第21話 ウィンナーとシェーンブルン宮殿


 昼食はウィーンの人気ファーストフードで。街を歩いていると屡々しばしば目にするソーセージスタンドの誘惑に抗し切れる旅人はすくないだろう。

 トラムから見えたスタンドに寄ってみると、鉄板の上に種々いろいろなウィンナーが並んで焼かれて、香ばしいのが視覚でも分かる。そもそも「ウィーン風の」と冠されたウィンナーソーセージが、ウィーンで旨くない訳がない。

 細長いウィンナーをカットして皿に乗せ、マスタード、ケチャップと一緒に供してくれる。歯を当てると皮がぷちっと弾けて破け、肉汁が口腔へと迸る。これは堪らない。

 次から次へと口に運んで、気づけばもう一皿注文していた。昼から路上でビール必須のウィンナー祭りだ。注文オーダーしたビールは緑のラベルが目を惹くゲッサー。これもオーストリアの産で、よく飲まれている。



 シェーンブルン宮殿へはすこし遠出する距離だ。市内中心部がまるごと入るほどの広大な敷地に、庭園、丘陵、泉、そして大宮殿が配されている。戦禍で度々荒廃した後、ハプスブルク家唯一の女帝、マリア・テレジアの手により復興成った「美しい泉シェーンブルン」は、その名の通り其処此処に泉が配される。開明的な英主であり、欧州中から賞賛を一身に集めた女帝の居城に相応しく、庭園も建物も寛々ひろびろとして何處までも明るい。

 美貌に恵まれ、若くして欧州屈指の名家とその広大な領土を相続し、夫とは愛で結ばれ、十六人もの子までした彼女は、世の平衡を保つ天秤が壊れているのではないかと疑うほどにあらゆる賜物たまものを天から与えられたが、その上に安穏と坐して果実を手にしたのではない。世にたぐいなき女傑の治世は、その王位継承を認めない列強の侵掠に抗うところから始まった。

 八年に及んだオーストリア継承戦争の末にハプスブルク家領の相続が認められた後も、プロイセンと七年戦い苦い和平を呑むなど、帝国経営は必ずしも順風満帆とは行かなかった。

 そんな女帝の心を、家族と過ごすシェーンブルン宮殿は慰めたに違いない。正面のテラスに立てば、花々の彩りが遥か先まで見通せる。右手には薔薇園。薔薇のトンネルを女帝は、愛する夫のエスコートで歩んだだろう。子犬のようにじゃれつく子供たちが、或いは二人を先導し、或いは後ろからいてしたがう。


 子供たちのうち、最も有名なのはマリー・アントワネットだろう。広大な庭で屈託なく乗馬をたのしんでいた、無垢で無邪気な笑顔が目にうかぶ。苦労も善悪も知らずに育った王女は後にフランス王妃となり、フランス市民たちの憎悪を一身に集め、引きずり出された断頭台の上で生涯をえた。

 先に天寿を全うしていたマリア・テレジアが愛娘の酷い死を見ずに済んだのは、せめてもの救いなのかも知れない。長く生きることは、見たくないものまで見させられるということでもある。そうであっても我々は、生ある限りは歯を喰いしばって生きなければならない。


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