第4話 カレル橋とグラーシュ


 フス像を右に見ながら天文時計の前を横切り、観光客と彼ら目当ての店で賑わう通りをカレル橋へ向け歩いた。この通りは「王の道」と呼ばれている。戴冠するとき王がこの道を通ってカレル橋を渡り、プラハ城へ入城していたのが名の由来らしい。

 おそらくボヘミア王として最も高名なのは、カレル一世だろう。即ち神聖ローマ帝国皇帝カール四世である。彼の治世下で建設の始まったのがカレル橋だ。完成は十五世紀初め、その後四百年間、旧市街からプラハ城側へと渡る唯一の橋だった。橋の欄干には三十体もの彫刻が並び、人々の目を愉しませる。プラハに来て訪れない者はいないであろう、天文時計と双璧を為す名所である。

 橋の両端には塔が立ち、橋へ出るため人々はその下を潜る。午後の橋は混雑も一入ひとしおだ。その人波に私もいて、塔の下を潜った。石畳の橋の上は城へ向かう人たちと旧市街へ向かう人たちとでごった返している。アクセサリーを売る人、肖像画を描く人、中国人団体客を先導するツアーガイド。橋の半ばまで来て振り返れば、塔の威容の先に青い空がひろがっている。



 夕食前に再びダヌシュカさんと合流し、新市街側の居酒屋ホスポダに入った。

 席に着きメニューを開くと、書かれてあるビールはスタロプラメン一択。これもチェコを代表するビールの一つで、プラハ南方の産だ。流石ビール好きの国だけあって、チェコには世界に誇れる良質のビールが幾つもあるが、一つのレストランでそれらを呑み較べることは、基本的にはできない。一つの店に一つのブランド、というのが此の国の流儀らしい。(尤も、日本にも同様の商慣習は見られるから、さして珍しい流儀ではないのかも知れない)。


 スタロプラメンは、午餐ひるのウルケルに比べると味が濃い印象だ。料理もそれに負けない、力強い味がいいだろう。

 そこで択んだのはグラーシュだ。チェコの名物ビーフシチューで、パプリカを溶けるまで煮込んでいるのが特徴。皿の中央にはやはり念入りに煮込まれとろとろになったフィレ肉が存在感を発揮している。ナイフを入れると手応えの柔らかさは、切れると云うより崩れると云った方が近い。口の中でも柔らかくほどけていった。当然と云う顔でクネドリキ(チェコの白パン)が付いてくるが、この店のものは香草が練り込まれており、少し緑色がかっている。口に入れると香草がつんと鼻に抜けていい刺激だ。

 付け合わせはウトペネツ。ソーセージと野菜の酢漬けで、名前の意味は水死体。不吉な名だが、瓶の中に漬けられた姿を見れば、そうなづけたくなる気持ちも理解わからないではない。


 それにしても、チェコ料理は名前を聞いても料理の姿や味を想像できないことが多い。

 錚々たる欧州料理の中で競争を勝ち抜き名を馳せる道が険しい処へ持ってきて、表す言語がスラヴ語系で、ラテン語・ゲルマン語とは親和性が低いと云う事情が拍車をかける。てて加えて、ウトペネツに代表されるようなネーミングセンスだ(一部の人には強烈に印象づけられるだろうが)。

 ちなみにこのソーセージ、如何どんな味かと思われるだろうが食べてみると普通に美味い。酢が主張し過ぎるでもなく、ほどよい酸味。皮が分厚く、ナイフが通りにくいのもとんがり具合が小気味いい。おおらかな品質管理なのか、頑丈な皮が好まれるのか、これが生まれた背景迄は分からない。


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