どちらも選ぶことはできない

三鹿ショート

どちらも選ぶことはできない

 二人の異性から迫られるという状況は、他の人間からすれば羨ましいものなのかもしれない。

 眼前の姉妹はそれぞれが異なる魅力を持っていて、どちらを選んだとしても良い時間を過ごすことができることは間違いないだろう。

 だが、それは客観的な思考であり、私の思考ではない。

 私にとって眼前の姉妹は、隣人であるゆえに他の人間たちよりも親しくしようとしていただけで、其処に恋愛感情は存在していなかった。

 姉妹に迫られる度に、

「きみたちが大人になったときに考えよう」

 深く考えずにそのようにあしらっていたのだが、このことが原因なのだろうか。

「その通りですね」

 私が姉妹についての悩みを吐露すると、彼女は迷うことなく頷いた。

 彼女は肩をすくめながら溜息を吐くと、

「曖昧な態度ほど性質の悪いことはありません。きみたちに恋愛感情は無いと、明確に伝えれば解決する話ではありませんか」

「それが出来れば、苦労はしない」

 彼女の言葉に従えば、姉妹のことで悩む必要は無くなるだろう。

 しかし、そのような言葉を吐けば、姉妹との仲は以前よりも悪くなるに違いない。

 私は、これからも姉妹と良い関係を築きたいのである。

 私の言葉に、彼女は首を横に振った。

「贅沢な人間ですね」


***


 このまま私がのらりくらりと姉妹を躱し続けていれば、何時の日か諦めてくれるのだろうか。

 見れば、姉妹の周囲には私よりも誠実な人間が多く存在している。

 あれほど魅力的な姉妹である、姉妹のことを想っている人間が存在していることは間違いないはずだ。

 そのような人間の背中を押そうと考えたのだが、接触した人間たちは、既に姉妹から本音を聞かされていた。

 自分には思い人が存在し、それは眼前の人間ではない。

 そのように告げられてしまえば、脈が無いことは明白だった。

 いっそのこと、彼女と共にこの土地から離れて生活すれば、姉妹に煩わされることが無くなるのではないか。

 そのことを告げたところ、彼女は露骨に嫌悪感を示した。

「何故、あなたの事情で私までもが土地を離れなければならないのですか。私は生まれ育ったここでの生活が気に入っているのです。離れるのならば、一人で離れてください」

 その言葉を聞いて、私は心を痛めた。

「きみと離ればなれになるなど、想像しただけで悲しくなる。きみは私と離れて生活することに、何も思わないのか」

「死に別れるわけではないでしょう。会おうと思えば、何時でも会うことができるではありませんか」

 其処で彼女は私から顔を逸らすと、

「あなたのことを考えた上で告げたのです。あなたと離れることについて、何も思っていないわけがないでしょう。勿論、寂しいに決まっています」

 吐き出されたその言葉を聞いて、思わず彼女を抱きしめた。

 彼女が抵抗することはなかった。


***


 土地を離れて生活を開始するということを告げたところ、姉妹は揃って涙を流した。

 自分たちが原因とも知らずによくそのような態度を見せることができたものだと思ったが、慕っていた相手と離ればなれになることに対する悲しさというものは理解することができるために、私は口を閉ざした。

 姉妹に見送られ、私は駅へと向かった。

 数年も経過すれば、姉妹の気も変わり、私以外の異性と親しくなっていることだろう。

 そのように考えながら、私は電車に乗り込んだ。


***


 久方ぶりに実家へと戻ると、私の想像通り、姉妹は私以外の異性と親しくなり、そして結婚していた。

 私のことを以前のように恋愛対象として見ることはなくなっていたが、まるで仲の良い親戚を相手にするような態度と化していたために、悪い変化ではなかった。

 数年ぶりに実家の自室で横になっていると、彼女が姿を現した。

 顔を合わせたのは半年ほど前であり、その間で大人が大きく変化することはないが、会うことができなかった寂しさは強かった。

 我々は、会うことができなかった時間を埋めるかのように、朝まで愛し合った。


***


 近くの飲食店で食事を進めていると、彼女が天気について話すような様子で、

「伝えていた通り、来月にも結婚します」

 愛していた彼女が別の人間と結婚するなど、天地がひっくり返るような衝撃だろうが、私は異なっていた。

 何故なら、彼女の結婚とは、世間体を気にしたものであるからだ。

 これからも変わらずに私のことを愛し続けるということは、彼女の結婚相手も知っていることであり、同時に、それは私の結婚相手にも言うことができるものだった。

 私が首肯を返すと、彼女は溜息を吐いた。

「周囲の目を誤魔化すためとはいえ、愛していない相手との結婚というものは、気が進みませんが」

「仕方が無いだろう、事情が事情なのだ。それに、互いに選んだ結婚相手は、良い理解者ではないか」

 野菜を口に運び、それを嚥下してから、私は告げた。

「血が繋がっている相手を愛してしまったという人間の悩みは、我々だけにしか分からないものなのだからな」

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