第2話 ホスポダとピルスナー


 ホテルは旧市街の一角にあった。チェックインし荷物を置いた後、ダヌシュカさんの案内で近くのホスポダへ向かう。ホスポダとはチェコの居酒屋と思えばい。入った店は、チェコ郷土料理が旨くて特にお薦めなのだとのよし


 席に着けば、まずはビールだ。チェコはビール大国で、国民一人あたりのビール消費量は世界一と云われている。店内は昼からビールの客たちで溢れている。郷に入っては郷に従え、のおしえにしたがい私もビールを消費しよう。

 出てきたのは、ウルケルピルスナー。実はウルケル社は日本の某ビールメーカーの傘下にある。だから日本人の喉にも合うのかとも思ったが、流石にそれは牽強付会と云うべきだろう。そもそも日本のビールは悉くピルスナースタイルなのだから、それに慣れた日本人が旨いと感じるのに不思議はない。

 ウルケルはピルスナービールの元祖だ。ピルスナーとは同社発祥の地プルゼニ(ピルゼン)に由来する名であるらしい。十九世紀半ば、此の地の軟水を使い安価で良質なビール製法が編み出されたのがビールの革命となった。ところが彼らは製法特許も商標登録も、思慮が至らなかったのか実施しなかった。そのため他が自由に模倣・追随し、遂にピルスナーの味と製法と銘とは世界中に広がった。それが幸であったのか不幸だったのかは知らないが、世界のビール党たちには紛れもなく僥倖であったと云えよう。


 ほどなく出てきた料理はスヴィーチコヴァー。煮込んだ牛フィレ肉がクリームソースに浸かっているものだ。そこにクネドリキと呼ぶ白パンがついてくる。もっちり食感で定番のパンは日本人にとっての白米と同じで、チェコ料理には欠かせない。二片ふたきれか其処らで優に腹が膨れる。

 つづいて出てきたのは揚げチーズ。これにはタルタルソースをかけて食す。付け合わせのポテトは皮ごと茹でたものが十個とおばかり。タルタルでもいが、シンプルに塩をかけて食べるのも旨い。

 昼からビールが進んでしまう。二杯目は黒ビールにした。はコゼル、これもウルケル社の製品らしい。黒ビールにしては癖がなく、飲み易い。黒ビール好きにはやや物足りないかも知れないが、私は悪くないと感じた。


 昼食をえると、ひとりで大丈夫だからとダヌシュカさんとは別れ、独り街を歩くことにした。個人的趣味全開の観光にお付き合い頂くのは公私混同だろうと考えたのが理由の一つ。今一つは、誰に気兼ねすることなく、自分のペースで静かに街を歩きたいからだ。

 ヴルタヴァ川沿いをゆっくり歩くと、川岸には遊覧ボートが二隻接岸されて、三々五々、客が入っていく。先刻さっき見たボートはあれだったのだろうか。他所見よそみするうち橋を一つ通り過ぎる。その先にも二つ橋が見えている。

 川の向こう、橋のたもとから見上げる城は緑なすおかの上に映えて、堂塔の聳え立つ姿に圧倒される。嘗てカフカも同じように此処を歩いて、心打たれたのだろうか。彼は『城』と後に友人が名づける小説をノートに書き綴っていた。小説の中で技師Kは、何時までも城の内部へ辿り着かない。そしてカフカは、この小説を何時までも書き上げることがなかった。未完であることさえもがこの作家と作品にとっては、うでなくてはならない完成形であったかに思えてならない。


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