第46話 意外な邂逅

 賑やかな雰囲気の漂う昼間の王宮。人々が集い、その期待に胸を躍らせる。あれから翌日、リラは王宮にて着替えをしていた。

 共同の王宮更衣室では、複数の女性がその身を儀式用の衣服に包み、備え付けられた鏡で身なりを整えている。


「ノクトルナ様、ご準備は?」


 そういって、自身が羽織るローブのフードを正した女性。すらりとした肢体に、くっきりとメリハリのあるラインが少しリラを嫉妬させる。その身体の期待を裏切らない、整った顔立ちの女性は、次いで周囲の女性に集合をかけた。


「さあ、ノクトルナ様の準備が出来次第、私達も式場に向かおう」

「あの、これ、本当に合ってます?」


 自身を包む拙い布を摘まみながら、リラは不安を隠さずに女性にそう訴える。ツヤのある濃紺の生地に、金色の紋章刺繍が施された簡易的なドレス。体にしっとりと纏わるそれは、リラのシルエットをこれ以上なく協調し、自信の無い部分まで隠すことができない。

 その上からローブを羽織るとしても、リラにしてみれば寝巻姿を見られる方がマシなくらいだった。何より、この姿を今からアルバーンに晒さねばならないのだ。


「何を仰いますか、リセッタ殿が貴方様のために特注させたものです。我々と見た目はあまり変わりませんが、長さ、生地、着心地など、全て妥協なく仕立てられております」


 余計なことを、と思わざるを得ない。あのリセッタのことだ、騎士寮でディレが似たようなこだわりの服を着させられているに違いない。自分はこちらで良かったと心中で息をつく。あの服好きな騎士が隣に居ては、着替えの邪魔にしかならないだろう。


「……わかりました。でも、なんで私がこんなに凄いものを?」


 リセッタが用意させた、それはいい。もう何も言うまい。しかし、何故にこれほどの待遇を受けるのか? それがリラには理解できなかった。

 昨日、国王が口にした言葉、その真意を聞かされることなく、一行は王宮にて部屋を用意されることになった。とはいえ、騎士団である三人はもとより自分の部屋を持っているわけだが。


 危機を救ったもてなしをしたい、などという絵本の中のような展開はなく、ただ「明日を待て」そう告げられただけだった。

 英雄への待遇は、それ相応の物を用意する、と。


 正直、リラの申し出である術師団への加入は却下されてしまうのではないかと心配ではあったが、こうしてその術師団の制服とも呼べる式服に袖を通している。

 騎士団、術師団ともに王宮から与えられる衣服は二種類あり、一つ目がこの式服、礼服とも呼べるもの。

 そしてもう一つが、騎士団は鎧と戦闘服、術師団は、魔法の威力を軽減させる防火性のある戦闘服とローブだ。


「それはこの後、すぐにでもわかるかと」

「……フレイユさん、ならもう一つ。……あなた達はなんでひざまづいているの?」


 先ほどのフレイユ、、、、の集合により、秒速で着替えを済ませた女性たち――――否、術師達は、なぜか更衣室の中で円を作るように、リラとフレイユを中心にしてこうべを垂れていた。

 いっそ不気味なほどにキレイに揃えられた高さの頭部は、色とりどりの髪色で壮観だ。


「――――何もお聞きになられていないのですね?」

「聞くも何も、朝起きたらフレイユさんが式の準備があるからって……」


 そう、決してリラはこれから起こることを理解しているわけではない。何もわからない状態で、ただ服を着替えただけだ。とはいえ、概ねの推測はできる。目の前にいるのは、“王国術師団副団長”フレイユ・コリンズ。そして、今しがた袖を通したばかりの王国印紋章付きのローブ。


 恐らく、国王の計らいにより、正式に術師団への加入が認められた。そんな所だろう。

 しかしだ、もっと小規模に済ませればいいものを、どうしてここまでする? 組織に一人人間が増えるだけなら、簡単な挨拶をすればそれで済むのではないだろうか?

 そう、そうだ。リラは、未だ彼女らに向けて挨拶すらしていない、、、、、、、、、。名乗ってすらいない、それなのに、フレイユはおろか、他の術師もリラのことを知っているような様子だ。


「私が許されているのは、貴方様が我々術師団に迎えられたということ、そして、我らが貴方様を歓迎していること、この二つだけです」


 申し訳なさそうに目をそらしながら、長いまつ毛を伏せる。しかし、瞬きをすれば視線はこちらに戻っていた。


「……そう。なら、何故あなた達は私を? 私はあなた達……皆さんを知らない」


 訂正を加えながら、首を振る。先ほどフレイユの肩書きを踏まえて思考したばかりだが、リラは彼女が副団長であったなどとは知らなかった。リラは王都に足を運ぶことはあれど、その内情について深く知る機会はなかった。

 ギルドで村の資金を稼ぐために、リラでもこなせそうなクエスト依頼を探していただけだ。


 だから


「――――まさか、ライル様は本当に何も……」

「――――お父様を知っているの⁉」


 ライル――――ライル・ノクトルナは、リラの父親だ。彼女の口からその名が出てくるなど、露ほどにも思わなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る