二日目 火曜日

第5話 フレビーチェクとトラム


 ホテルで軽い朝食も提供してくれるようだが、折角なので街へ出て店をあさることにした。

 道は多くが石畳だ。何處からか、旅行者の牽くスーツケースの車輪が石に当たって立てる音が、中世の香りする建物の間を抜けて届く。

 角のベーカリーからはイートインの席が路にはみ出している。のんびりパンを食べている老夫婦は住民なのか、旅行者なのか。似た店を三軒ほど通り過ぎたところで、とりわけ賑っているベーカリーに飛び込んだ。店内では客たちがパンを手に手に、立ったままスタンドに集う。どうやらお手軽・安価な点が人気の主因であると想像させる光景だが、味も人気の一因であろうと勝手に決めつけ注文する。注文と云ってもカウンターの向こうに置かれた品を指し簡単な英語を添えるだけだ。幸い店員には意図が通じたようで、希望通りの品を取ってくれた。

 希望の品とは、ハム・チーズ・卵・野菜が乗ったフレビーチェクと、ついでにブランボラーク。精算をして、立ち食いスタンドへ向かう。


 フレビーチェクは、チェコ版サンドウィッチと云えば近いだろうか。ただし、サンドするのではなく、スライスしたバケット一枚の上に具を載せたもの。結構な大きさで、一口で片付けると云うわけにはいかない。しかも具はたっぷり載っているので、注意して食べないと崩れてしまう。なかなかの食べ応えだ。プレーンのバケットのほか、大麦パンをスライスしたものもある。焼いても美味しいと思うし、頼めば焼いて貰えそうなのだが、今回はそのまま食した。勿論、そのままで十分旨い。

 ブランボラークは砕いたジャガイモを固めて揚げたものだ。幾つかヴァリエーションがある中で、私が頼んだものにはブロッコリーが練り込まれており、やや苦い。塩を振りながら食べていると、相席の中年女性からタルタルソースをけて頂いた。チェコ語で話す内容は正しくは分からないものの、きっとこの方が旨いと薦めてくれているのだろう。慥かに随分食べやすくなった。しかしたら此の女性の親切心も、味を調えるスパイスになったのかも知れない。



 食後ホテルへ戻り、ロビーでダヌシュカさんと合流する。今日は一日、王道の観光名所を案内して頂けるとのことで、有り難くお言葉に甘えることにしたのだ。

 最初の目的地は川向う、小高い丘の上だ。移動は街を縦横に走る路面電車であるトラムに乗って。チケットはダヌシュカさんが購入してくれていた。


 このチケットのシステムが特徴的だ。切符の金額設定は区間ではなく、時間制。30分から、24時間、72時間などの種類がある。時間中であれば市内のトラムも地下鉄も乗り放題だ。当然、乗り始めには駅で使用開始日時を打刻しなければならないのだが、それをしないで無賃乗車する不心得者も中にはることだろう。なにしろトラムに改札はなく、路上のバス停のような駅で乗客が乗り降りする際、チケットを誰に示す必要もないのだ。地下鉄の入口も、チケットに日時を打刻する機械が素っ気なく置いてあるだけで、既に打刻したらしい乗客は皆素通りしていく。これでは無賃乗車もやり放題というものだ。そのため頻繁に検札があるらしいのだが、結局私は滞在中一度も遭遇しなかった。

 実際のところ無賃乗車があるのかどうか、私は知らない。何れにせよ、そのリスクを除けば、極めて便利で使いやすい仕組みだ。

 なお、ダヌシュカさんによると、住民はスマートフォンに専用アプリを入れて、ほぼ年中無休で利用できるようにしているとのこと。


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