第47話 理解ある逃避

「もちろん、存じております」


 当然のように首肯したフレイユ。それどころか、つい先程まで頭を下げていた術師達まで、頷く始末。ライルは有名人などではない、そう記憶しているが、違うのだろうか?

 確かに、リラはあまり両親との記憶がない。幼くして亡くした、、、、というのも一因ではある。しかし、それだけが理由ではない。


 リラは、フランケルの元で、呪術の研究に付き合わされていた。自身では行使できない術などを、リラを使って試行していたのだ。当主であったフランケルに逆らえない両親は、渋々リラを差しだしていた。

 それを呪いはしない。だが、フランケルの傀儡となっている間は、当然両親とは会えない。結果、あまり二人の記憶はないのだ。


「ノクトルナ様の御父上だということも。――――我々術師団は、ノクトルナ家を尊敬しているのです」

「尊敬……?」

「はい、元々は魔法に秀でた一族、その才能はどの代も目を見張るものがあり、我々もその助言に預かってきました」


 確かに、ノクトルナは魔法によって栄えた一家。その高い才があったからこそ、呪術の研究が許された。リラは知らないが、祖先は、王国に忠を尽くした人間も居たのだろう。


「でも、私は……」


 呪術師、魔法使いでは決してない。彼女らが尊敬するのは、魔法を使うものとして最高位に居る、ノクトルナ自分以外の人間のこと。リラのような堕ちている者ではないはずだ。


「いいえ、我々はお家いえ以上に貴女様を尊敬しているのです。その類まれなる術の才能により、国王を、村の者を、そして騎士団までもを救ったと聞いています。もちろん、お家も以前より尊敬しておりましたが」

「お言葉はありがたいですけど、私はそこまで想ってもらえる程の人間じゃありません」

「そう謙遜なさらずに、代々我々術師団は、ノクトルナ家の方に助言をしていただき、時には一員として加わって頂いていた。それが今、また実現したのですから」


 熱く語るフレイユに、少しばかりついていけないリラ。しかし、彼女の意思は伝わった。これ以上何か反論するのは流石に子供だろう。

 正直、リラは拍子抜けしていた。リラは、彼女らに嫌煙されると思っていたのだ。

 だってそうだろう、最悪の術師が、王国の最高峰ともいえる一団に加わる。

「魔女が術師団と共に国を守ろうなどおこがましい」ぐらいは言われると思っていた。いや、『破滅の魔女』の名からすると、それはまだ可愛いくらいだ。

 それなのに、何だ? 彼女らは、微笑を向けながら、リラを見つめる。


「ノクトルナ様、一つよろしいでしょうか?」


 周囲の理解できない反応に戸惑い、口を開けずにいるリラに向かって、一人の術師が声を掛けた。目くばせで副団長に許可を取った彼女は、おもむろに語りだす。


「団長……いえ、副団長から聞きました。貴女様は、過去を嘆いていらっしゃる。過去を見つめ続けている」

「――――ッ!」


 何を、何を唐突に語り出す。


 思わぬ死角から、心中を言い当てられ、図星なリラは一歩後ずさる。しかし、その行為は意味を成さない。周囲は彼女を見つめる術師が囲んでおり、逃げ場など何処にもない。

 違う、逃げるつもりなんてない。ただ、触れられたくない所を、遠ざけたいだけ。


 それなのに


 彼女もまた一歩踏みだしてくる。そして手を差し伸べる。

 今まで、リラが出会った人々にそうしてきたように、今度は他人がそれをする。


 それは、リラに向けられるべきではないのに。それは汚されるべきでない。

 その優しさは、リラの物とは違う。自分の、薄汚れた、罪滅ぼしに服を着せた薄っぺらい優しさではない。挫けた誰かを救う、そういう優しさだ。


「もう、過去を見つめるのはやめにしませんか? 忘れることなどできないのは承知です、ですが、時には誰かのせい、、、、、にするのも、また重要ではないのですか?」

「ぅ…………」


“誰かのせい”それは、他人に責任を押し付ける、最低で最悪な心の赦し方。自分は関係ないと逃避し、苦しさから逃れる手法。

 卑怯者の代名詞とでもいえようか。だが、それで得られる自由も、束の間の物でしかない。結局、罪悪感に苛まれ、地獄を見るのは当人。


 確かに、卑怯者、、、には相応しい。


 あの日、両親を見捨て、他人を焼き、自分だけが助かった。


 反省もせずに、贖罪もせずに、のうのうと生きている資格などない。


「違います」

「―――?」


 自責に逃げる、、、思考に身を委ね、現実から遠ざかりかけた意識を、明確な否定が引き戻す。

 微睡みを掴みつぶされたかのような感覚に陥り、その余韻から逃れられないリラに向けて、未だ名乗らない術師は言う。


「苦しい時、辛い時こそ、逃げていい。誰かのせいにしたって構いません。誰もそれを責めはしない。――――ノクトルナ様は、それ以上に、ちゃんと理解ってわかっておいでなのですから」


「――――ッ」


 漏れ出る息、漏れ出る声。自身の後ろ向きな考えに、冷や水を浴びせられたような感覚。リラの間違いを正すことなく、救いを提示するように諭す。


「私達だって人間です、ノクトルナ様のように間違うこともある。貴女のように、後ろめたい過去がある者も居ます。全ての不幸が、貴女に降りかかっているわけではない、『破滅』は、訪れてなどいません」


 この場では、或いはリラには、誰よりも力強く、頼もしく鼓膜を打った彼女の言葉は、僻みすぎたリラの心を漱いだ。


 そこまで親しくもなく、戦いを共にした訳でもない彼女ら。

 今日出会ったばかりの彼女らだからこそ、慰めでも、お世辞でもない説得力が、リラの心を、魔女に堕ちかけていた彼女を救った。


 溢れ出た雫を、通したばかりの袖で拭ったリラは、数少ない満面の微笑を、彼女らに向けた。


「ありがとう……ございます……」

「礼には及びません、私達は、貴女様の笑顔を拝見できただけで、幸せの限りです」


 いささか言い過ぎな硬い謙遜が紡がれて、どこか可笑しさを感じたリラはまた笑う。


「さあ、ノクトルナ最後の御方にして、我らが団長、、、リラ・ノクトルナ様の叙任式だ。皆、準備はいいか?」


 暖かな空気に包まれた更衣室、頃合いを見たフレイユが、術師達にそう声を掛ける。

 一斉に立ち上がった一団は、口々に完了の声をあげた。


「「「はっ」」」

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