第10話 仕事


 車で郊外へ向かううち、漸く空の闇が濃くなってきた。私の仕事は光の届かない時、人知れず片づけてしまうのがいい。いずれ神々の目から匿しおおせるなぞとは思わないにしろ。

 アルコールはうに抜けた。改めて私は標的ターゲットの名と顔と、葬られなければならない理由を頭の中でなぞっていく。

 やがて車は、コンクリートの長い壁の横について止まった。空に月は見えず、代わりに星が幾つも瞬いている。

「此処で待っていればいんですね」とダヌシュカさんが訊く。

 私は首肯うなづき、リクライニングを下げて、間もなく睡りに落ちた。


 目覚めたのは独房の硬いベッドの上だ。私は両手で自らの身体をあらためる――自らのものでない身体を。その長大なからだはどうやら、憶えていた標的の身体的特徴と一致するようだ。私はため息を吐き、ベッドの上に半身を起こした。仕事に取りかかるために。



 私には特殊能力がある。それは他人に憑依する力だ。

 但し、条件が三つ。


 1.憑依する相手は、半径一キロメートル程度の範囲内にいる人間に限る。

 2.憑依する相手は、人を殺したことのある人間に限る。

 3.憑依する相手の、顔と名前を知っている必要がある。


 あと、忘れてはいけないのが憑依を解くための条件。憑依した相手の肉体が死を迎えた時初めて、憑依は終わる。則ち、憑依した標的の躯を操りこれを死に至らめて初めて、私は自らの躯に戻れるのだ。一度始めた仕事は必ずやり遂げなければならない――よく云われるその警句は、私にとってはまさに生死に関わる重大事だ。



 今回は標的の長身を利用することにする。

 ベッドに立って腕を伸ばし、独房の天井に配置された極く粗末な電燈を外して、電線を露出させた。狙うは感電死。但し、感電したところでこの程度では命に関わることはまずない。そこで必要なのが水だ。洗面とトイレのために置いてあるバケツの水に両手を浸し、さらに腕から首、頭にも水をかけていく。やがて手は水をたっぷり吸ってふやけ、全身も水浸しになった。まるで水死体ウトペネツだ。

 再びベッドの上に立ち、電線の両端を握ると、言葉通り全身に電気が走り、鋭い痛みと痙攣に襲われる。電線を握りしめた両掌はもはや意思とは係わりなく開くことができず、電流はさらに強くなって、私は意識をうしなった。


 ――再び意識を取り戻したのは車のシートの上だ。ゆっくりと手を動かし、それが紛れもなく自身の躯であると確認する。どうやら今回も仕事は成功したらしい。

「済みましたか?」

 感情を窺わせない声でダヌシュカさんが訊く。私は水死体の冥福を祈り、ダヌシュカさんに合図して、帰路に就いた。私自身は泥人形ゴーレムのように体が重い。


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