魔法使いの一生

明久

第1話 ギルド追放

ギルド追放後に受けた依頼も、全部成功させてる。

【ブルースカイ】の知名度は確実に上がったし、順調に名声を積み上げている。

それに比べてオレは────いや、今は考えないでおこう。

「それで、どうなんだよ?」

「んー……やっぱまだ微妙かなあ」

「そっか」

少し残念そうに頷くラミナだが、それもその筈だろう。

この一ヶ月の間、オレは冒険者活動はほぼ休止していたからだ。

というのも、やはり『黒虎』の一件で受けたダメージが大きく、療養していたせいだ。

ラミナ達パーティメンバーには事情を説明しており、その期間の稼ぎは全てラミナに渡してある。

そのためラミナはオレが冒険者を続ける事に肯定的だが、やはり同じ職業である以上気になるのだろう。

「でもギルドを追放された時と比べるとずいぶん良くなったよな」

「だな」

オレもそれは実感していた。

オレは元々ステータスが低く、装備がしょぼかった事もあって、冒険者としての評価はかなり低かった。

特に装備は、革の胸当てや小型の盾など、モンスターの攻撃を受け止めるには不向きな装備だ。

そのため同程度の実力の相手と対等に戦うためにはステータスで圧倒するしかなく、オレは格下相手の依頼ばかりを受けていたため、それも評価に関わってきてしまう。

同じ武器を使っていても剣聖になったサランとは雲泥の差があったのだ。

だがオレもレベルが上がり、ステータスも上がり、装備も更新したため、以前よりは大分マシな状態になった。

ラミナが「良い」と評価してくれたのはそのせいだろう。

サランには及ばないものの、【ブルースカイ】でも上位の実力を身に付けた。

だが──それでも足りないものがある。

オレ達のメンバーはまだレベルが5だ。

そんな低レベル帯では受けられる依頼は限られており、どうしても報酬は少ないものになる。

それは全員平等に分配するため仕方がないのだが、そうなるとどうしてもラミナの懐が痛む事になる。

オレが療養していた間もそれは続いていたのだ。

だからオレは出来る限り早く冒険者として復帰し、ラミナに苦労を掛けないようになりたいのだが──

「何にしろ、まずは怪我を治さないといけないだろ?」

「ああ」

幸いにも『黒虎』の一件で負った怪我は順調に回復してきている。

もう二ヶ月ほど経てば完治するだろうと言われているから、その頃には冒険者活動も再開できるだろう。

「でも怪我が治ったらそれですぐに復帰って訳にはいかないだろ」

「まあな……」

ラミナの言う通りだ。

怪我をした時にレベルが下がり、今はレベル5。

また一からやり直すとなると正直億劫だが、だからといって先延ばしにしていいものではない。

今こうしている間にも、サランはどんどん先に進んでいるのだから。

「なあ、ユーク……もういいんじゃないか?」

「……何がだよ」

「『黒虎』の件はユークのせいじゃない。むしろあいつらに狙われたのはアタシらだ」

「……」

確かに、あの場でオレが矢面に立っていなければラミナ達はもっと酷い目にあっていただろう。

だがそれは結果論に過ぎないのだ。

オレはあの時、自分の身可愛さに二人を見捨てようとしたのだから。

「それにギルドを追放されたのだって……」

「ストップだ」

何か言いかけるラミナを制し、俺は言う。「その件はもういいって言っただろ。オレも気にしてない」

これは本当だ。

当時のオレにとって、あの時の選択が最善だったと信じているからだ。

ラミナにああいう決断をさせてしまったのは、間違いなくオレにも原因があったのだから。

「……分かったよ」

オレがそれ以上話すつもりはないと判断したのだろう、ラミナは引き下がってくれた。

「でもさ……」

だが話はそこで終わりではなかったようだ。

「本当に……もう前みたいにはならないんだよな?」

「それは……」

ラミナはオレの目をじっと見つめながら、そう言った。

その目は不安に揺れているようにも見えた。

そんな目で見られてしまうと、オレとしては気まずくなってしまい目を逸らしたくなるが──それをぐっと堪えて目を合わせ続けた。

「……ああ」

やがてオレは覚悟を決めて頷いた。「もう、サランを羨んで嫉妬したりなんてしないよ」

「……分かった」

そこでようやく納得したのかラミナはそれ以上何も言ってこなかった。──嫉妬しない、か。

それは噓だった。

オレは今でもサランに対して羨望や劣等感を抱いている。

だがそれを表には出さないようにしているだけだ。

オレの弱い部分を見せたくないという思いからだったが、それがラミナを不安にさせていたのかと思うと胸が痛む。

もう気にしていないと口で言っても、やはりまだ引きずっているのかもしれないな……。

(でも……)

そんな思いは心の中だけに押し込み、オレは話題を変える事にした。「ラミナもそろそろランクアップの申請をした方がいいんじゃないか?」

「ん? ああ、まあ……でもなー」

そう言って彼女は渋るように頰を搔いた。

彼女がランクアップを躊躇う理由は分かっている。

『黒虎』の一件で受けたダメージは思いの外大きかったらしく、まだ完治していないのだ。

怪我自体はもうほとんど治っているのだが、体力はまだ落ちており、疲れやすいらしい。

また今まで装備していたものは修理が必要な状態であり、新しいものに変えなくてはならない。

しかし装備を新調するには金も掛かるし、ラミナ自身もまだ稼ぎが少ないため、なかなか手が出せない状況なのだそうだ。

「そうだなー……そろそろランクアップしないとダメかなー……」

そう言いながら、彼女はオレの手から依頼書を奪い取ると受付へと持っていくのだった。

「なあ」

依頼を達成してギルドへ報告をする最中、ラミナはふと思い出したように声をかけてきた。

「ユークはこれからどうすんだ?」

「どうって?」

「冒険者を続けるかどうかってこと」

そう言われて、オレは少し考え込む。

「うーん……そうだなあ……」

正直言って迷っている。

現在のオレのレベルは5だ。サランに追いつくためにはまだまだレベル上げをしなければならないが、その目標は達成したと言っていいだろう。

(そろそろ潮時か……)

元々オレの目的はサランへの劣等感から目を背けるためだった。

だが今はその必要はないし、無理にランクを上げても危険な依頼を受ける事になる可能性がある。

それならば、このままラミナ達と冒険者を続けていく方が安全だろう。

(でも……)

それでも尚、迷っているのは──やはりサランの顔が浮かんでしまうからだった。

(あいつは……ランクアップしてどんどん先へ進んでいくんだろうな)

オレより遥かに劣るステータスで、レベル5の状態でパーティを追放されながらもソロでダンジョン探索を続けるあの少女。

そんな彼女が羨ましく感じてしまい、そしてそんな考えに嫌悪感を覚える。

(オレはもう……諦めたんだ)

サランへの嫉妬心はもう捨てた筈だ。

それなのに未だにこうして引き摺っているのは、彼女に負けているのが悔しいからだろうか? それとも──やはり心のどこかで嫉妬しているのだろうか?

「まあ、ゆっくり考えるよ」

そう答えながらオレは内心で自嘲するのだった。

(何をゆっくり考えるってんだよ……)

ラミナ達と共に冒険を続けるか。

それともサランに追いつくために冒険者を辞めるか。

その二つの選択肢のどちらかを選ぶだけなのに──オレは未だに決断できずにいたのだった。


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