西へ 第五節

「それにしても、本当に久しぶりだね、ミツキちゃん」


 何して遊ぼうかなんてまるで子供のようなことを言う吉乃に、私は思い付きで大垣駅の南口側を散策したいと言った。

 南口は寂れた商店街がある印象しかなくて、夏祭りの時以外は随分と味気ないように見える。

 けれど、私は夏祭りの時にしか南口に行った記憶が無かったから、日常の風景はどういったものなのか、少しだけ興味があった。


 吉乃は生まれも育ちも大垣で、大垣駅の周辺の景色なんて飽きるほど見ている。

 けれど、吉乃は南口側を散策してみたいという私の希望に、嫌な顔一つ見せずに「いいね」と言ってくれた。


「まぁ、高校ぶりだからね」


 ちなみに、何して遊ぶかと聞かれた私は、最初、吉乃のやりたい事でいいよと返した。

 何して遊びたいかなんてパッと思いつかなかったし、せっかく吉乃が遊びに誘ってくれたのだから、吉乃のやりたいことをやるのが良いと思ったから。


 けれど、吉乃のやりたい事でいいよという私の返答に、吉乃はむくれて見せた。

 なんでも、せっかく私と遊ぶのだから、私のしたいことをしたいとの事だった。

 それは私も同じ気持ちだ。せっかく吉乃と遊ぶのだから、私は吉乃のしたいことをしたかった。


 とはいえ、最終的には私が折れた。

 久しぶりに会う元同級生を、共に青春の時間の多くを過ごした相手を、不快にさせたくは無かったから。


「確かに。そう言われるとそうかも! 高校ぶりって事は、三年ぶり……二年ぶり? あれ、私たちが高校卒業したのって、いつだっけ?」


「う~ん。たぶん三年くらいじゃない?」


「そっかぁ。三年ぶりかぁ」


 ミツキちゃんはこの三年でずっと大人っぽくなったよねと、並んで歩く私を見上げながら吉乃は言った。

 その表情は、高校の時よりもほんの少しだけ伸びた私の背に少しだけ感心しているようだった。


 大人っぽく……かぁ。


 言われてもいまいちピンとこない。

 大人って何だろう。

 大人っぽいって何だろう。

 吉乃は私の何を見て大人っぽくなったと言ったのだろう。

 

 もう、私も吉乃も、鳥貴族でお酒が飲める年齢なのに。

 ゲームセンターで閉店時間まで遊ぶことができる年齢なのに。

 深夜に外を出歩いても、補導されることは無い年齢なのに。

 

 吉乃の言う大人っぽさが、私は解らない。


 駅に戻って、改札の前を通り、さっきは選ばなかった南口へと向かっていく。

 マツモトキヨシや成城石井が入っている駅の商業施設へ繋がる自動ドアには近づかず、下りのエスカレーターに身を預ける。


 随分と傾斜の急な、かなり新しい綺麗なエスカレーターは、新しくて綺麗なわりに、人が二人並んで立つには少し狭かった。


 エスカレーターを降りると、タクシーがぎゅうぎゅう詰めで三台ほど停まっている小さなロータリーが目の前に、姿を現した。

 ちなみに、タクシーが止まっているのはロータリーに合流する一車線の細い道路で、ロータリー自体はタクシーが待機できないほどに狭い。


 そして、そのロータリーの脇からずっと向こうまで、途中で大きな道路をいくつか挟みながらも、駅前の商店街は続いていた。


 そうそう、大垣駅の南側はエスカレータ―を降りて直ぐ、目の前にある小さなロータリーの横にバス停が立ち並ぶ大きなロータリーもあって、道路がひょうたんの形みたいになっていてなんだか変だ。


 大きい方のロータリーの周りには居酒屋やカラオケ店、アパホテルなんかが立ち並んでいて、商店街よりも少し外れたその位置の方が随分と栄えて見える。


 ただ、昼間から居酒屋はやっていないし、私はあまりカラオケが好きではない。

 何より、居酒屋やカラオケに行くより、商店街を散策する方が楽しそうだったから、私たちは商店街の散策をした。


 人生で初めての商店街というものにワクワクしながら、「私もこの辺りはあんまり知らないんだよねぇ」と笑う吉乃と並んで歩く。

 和菓子屋、居酒屋、定食屋、服屋、雑貨屋。立ち並ぶ店の名前はそれぞれが違うけれど、どれも似たような店ばかりだった。


 服屋は年配向けの服ばかりがハンガーラックにかけられていて、雑貨屋も年配向けの生活雑貨ばかり。

 居酒屋は昔ながらの小汚いお店かチェーン店しかなくて、定食屋は観光客向けの割高なモノだけ。


 商店街に足を踏み入れて五分として、私はこの商店街に歓迎されていないのだと悟った。

 誰かに直接そういわれたワケではないけれど、立ち並ぶ店を見るごとに、そう感じずにはいられなかった。


 いや、別におかしな話ではないと思う。

 商店街は観光地ではないのだから。


 確かに、商店街を観光地として押し出しているところもあるのだろうけれど、商店街というものは元来、周辺に暮らす人々が生活の一部として利用するモノだ。


 現代の名古屋で暮らす人間がイオンに買い物に行く感覚で利用するものが、もともとの商店街というもの。

 食料品を買いに行って、日用品を買いに行って、衣料品を買いに行って、たまにご飯を食べに行って。


 もともと余所者向けではないのだ。

 観光地として押し出されているワケでもない商店街に、余所者である私が歓迎される道理はない。


 とはいえ、吉乃もこの商店街に来る事は夏祭りの時以外は無いのだと言う。

 商店街の中には若者向けの服屋もコメダ珈琲も本屋も無いから、来る理由が無いとのことだ。


 ごもっともすぎる話に、私は笑った。

 ここで笑うのは自然なことだろうかと考えてしまう私自身に嫌悪感を抱きながら、私は歪にならないように気を付けながら笑った。


 人の気配が極端に少ない商店街は、シャッターが下りている店は思いのほか少なかった。

 すれ違うのは年配の人か外国人だけ。

 そもそも人とすれ違う事すらほとんどない。

 そんな様相の商店街を暫く進んでいくと、不意に人だかりに遭遇した。


 人だかりと言っても若者や家族連れが数組程度、道を塞ぐように溜まっているだけの光景だけれど、どうやらパスタとピザの店で順番待ちをしているみたいだった。

 店を営む人々と共に歳を取っていったような商店街だが、その年老いた商店街の中で、そのピザとパスタのお店はいくらか若く見えた。


「このお店、凄く美味しいんだよ」


 お店の前を通り過ぎながら、吉乃は言う。

 食べていこうかという話にはならなかった。

 目的が商店街巡りで、時間的にもお腹が空くような時間ではなかったからだろう。


 珈琲ショップを通りすぎ、短い橋を渡り、さらに奥へと進んでいく。

 景色は再び、歳を取った商店街へと戻っていく。


 ベトナムの輸入品店、化粧品屋、金物屋。

 大衆居酒屋に昔ながらの婦人服店。薬局に農協に鞄屋、楽器屋。

 程なくして、片側三車線の大通りが突然姿を現した。


 商店街の終点へたどり着いた事実がふっと姿を現して、こんなものなのかという細やかな落胆が胸の奥に沸いた。


「反対側も見よっか。大垣城もあるし」


 吉乃に促されて、地下道を通って商店街の逆側へと渡る。

 道路に横断歩道が無く、地下を通って道を渡るというのは、少しだけ新鮮だった。


 時計屋、弁当屋、よくわからない胡散臭い店と通り過ぎたところで、左手にひょっこりと姿を現した路地へと、駅側からやって来た人たちが入っていくのが見えた。


 人数は決して多くは無かったけれど、駅側からやって来た数人が全員、私たちとすれ違うことなく路地に入っていくのが見えていたから、その先になるのか少しだけ気になった。


 目を細めて路地の奥を見ると、何かのお店と、そのさらに奥に神社のようなものがあるのが見えた。

 そして、路地へ入っていった人たちは、手前側にある何かのお店ではなく、奥の神社のような場所へと進んでいった。


「あぁ~、そういえばそうだった」


 何か有名な神社でもあるのだろうかと足を止めて見ていると、吉乃も同じように足を止めて、私の見ている先をちらりと見て、思い出したように言った。


「大垣城、この道からも行けるんだった」


 吉乃の言葉から考えると、どうやら奥に見える神社のような場所は大垣城へと繋がっているようだ。

 という私の解釈は間違いだった。


 路地へ入り、商店街側から見えていた地鶏専門店を通り過ぎて、道路のコンクリートの質感が移り変わると、そこは既に大垣城の敷地内だった。

 つまり、商店街側から見えていた神社のような場所こそ、そのままほぼ大垣城だったワケだ。


 大垣城の敷地に入ってすぐ知らないおじさんの銅像があって、そのわきに大垣城本体へとつながる短い階段があった。

 私は吉乃に先導されながらその階段を上っていく。


 ちなみに、知らないおじさんと言っても、武士っぽい格好をしたおじさんだから、たぶん大垣城の主の武将とか、戦国時代やそのあたりの時代の誰かなのだと思う。

 私、そのあたりの知識が薄いから知らないけど。


 興味ないし、歴史の成績は万年Dだったし。

 テストの点もずっと下から二番目だったし。


「え、あれ?」


 階段を上り切った私は、思わず首を傾げてしまった。

 目の前に姿を現した大垣城は、想像していたものよりもずっとずっと小柄で、みすぼらしいものだったから。


 いや、確かに二階建ての民家なんかよりは確かに大きいし、見上げる事ができるくらいの大きさはしているのだけれど、それでも城と謳っている割には小さなビルほどの大きさしかないようで、思っていたのとなんだか違う様子の大垣城に、私は少しだけ困惑した。


「なんか、思ってたよりも…………」


「ね~。お城って言ってる割にって感じだよねぇ」


 言葉を選べずに迷っていると、気持ちはわかるとでも言いたげに吉乃は苦笑いをした。

 吉乃が苦笑いを浮かべるほどなのだから、この大垣城と言うものは大垣に住む人から見ても、やっぱり物足りないものなのだろう。


「中に入れるけど、どうする?」


「え、お城って中に入れるの?」


 てっきり、外から眺めるしかできないと思っていた。

 だって、興味が無いし、他のお城にも行ったことが無いし。


「うん。入れるよ」


 吉乃が指さす方を見ると、木製の掲示板に料金が書かれていた。

 一般二百円、団体なら百円、十八歳未満は無料らしい。

 他にも四館共通券が六百円と書かれている。

 想像よりも安いんだなと思うのと同時、地味にいい値段するのだなと思った。


 それにしても、四館共通ってなんだろう。

 他にも何かあるのだろうか。


「で、どうする?」


 四館の説明はどこだろうと掲示板を眺めていると、吉乃から改めて、大垣城に入るかどうか確認された。


「う~ん。どうしよう」


 正直言って、お城というものに興味はない。

 けれど、入ってみたいか入ってみたくないかで言われれば、まぁどちらかと言えば入ってみたい。


 ただ、それはあくまで強いて言うのならという程度っていうか、人生で一度くらいは経験として入っておきたい程度というか。

 まぁ、いま大垣城に入りたいのかと言われれば、そうでもないというのが正直なところだ。


 この小柄でみすぼらしいお城にどうしても入りたいって思ってしまうような魅力が無いのなら、まぁ今回は…………


「ちなみに、吉乃的には大垣城って入って楽しい?」


 聞くと、吉乃は苦笑いしながら即答してくれた。


「私的にはそうでもだった。なんか、中学の時の校外学習を思い出すよ」


 それは確かに微妙そうだ。

 多分、中の空気感とか、見て回っている間の時間の流れる感じとか、校外学習で歴史民俗資料館に行った時と同じ感じなのだろう。

 私はあの感じ、あんまり好きじゃなかった。


 堅苦しくて、重々しくて、見ている側の自由が制限されている感じがして、正しい感情を押し付けられている気がして、息が詰まりそうになる。

 あんな感覚は、すき好んで味わいたくはない。


「じゃあ今回はパスで」


 私は吉乃と同じように苦笑いをして、そう返した。

 きっとこれからも、お城と言うものに入ることは無いのだと思う。

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