夜の民の悲願《アルカディア》
第49話 術師の孤独
優しく慰めるような月明りが、窓辺から零れ落ちている。
そんな淡い光が照らすのだから、面倒な書類の山でさえ、何か神聖な気配を宿しているように思える。
叙任式から数日後、リラは与えられた一室で、ぼうっと月を見つめていた。
別に、何か落ち込むようなことがあったわけではない。
むしろ、術師団で持て囃されて、いい気にされまくられた。とはいえ、そんな誉め言葉を素直に受け入れるのが苦手なリラは、本心ではどこか違うと感じていた。
称号を手にしたからと言って、それを振りかざす人間ではいたくない。
王国において、称号とは家名よりも大きな意味を持つ。
一たび国王より名が与えられれば、それは一夜にして王都中に広まり、国民の注目を集めることとなる。
それだけ栄誉の有ることであり、それだけ責任の伴うことだ。
その責任を背負えるものとして、リラに並ぶ、いや、リラよりもよっぽど責任感の有る者が、名を与えられている。
『戦場の通り雨』フレイユ・コリンズ
『重装の乙女』リセッタ・フライン
『疾風の正義』アルバーン・ニーウィッド
壮観だ、どれを見ても見合うだけの力があると納得できる。
フレイユに関しては、とある戦場で身を削りながら治癒術を周囲に開放して自らも駆け回ったことからきているらしい。
本人の口から所以を聞いた時は驚いたが、当の本人は平然と微笑んで見せた。
『団長の方が余程活躍されていますよ。村人を救い、国王をも救われたのですから』
と。
そして、そんな騒然たる面々の中に名を連ねるのが、自身、
『奇跡の祈術師』リラ・ヴァリタ・ノクトルナ
というわけだ。
期待と責任。その重さは、少なからず知っている。村を守っていた時も、似たようなものを抱えていた。
しかし、今度はそれが、王国の民全てなのだ。流石のリラも、疲弊する。
称号が国中に広まるのは、その名を宣言した国王自らの拡散による。
周知の事実にし、英雄の誕生を祝福すると共に、称号を持つ者に威厳を持たせるため、だというらしい。
正直、リラにはもとより威厳など持ち合わせていないため、目つきを悪くするでもしない限り、手に入りそうにない。
「ノクトルナ様、お食事の時間です」
どうしようもない思考に耽っていると、部屋のドアが叩かれる。
透き通った声が、夕食時を告げた。
「ありがとう、今行く」
簡潔に応答して、腰かけていた椅子から立ち上がる。
少し声を張り上げないければ、扉の向こうの彼女には届かない。
部屋が広すぎる。
リラは、術師団長とい立場上、術師寮の一番広い部屋を与えられたわけだが。
正直、他の術師と同じく相部屋の狭い方で良かった。
国王の謝罪の意味もあるのだろうが、リラとしては落ち着かない。
確かアルバーンも団長として騎士寮に似たような部屋を与えられているはずだが、やはり落ち着かないのか、彼は自ら相部屋を選んでいた。
彼の性格だ、騎士達に拒まれることもなく、和やかに過ごしているのだろう。
リラも、そうできなくはないのだが、ノクトルナという名が、
恐らく頼めば了承してくれるだろうが、どちらかというと命令的な意味を帯びてしまうため、大人しく諦めた。
ディレが居てくれれば、この部屋も少しは窮屈に感じるだろうか。
彼女は騎士になったため、こちらの術師寮では過ごせない。
そして、彼女は女騎士、『鋼の乙女』だ。単なる騎士寮ではなく、専用に用意され別区画で、男子禁制の部屋で過ごしている。
個室が用意されているため、他の女騎士たちと会話をする機会は少ないはずなので、心配する必要もない、それに、リセッタもいる。
「仕方ないよね」
術師団になると言ったあの時の自分を、ほんの少しだけ恨めしく思いながら、リラは私室の扉を開ける。
「お疲れ様です。ノクトルナ様」
「ミア……敬語はやめてって言わなかった?」
「申し訳ありません、しかし、国王陛下の意向ですので……」
「……まあ、それは許してあげる。代わりに、一緒に食べよ?」
「え……」
戸惑いながら目瞼を瞬かせている彼女もまた、団長に叙任されたときに与えられた。
ミア・リベラ
王宮使用人の一人であり、普段は王族の世話係として働いている。
それなりに栄誉の有る仕事をしていた彼女、リラの付き人にしておくにはもったい無いのだが。
「……一人じゃ寂しいの、術師の皆は、『恐れ多い』っていって離れた所で食べるし、今日はフレイユさんも居ないし」
術師、騎士は、共に同じ場所、食堂で食事をとる。
入室時間は大まかに決まっているので、基本的には騎士と入れ替わり制だ。
そのため、アルバーンとはすれ違いに会える程度で、食事をとることはできない。
ディレ達『鋼の乙女』は術師団とまとめて同じ時間になっているが、生憎今日は王都周辺の巡回当番だ。
唯一術師団内で同立場に会話のできるフレイユは、今日は国王直々に命ぜられた仕事で出かけている。なんでも、フランケルの術により、未だ凶暴化しているモンスターの討伐を任せられた衛兵隊で負傷者が多数出ているとのことだ。
増援よりも先に負傷者の手当に遣わされたらしい。
団長であるリラにも似たような任務が任せられることが二度ほどあったが、それはあまりにも重症である場合や、“呪い”の解呪が必要な場合だ。
フランケルがなぜモンスターを凶暴化させたのかは定かではないが、少なくない数のその中に、数種類呪いの行使を許された種が存在する。
恐らく、フランケルの仕業だろう。
その呪いの多くが、放っておくと死に至るものであるからタチが悪い。
「陛下には、ノクトルナ様の好きなようにと仰せつかっていますが……」
「……私、嫌われてる? 確かに、『破滅の魔女』は私だったけど」
「ち、違! 違います! 決してそんな失礼な考えは! ……ただ」
「ただ?」
仕方ないかと肩を落として、少し自虐に入りかけたリラ。その顔を見て、慌てて腕を振るミア。
ぶんぶんと首まで振る者だから、思わず口を開けて硬直してしまった。
そこまで否定されるとかえって、申し訳なくなってくるというもの。
「その……ノクトルナ様には、許嫁がおられるはずで……」
「え……?」
すっかり萎縮して、縮こまってしまった。なぜか顔まで赤くなりかけている。
困ったように眉を顰めているミア。その真意を測りかねたリラは、疑問符を問いに変える。
「どういう意味?」
「いえ、その、私なんかと食事など……ニーウィッド様に申し訳が……」
何かと思えば、そんなことだった。
いや、彼女の立場を考えれば、当然か。なぜなら、リラとアルバーンが許嫁だと言うことは、国王を介して王宮では周知の事実となっている。
一貴族であり、騎士であるアルバーン。そして、末代とはいえ貴族の端くれであるリラ。王に仕えるものとしても、相手にするには少々荷が重いと言うことだろう。
だが、リラも、そしてアルバーンも、そんな些細なことは気にしないだろう。
それどころか、心配性な彼のことだ、リラが一人でいることを気にしているはずだ。
「……それなら大丈夫よ、アルはそんなこと気にしないし、それに、私だって」
「……ノクトルナ様。しかし……」
それでも、未だもじもじと身体を揺する。仕方ない、この手だけは使いたくなかったが、彼女との交流を深めるにも致し方ない。
「側付きに命令します———私と食事をしよう?」
「……命とあるならば……承知……致しました」
いささか濁った返事ではあるものの、了承を得られた。命令という手順を踏む故、彼女に拒否権は殆どない。だからこそ、内容は質問にしておいた。それは、リラのせめてもの抵抗だ。
「では、行きましょうか」
「うん」
ぎこちない関係の新たな主従は、それでも足取りを揃えながら、食堂へと向かった。
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