第7話 3月の第4木曜日

 同じ時間のバスに乗るのが女々しいのか、時間をずらして優作に会ったら気まずいのか、自分でもわからず、それでも今日も同じバスに乗った。


 いつもの停留所を窓からさりげなく見ると、そこに優作の姿があって、オレの心臓が一気に

脈打つのを感じた。


 優作はバスに乗り込むと、似合わないへらへらとした笑顔でオレの隣へとやってきた。どことなく気まづそうだった。


「優作先生、久しぶりだね」

「ああ……そうだね」


 オレが声をかけても、そう答えるだけで、話を続けようとしなかった。雨が窓に当たって雫が垂れるのをじっと見ていた。


「……なあ伊藤、今日は会議も遅いし、次の停留所で降りて二つ分歩かないか?」


 優作が右手で吊り革を掴んでいる。何となくオレには全てがわかる気がした。バカのくせに自分のそういう勘の鋭い所に嫌気がさした。


「いいよ」


 聞いたこともない気がする停留所に2人で降りた。バスを降りながら傘を差す優作の左手に光るものがあって、オレはその瞬間に泣き出しそうになった。


「……それ」

「ああ、うん、結婚したんだ」


 それから少し気まずそうに優作は笑った。もっと嬉しそうな顔をしてオレに報告をしてくれれば。あるいは。

 

「……オレさ、優作のこと」


 あとは口が勝手に動いていた。傘でこの顔が見えなければ。


「……ほんとは」


 その瞬間、唇を柔らかい皮膚が触れた。優作の手がオレの口元を押さえていた。


「……ありがとう、でもそれは言わないで欲しいんだ、本当にごめん。オレも伊藤とのバスが楽しかったんだ、だから、ここまでなんだ」


 優作の手が外されると、口が急に冷たい外気にさらされた。まるで無防備な自分に、足元も覚束なくて、立てているのかすら不安になった。


「……来月引っ越しをするんだ、だから今日でバスに乗るのも最後だったんだ」


「ここまで、てなんだよ。バカなオレに説明してくれよ」


 そういうと優作は困ったように笑った。


「ボクは自由な伊藤の感じがいいと思うよ、だからごめんな」


 優作の笑みはそれ以上の言葉を拒絶していた。バカなオレにわかることは、失恋したというそのことだけだった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

第4木曜日のバス ウミガメ @umigame_23

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ