何よりサランではなくオレ個人を指名した理由がある筈だ。

だがその理由が思い当たらない。

強いて言うならオレがレベル1の時にサランと共にダンジョン探索をした事くらいだが、それならラミナ達に指名依頼を出す筈だ。

(駄目だ……さっぱり分からん)

結局、いくら考えても答えは出ないままだった。

「それでその依頼、どうする?」オレはラミナに尋ねる。

正直言って怪しい匂いしかしないが、だからと言って断ってしまうと相手に対して不義理を働く事になってしまう。

(まあサランも匿名の依頼を受ける事もあるみたいだしな……)

とりあえず一度受けるだけ受けてみればいいだろう。

もしも危険だと判断したらすぐに断ればいいのだ──そんな気持ちでオレは答えた。

「いいんじゃないか? ランク5なら大抵の依頼は受けられるんだし」

ラミナはそう言いながら、受付のお姉さんに視線を向ける。

依頼の手続きをしてほしいという意図だろう。

(まあ確かに……そうだな)

彼女はサランと違い、きちんと依頼内容や条件などを確認した上で受けてくれるから安心できるのだ。

(それなら大丈夫かな)そう思ったオレはラミナの意見に同意する事にした。「そうだな、とりあえず受けてみようか」「ありがとうございます!」お姉さんは嬉しそうな表情を浮かべた。

「それじゃあ詳しい内容を教えてもらえるかな?」

オレがそう尋ねると、彼女は一枚の紙を取り出してこちらに差し出してきた。

「え~っとですね……依頼主は『白獅子』のようです」

「……なんだって?」一瞬、彼女が何を言っているのか分からなかったが──すぐに理解すると驚愕に目を見開く事になった。

(まさかサランの事か?)

いや、あり得ないだろう。この一ヶ月近くの間、サランとは会っていないのだから。

だが彼女が指名依頼を出す理由も思い当たらないし──「白獅子」という単語がサランを指すのは、もはや周知の事実だった。

(どういう事だ……?)

まさか彼女本人がオレの様子を見るために依頼を出したのだろうか? いや、いくらなんでもそんな事はしないだろう。それこそサランらしくない行動である。

ならば何故わざわざ匿名なのか──全く理由が思いつかないが、それでも依頼を受けると決めた以上は断る事など出来ないだろう。

それにもしも本当にサラン本人からの依頼であれば、断る理由は何もないのだ。

オレは覚悟を決めると、受付のお姉さんに向かって口を開いた。「分かったよ、その依頼引き受ける」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る