第51話 恐れなきこと

「ノクトルナ様は!? 術師団長はどこにッ!?」


 平穏なはずの王宮に、怒号のような悲鳴が響く。

 いや、それは悲鳴ではない、たった一人の名を呼ぶ懇願。


「何があった!?」


 声を上げる彼女の側をすれ違った騎士が問う、それを見て、名を呼ばれたリラは立ち上がった。何せ、彼女は、紛れもない、『鋼の乙女』だったのだから。


「ノクトルナ様は!? あの方のお力がッ!」

「私はここです、一体何が……?」


 前に座っていたミアが不安そうにリラを見上げる。それを気にせずにリラは問うた。

 今の所、食堂に駆け込んできたのは彼女ガリアだけのようだ。

 しかし、この焦りようは只事ではない。ディレに何もなければいいが。


「副団長が、森に! 大蜘蛛キラーバイトがッ!」

「キラーバイトだとッ!?」


 問いに答えてもらえなかった騎士が、驚きと共にガリアに駆け寄る。

 肩をつかんで確認する。


「本当なんだな?」

「……レイラが今、治療中で……残った二人がッ!」

「———二人!?」


 その言葉を聞いて、リラは食堂のテーブルに手をつく、「彼女と残った」ガリアはそう言った。リセッタと残る可能性があるのは、正義感の強いセイリンと、実力のあるディレだ。

 しかし、ガリアのあの焦りよう、彼女達だけで帰ってきたとは考えにくい。それに、ディレも帰ってきているのなら、リラの所にかけてくるだろう。

 何せ、リラが必要と、ガリアはそう言ったのだから。


「ディレもそこにいるのね?」

「はいッ! 二人が……囮に……!」


 息を切らして、必死に訴える。よく見ればその鎧には、所々に血液がこびり付いている。それほどまでに重症者がいるのか、だとするそのキラーバイトとは一体……?


「今行く、ミア、ごめんね、後の報告はお願い」

「あ……ノクトルナ様!!」


 呼び止めるミアを無視して、リラは出口へと駆ける。心が痛むが、緊急だ、丁寧に済ませられる事態ではない。

 ガリアが取り乱しているのを、騎士が宥める。そこに、容赦なくリラは問いを投げる。


「場所は? 数は?」

「『ブレイカの森』付近で……数は分かりません」

「わかった、ハイズさん、着いてきてもらえますか?」


 ガリアに並ぶ騎士を一瞥して、リラはそのまま部屋を出る。

 頷くことなく理解した騎士は、その後を追う。


「術師団長、私が着くのは構いませんが、騎士団を向かわせるのは?」

「わかってる、その暇がないからあなたにお願いしたいの、アルに話して、私はこのまま森に向かう」

「承知しました、しかし、お一人では……」

「向こうにディレがいるなら大丈夫、私の心配はしないで、アルに報告したら、ガリアの側にいてあげて」

「———ッ! ……あなた様はどこまで……ご武運を」


 廊下が分かれ道に差し掛かり、ハイズは騎士寮へと駆けていった。

 リラはそのまま廊下を駆け抜け、階段を降りる。

 リラの運動神経で、間に合うのは不可能に近い。だからこそ彼は単独を心配したのだろう。


 以前のリラなら、恐らく無しでは到底間に合わない。

 だが、今は違う。


 術師団に入ってから、リラは自身の術を研究した。

 今までは知っているものを知っている通りに使っていた。

 しかし、ディレは違った。


 フランケル戦で、リラの魔力を使い、それを最大限活かした。

 本来なら彼女は扱えないはずの呪術を、何故彼女が行使できたのかは未だ判明していないが、恐らくは、魔力による何かの繋がりのようなものがあったのでは無いかと考えている。


 あの後、巡回中に出会したモンスターに対して、ディレが行使しようとしたが、術は扱えなかったらしい。

 本当に、単なる奇跡だった。


 だが、その奇跡から得られたものは大きい。


 リラが今までしてこなかった、“応用”という大きな収穫を得られた。


 気づかなかったとは少し違う。見ないふり、、をしてきた。

 やろうと思えばいつでもできたはずだ、しかし、リラはそれをしなかった。

 呪術をこれ以上発展させ、新しい道を開く。それは、フランケルの行いとなんら変わりなかった。


 リラは、魔女と呼ばれることが怖かった。


 しかし、今は違う。リラは、呪術を誰かのために使うと決めた。

 そのためなら、だし惜しみはしない。そうせずに足りなかった時、リラは自分を許せないだろう。


 その研究の末に、形だけ完成した術。


「「ウィンド・ブーツ」」


 掌を自身の足元に向け、周囲の大気を縛り付け、自身の支配下に置く術。

 そして、それを爆発させる。

 爆発的な速度で身体が跳躍し、王宮の外へと飛び出す。


 飛翔術、といえば聞こえはいいが、その実風に押されているだけの追い風状態なだけ、その上リラには大した体術も会得していないため、なんとか方向転換するのがやっとだ。

 推進力が落ちて、地面に足がつく寸前、もう一度爆発させて、跳ぶ。


 空気を割いてリラは駆ける。紺色の髪をたなびかせ、普段はあまり伺えない瞳が露わになる。

 普段よりも何倍も鋭く細められたその瞳には、もう恐れはなかった。

 旗めくローブが空をはたき、王国術師の参上を森に知らしめる。


 リラ・ヴァリタ・ノクトルナは恐れない。

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