西へ 第二節

 電車から降りた私は、すぐ目の前のエスカレーターを上り、そのまま改札を出る。

 別のホームから乗り換える事は可能だったけれど、自分の住む街から離れる事に対して恐怖を覚えて、その結果として途中で電車を降りたのだから、その必要は無い。


 改札を出て正面は名前を聞いたこともない謎のコンビニがあり、右手に行けば駅の商業施設棟や南側出口へ、左手に行けばショッピングセンターやスーパーマーケット、さらには北川出口へ繋がる。


 以前、大垣には何度か来たことがある。

 だから、駅周辺の街並みはなんとなく分かる。


「あぁ……だからかも…………」


 だから、私の日常と特別の境界線が大垣駅なのかもしれない。

 既に何度か訪れたことがある土地だから、もう私の日常として組み込まれているのだろう。


 学生向けなのか、大きいわりに参考書類が多いせいで品ぞろえがあまりよくない本屋があったり、小さなCDショップがあったり、放置自転車に駐輪上が埋め尽くされたりしているショッピングモール。

 駅の利用客の違法駐車に悩まされるスーパーマーケット、フィットネスジム、家電量販店。


 楕円のロータリーにはタクシーよりも送り迎えの一般車の方が沢山並んでいる。

 そんなロータリーの非常識に見える様相が嫌でも目に入るローソン。

 ショッピングモールの向こう側にある病院。

 野球部のバスがたくさん並んでいる私立高校。


 ほら、こんな具合に街並みは頭がぼんやりと覚えている。


 ちなみに、今並べたのは北口側の光景だ。

 いつ来ても、平日土日祝関係なく、ショッピングモールの駐輪場は自転車が沢山並べられていて、細い道路を挟んで駅側に並ぶように建てられているスーパーマーケットやフィットネスジムや家電量販店の駐車場には、溢れんばかりに色とりどりな車が止められている。


 きっと、止められた自転車や車の数は、それらの商業施設を現在進行形で利用している人の数よりも、圧倒的に多い筈だ。


 何せ、ショッピングモールは数十台もの車が駐車場に停められているというのに、実際に中に入ると、十数人ほどしか利用がいなかったりするのだ。


 家電量販店に関してはもっと酷い。

 数十台の車が止められているのに、店内は数人程度しか歩いていない。

 少なくとも、私がなんとなく行った時は、そんな感じだった。


 そうそう。駐車場に停められた車が色とりどりだと言ったのは嘘だ。

 嘘というより、誇張表現だ。


 実際のところは大体が黒か白かシルバーで、あっても赤や青が多いくらい。

 それ以外はまるで異質なモノのように浮いて見えている。


 その光景が私はあまり好きではない。

 いや、光景というよりは、浮いて見えるという自分の感性があまり好きではない。


 自転車は、だいたいがママチャリだ。

 実際に誰かのママが使っているのか、学生が使っているのかは分からない。

 錆びだらけのものだって少なくはない。


 まだ、そんな光景が広がっているのだろうか。

 少なくとも駅のホームから遠めに見る限り、北口の景色に変わりは無いようだった。


 南口は分からない。

 車窓を流れる景色を見る限り、大垣駅周辺の街並みが大きく変わったようには見えなかったけれど、電車がホームに入ってからは北口側の様相しか遠目にも見えない。


 南口側は駅やら何やらに阻まれて、ホームからその光景を見る事は出来なかった。


「そういえば……」


 何度か来た大垣駅だけれど、遊ぶときはいつも北口側から出ていたなと思い出した。

 南口の景色を見た事はそもそも数えるほどしかなくて、思い出せるほど思い出を持ち合わせていなかったのだ。


「あのCDショップ、まだあるかな」


 私が好きなバンドのCDをインディーズ時代のものから含めて全部売っている、物好きなCDショップ。

 ショッピングモールの一角にぽつりと居を構える小さなCDショップ。

 あの素敵な店はまだ残っているのだろうか。


 そんな口実を作り、自分に言い聞かせるように呟く。

 私の体は、光景を想像できてしまう程には何度も見たことがある、北口へと向かった。


 北口への広い廊下には隅の方にパーテーションが並べられていて、その向こう側では何かのイベントが催されている。

 黄色いジャンパーに身を包んだ若い男女が、「お時間良ければどうですか?」と熱心に客引きをしている。


 狙っているのは若者ばかりだけれど、誰も彼らについていく様子を見せない。

 聞き耳を立てている限り、「お時間良ければどうですか?」「お手間は取らせません」「怪しい者ではありません」と、本題が見えていない事ばかり聞こえてくる。


 面倒ごとに巻き込まれても厄介なので、私は客引きの彼ら彼女らに目を付けられないよう、目を逸らしてそそくさと歩く。


 北口へと下る大階段とエスカレーターには足を踏み入れず、ショッピングモールに直通となる連絡通路へと進んでいく。


 ガラス張りの連絡通路は直ぐに壁面のガラスが途絶え、手すりと屋根があるだけの簡素なものに変わる。

 途中にいくつかあるエレベーターも階段も使わず、連絡通路を道なりに真っすぐ進む。


 老夫婦やセーラー服を着た女の子の集団とすれ違いながら冷たい風の吹きつける連絡通路を渡り終えると、自動ドアを通ってそのままショッピングモールへと足を踏み入れた。


「あ、そうそう。アクアウォークって名前だった」


 入って直ぐ、掲示板に張られた広告が目に入った。

 ショッピングモールに入っているスーパーマーケットの折り込みチラシと思われるそれに、ショッピングモールの名前がしっかりと記載されていた。アクアウォーク大垣って。


 それにしても、名前にわざわざ大垣って入っているのはなぜだろう。

 同じ名前のショッピングモールが他の地域にもあるのだろうか。

 まぁ、特に興味はないからいいや。


 連絡通路から中に入ると、建物南側の二階につながる。

 入って右側には広い本屋、左側にはゲームセンター、ゲームセンターの向こう側には一〇〇均があって、その隣には小さなCDショップがある。


 それらすべての中央には楕円形の吹き抜けがあって、下の階の様相が伺える。

 CDショップや本屋の向こう側にはほかにも色々な店が並んでいる。


 久しぶりに来たアクアウォークは、大体が記憶の通りだった。


「ここ、ゲームセンターだったっけ?」


 以前に来たのは何年も前のことだ。

 当時の光景をハッキリと鮮明に覚えているかと言えば、それない。

 確かに何度か来たことがあるが、何度も来たわけではない。

 ただ、何度か来たことがあるだけだ。


 このアクアウォークというショッピングモールは、私にとってその程度なのだ。

 言ってしまえば、たった一度や二度、同じクラスになった事があるだけの元同級生と私からの距離感はそう変わらない。


 当然、そんな程度の場所なのだから、どこにどの店があったのかを完璧に覚えているハズが無いだろう。

 現に私は、入って左手にあるゲームセンターに対し、こんな場所はあっただろうかと思っている。


「数年見ない間に景色は随分と変わるものだね」


 などと、変わったようにも変わっていないようにも思えるアクアウォークの様相に雑なコメントを残して、CDショップへと足を踏み入れる。


 なんとなくだけれど、この小さなCDショップのレイアウトだけは少しだけ覚えていた。

 どんな感じで棚が並べられていて、どこに私の好きなバンドのCDが陳列されているか。

 ハッキリではないけれど、なんとなく。



 だからこそ、私は失望した。



 足を踏み入れて直ぐ、わりと好きだったこのCDショップが、私の記憶を踏みにじるほど、その様相を変えてしまった事に。


 壁に取り付けられている棚は、棚自体の配置は元と変わっていない。

 けれど、元と同じ配置の棚に並べられている商品たちは、以前来た時とは全然違う。

 

 壁に取り付けられえている以外の棚は形も配置も随分と変わってしまっている。

 当然、それらの棚に並べられている商品たちも。


 数年の時が経っているのだから当然と言えば当然だけど、そうではない。そういう話ではないのだ。


「流行りのばっかだ」


 もともと、流行りの曲のCDや、人気アイドルグループのCDも取り扱っていた。

 当然、有名どころなのだから店内に並べられていた数も多かった。


 でも、半々とまではいかないけれど、インディーズバンドなどのマイナーどころも多く取り扱われていて、店員のおすすめコーナーにそれらが綺麗に並べられていた。

 私の好きなバンドも、以前に来たときはそのコーナーにCDが並べられていた。


 けれど、今はもう以前に来た時の面影は残っていない。

 狭い店内を一通り回っても、私の好きなバンドのCDは見当たらなかった。


 私の好きなバンドどころか、インディーズバンドをはじめとしたマイナーどころはその悉くが排斥されてしまっていた。


 私の好きなバンドに関しては、メジャーデビューを果たしていて、ドラマやアニメの曲を歌ったりなんかもしているのに、どこを探してもCDが見当たらない。


 探して見つかるのは、CMやドラマで現在進行形で使われている曲のCDや、有名な男性アイドルグループ、女性アイドルグループの新しい方のCD、ポルノグラフティやゆずのような、殿堂入りとでも言える超有名どころのCD、ライブDⅤDとか、そんなのばかりだ。


 CDショップがお店を続けるには、きっとその方が良いのだろう。

 私も好きだよ、ポルノグラフティ。

 いいよね、アゲハ蝶とかメリッサとか。

 私はサウダージが一番。


 でも、好きにも度合いというか、段階がある。

 その段階を三段階で説明すると、私の場合は、ポルノグラフティやゆずも確かに好きで、曲を聴いて良い曲だと思いはするのだけれど、ただ良い曲と思うだけだ。ただ好きなだけだ。


 つまり、三段の階段の一段目という事になる。

 当然、私の好きなバンドは三段の階段の三段目。


 今、このCDショップには、私の好きなバンドのCDは一枚もない。

 階段で言う一段目のものばかりだ。


 それらも良い曲ばかりではあるのだけれど、そうじゃない。

 私がこのCDショップに求めていたのはそんなものではない。


 言い方は悪いかもしれないけれど、以前に来たときは本当に良いアーティストの良い曲のCDが集められていた。

 でも、今はそうではない。


 エスニック料理のお店に好きで通っていたら、ある日いきなり大味な料理ばかり出す食堂になってしまったみたいな、そんな感覚だ。

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