第7話 プラハ城


 昼食は、聖ミクラーシュ教会を出て直ぐのレストランで。

 此処で出てきたビールはブドヴァイゼル・ブドヴァル。ブドヴァイゼルは数百年前からのビールの名産地で、アメリカのビール・バドワイザーのもとにもなった。当然と云おうか、二十世紀初めに両社の間で商標権を巡る争いが起こった。結果、アメリカのバドワイザーは欧州の多くの国でその名を名乗れず、チェコのブドヴァイゼルは北米でその銘を使えない。味は、特に似てはいないと思う……が、呑み較べた訳ではないので断言はできない。

 因縁のビールのお伴の料理は、またしてもグラーシュだ。チェコ名物とは云いながら、実はこの料理はハンガリー起源とのことで、この店ではハンガリー風のものを味わえる。ハンガリーではグヤーシュと呼ぶのだそうだ。こちらのグラーシュは煮込み肉ではなくミンチが入って、ほのかにミントの味がする。白いもっちりパンのクネドリキは、ここでもやはり付いてきた。



 昼食後、再びトラムを乗り継ぎ丘の頂上からプラハ城に入城した。欧州随一の広さと古さを誇るこの城は九世紀の創建以来歴代王家の居城となって、現在は大統領府が置かれている。

 門を抜けるといきなり現れる聖ヴィート大聖堂の威容が圧巻だ。正面には巨大な円形のステンドグラス、天を摩すふたつの尖塔。見事なゴシック様式の大伽藍である。十四世紀に建設が始まり、完成したのはなんと二十世紀。この巨躯が昨日、川向うの旧市街から見えていた訳だが、これなら遠く離れていてなお畏怖を感じるのも道理だ。

 中の様子にも圧倒される。広大な空間、頭上には穹窿が幾つも重なり合う天井が何處までも続き、壁には色とりどりのステンドグラス。新旧様々の見事な絵画と彫刻が惜しみなく配される中でも、ミュシャ(チェコ語の発音では「ムハ」)のステンドグラスが人気とのこと。

 大聖堂のあと聖イジー教会に入ると随分ささやかに見えてしまうが、此処は城内最古の教会らしい。装飾品も少なく、素朴な造りが却って宗教心を喚起するのか、座って祈りをささげる欧州系の旅行者たちの姿が目立った。

 聖イジー教会からさらに下って左に折れると、「黄金の小路」に入る。元々は衛兵の住居が並んでいたというこの小路は、その後一般人の住むエリアに再編され、現在はパステル調の壁がメルヘンチックな土産物屋や展示スペースに変じて、愛らしい観光コースになっている。その一部屋をカフカの妹が一時期間借りし、カフカも住んでいたのだ。

 嘗てカフカの住んでいた部屋は、今は壁が青色に塗られて、カフカにちなんだ小物などのならぶ土産物屋となっている。部屋のなかはごく小さく、ベッドと机を置いたらそれだけで埋まってしまいそうなほどだ。城域内のこの狭い部屋で、カフカは労働保険事務所を退勤後、明け方までの時間を執筆に勤しんでいたのだろう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る