第14話 ヴァーツラフ広場


 往路は地下鉄だったが、復路はトラムを利用する。プラハに於いて、トラムは地下鉄と並んで旅行者と住民双方の重要な足となっている。駅間の距離が比較的短いのも、身近な足としては丁度良いのだろう。新型の車輛は車内に次の駅名が掲示されるので、現地に不案内な旅行者にも分かりやすい。ゆっくり車窓から外の様子が見られるので、降りたいという直感に従って降りるのもひとつの手だ。

 乗降口は右側だけに付いている。駅(と云うよりバス停に近い)に着いても自動でドアは開かず、開けるには乗客がボタンを押さなければならない。余計な機能も、過剰なサービスも不要とする潔さ。それに街を歩いていると、シャープな新型の車輛とレトロな旧い型のものとが入り混じって走る光景が、なんとも云えない味わいだ。

 市街中心の辺りでは観光客の姿が目立ったが、郊外を走る此の車輛では乗客の殆ど全ては日常生活に使っている地元民だ。途中、路面ではなく枕木の上にレールが敷かれていたり、路面が緑地になっているところも見られて、市中心部とはまた違った趣があるのがい。


 ヴァーツラフ広場の手前でトラムから降りた。聖ヴァーツラフ像が見下ろす大通りは、共和国チェコスロヴァキアを語るとき、無視して通り過ぎることのできない場所だ。

 社会主義化後二十年、所謂いわゆるプラハの春を踏み潰すために、ワルシャワ条約機構軍の戦車が此処を蹂躙した。さらに二十年の後、ビロード革命の際には同じこの広場で、民主化の勝利宣言を市民が歓呼で迎えた。東欧の社会主義諸国が雪崩を打って革命的民主化を、ときに衝突を伴いつつ果たした中にあって、殆ど流血なく成し遂げられたチェコスロヴァキアの民主化を彼らが誇りとするのは正当だろう。

 その後チェコとスロヴァキアに分離したのは真に必要だったのか私には判らないが、当事者の決断に他国人が半可な理解でくちばしれるべきではないし、内戦を経ることなく平和裡に別れられたこともまた、(旧ユーゴスラヴィアのいたましい内戦を想えば尚更、)人類史に誇る資格があると思う。



 一度ホテルに戻り、ダヌシュカさんと落ち合って夕食に向かった。直感に任せて飛び込むのもいいが、現地通の奨める料理もやはり味わっておきたい。

 その現地通、ダヌシュカさんの教導のままにホワイトビールを注文した。クリーミーな白い泡は、なるほどホワイトビールだ。味わいは甘くまろやか。大麦だけでなく、小麦を使っているからこの風味が出せるのだそうだ。そこにレモン汁を搾って垂らす。多様なビールを愉しむのは流石ビール大国と感心したが、実はこのビール(ヒューガルデン)はベルギー産とのこと。ベルギーもビール産地として有名なのだがその一因に、長らくハプスブルク帝国の傘下にあったことを挙げてもいかも知れない。

 前菜の、茹でたアスパラガスを酒の伴にして杯をす。日本では滅多にお目にかかれないほどの大きなアスパラ十本ほどがチーズソースにどっぷり浸かって、い加減だ。

 メインは兎肉の煮込み。鶏胸肉に近い味だが、甘味があって、柔らかい。たっぷり添えられたマッシュポテトはソースに浸けて食べるのがよし

 ダヌシュカさんはローストチキンを取った。最早お馴染みのクネドリーキが、今日も矢鱈と腹を膨らませる。


 プラハのディナーは今夜が最後。明日はウィーンでの仕事が待っている。


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