四日目 木曜日

第15話 レイルジェット(高速鉄道)


 今日は鉄道でオーストリア・ウィーンへ移動する。

 また地の底へ下りていくような長いエスカレータの先の地下鉄を経由し、国鉄プラハ中央駅へ。

 地下鉄やトラム同様、国鉄駅も改札はなく、ダヌシュカさんの購入したチケットを握ってプラットホームへ上がる。プラハ中央駅はターミナル駅ではないものの、十本ほどの線路とホームの上を天蓋が蔽う、巨大な駅舎だ。天蓋を透して淡い光がレイルジェットの青い車体に降りそそいでいる。車輛は比較的新しく、スマートなフォルムが提供するのは旅の情緒よりも清潔快適な移動であるらしい。


 駅を出て五分も走れば窓の両側には長閑な田園風景が見えてきた。広々とした緑の中に、点々と農家らしい家が散らばる。なだらかな丘陵には農地の合間にところどころ林も残るが、人間の管理下に置かれた穏和おとなしい緑だ。その姿は美しく優雅で、安心して見ていることができる。なればこそ工業文明の直ぐ隣に在りながらその林は、命をながらえているのだろうと思う。人に牙剥く自然を、人は決して許さない。そしてそれは、まさに弱肉強食の自然の摂理の帰結なのだと思う。

 逆に云えば、自らの活動に都合の悪い、時には人に仇為す自然でさえも保護しようと志す昨今のサステナビリティ思想は一面に於いて、人が自然法則から乖離し神の位置に立とうとする不遜な試みなのかも知れない。(もっとも表面的には利他的博愛的な活動にも、巡り巡って人類の永続的繁栄に利するという深謀遠慮が隠されているのであれば如何にも人間的で、被造物の分をわきまえていると云えそうだ)


 座席は二等車だが十分広く、クッションも快適だ。一つ難点を云うならリクライニングできないこと。いや、もう一つ。それは窓だ。高速列車なので開けられないのは仕方ないとして、二重窓の外側は一面細かい汚れ(きずかも知れない)が付いており、陽が当たると光が分散するため外の景色が見づらいのだ。


 何遮るものない平坦な地形を行くレールは、ほぼ直線を描いて進む。レールの両側には畑が時に黄金色、時に鈍い赤色、時に鮮やかな白い花で彩られる。

 半時間ほど走ったところで最初の駅に停まった。減速は滑らか。せっかく停まったものの、出入りする客は疎らだ。再び動き始めて直ぐ、車掌が切符をあらために廻って来た。

 列車は速度を上げ、並行する道路の車を次々追い越していく。道路の手前には川、向こうには見渡す限りの畑がひろがっている。作物は様々、玉蜀黍がすっくと伸び、麦は収穫期の実りの色に輝いている。葡萄も実が大きくなりつつあるだろう。馬と牛とが同じ柵の内でのんびり草を食んでいる。刈られた草が俵状に丸められて彼方此方あちこちに置かれている。畑ばかりの中に十字架が遠く見えるのは、小さな教会があるのだろう。


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