第45話 奇跡の術師

 リラは息を吸い、詠唱を紡ぎ始める。


「「正しき者には幸を、愚か者には災いを、それは公平の始まりだ、それは魂の始まりだ。産まれ、そして覚醒せよ、それは彼方だと確信せよ」」


 やはり、いつ聞いても、彼女の詠唱は心を漱ぐ。滑らかで、透き通っていて、それでいて、慰めるように穏やかで。丘の上の花畑、そこを流れるそよ風のように、聞く者を撫でていく。


「アナザー・リネゲイション」

「――――!」


 詠唱が終わった途端、衛兵の身体がガクンと床に伏した。糸の切れた操り人形マリオネットのように、ドサリと崩れる。しかし、代わりに起き上がる者が居た、、、、、、、、、


「……んん、――――これは……!」


 起き上がった国王は、自身の掌を見つめて呟く。開いたり閉じたりして、その実感を得ている。それを見て胸を撫でおろしたリラが、残る四人に身体を向けた。


「今、国王の魂を本来の肉体に戻した。だから、もう大丈夫だよ」


 主にアルバーンに向けてリラが言う。頷いた騎士団長は、一歩踏み出して紛ごう事なき国王に、先刻のリラと同じように手を差しだした。「どうぞ」と声をかけると、頷いた国王は、今度は強くその手を握ると、少々苦労しながらも、その場で立ち上がった。


 しかたない、ディレの憤慨の攻撃を、二度とはいえ受けた身体だ。実際の所彼は受けていないが、身体は正直にその痛みを主張する。それを思い出したリラは、次いで回復促進の術をかける。


「どうですか?」

「ああ、だいぶ楽になった。礼を言う、ノクトルナよ」

「リラと、そうお呼びください」


 頭を下げたリラが、いつかの騎士と似たようなことを口にする。

 少し眉を上げた国王が、口を曲げてこちらもいつかの騎士のようなことを返す。


「しかし、儂は其方を名で呼び捨てられるような者ではない」

「お相子のはずです。……それはいいです、ですから、一つ聞いていただけませんか?」

「……?」


 一度救いたくないと言い、見捨てることを決意したリラ。しかし、彼女はこうしてその相手を助け、言の葉を交わしている。本来なら、憎しみに身を任せてもおかしくないというのに。やはりリラは底なしの優しさを持っている。


「私を、王国術師団に入れてはくれませんか? 役職は問いません」

「――――⁉ ……構わんが、良いのか?」

「私は、私の術で不幸になった人に償わなければならない。だから、私の術を王国のために使いたい。それだけです」

「……わかった。其方程の術師が加わってくれるのなら、頼もしい限りだ」


 頷いて、少しだけ嬉しそうにリラを見る。国王も、目の前にいるのは一度は憎んだ一族の末裔。しかし、彼らはこうして和解している。これが、人の可能性というものなのだろうか? あの人が守った世界は、以前思った程は廃れてはいない。

 しかし、ディレは納得できなかった。なぜか、それは、リラの手柄が、そんなもの、、、、、で終わってしまうからだ。彼女の汚名は返上されずに、事が進んでいく。それは、彼女が許しても、ディレが許せなかった。


 彼女は、蔑称を残され続ける筋合いはない。


 どうする? どうすれば彼女の汚名を晴らせる? 確か、アルバーンも似たようなことを言っていたはずだ。彼に頼めばどうにかならないのか? いや、それは甘えか。今度こそ、自分の力で彼女を救う。


「国王……!」


 今までで一番なくらいに、声を張り上げる。向き合っていた国王とリラが、そろってディレの顔を見つめた。驚愕に見開かれた瞳は、何事かと告げていた。

 その反応を無視して、ディレは一歩足を踏み出す。


「騎士団に……入る……だから……! リラを、リラを魔女と呼ばないで……!」


 声を振り絞って、訴える。一国の王に何かを求めるということは、何か対価が必要だ。そんなことぐらい、自動人形ディレでもわかる。だから、自身が王国の戦力になる。自慢ではないが、自身が加われば、アルバーン二人分は働いて見せる。


「……ディレ?」


 状況を理解できないリラが、怪訝そうに眉を顰める。しかし、それを受けてもなお国王は、依然として冷静な態度を貫いていた。


「其方は、一体?」

「英雄の遺産と聞いています。詳しくは彼女に」


 背後でリラの申し出を、悶々としながらも静観してたアルバーンが、右手を上げて問いに答えた。言われてリラは国王に向き直り口を開く。


「彼女は、ディレクタ・フィリア、、、、、 、、、、は、英雄の迷宮に居ました。ご存じの守り手、ダンジョンの守護神自動人形は彼女です。訳あって今は私と共に……」

「そう――――そうか、『終結の英雄』彼女の。しかしよいのか? 英雄の置き土産である其方が加わるのは心強い、しかし――――」


 しかし、不安でもある。ディレの身を案じるように聞こえるが、国王はそれだけを考えてはいない。これまで多くの犠牲を出しても討伐ができなかった自動人形。

 それが、今は目の前で騎士団に入ると申し出た。もちろん、ディレは迷宮を守るために戦っていたのであり、決して殺戮が主ではなかった。それは、英雄の物だったからこそ証明される。


 それでも、国を危険にさらしてまで、戦力を欲する王ではない。


「陛下、お言葉ですが、彼女は陛下を救ったのです。陛下が今こうして元のお身体に戻られているのは、紛れもない彼女の手腕なのです」


 顔を顰めてディレに問い返す国王を見て、リセッタが声を上げた。その視線は、真っ直ぐに国王を見つめて、訴えかけるように揺らめいている。

 傷ついた鎧が夕日を浴びて、きらりと光った。眩しさに目を細めた国王が、喉を鳴らす。


「……それは?」

「あの黒竜、もといフランケルを倒したのは、恥ずかしながら我々騎士ではありません」


 首を振り真実を語る。彼女の口ぶり、そして最初に国王が放った言葉から、彼が勘違いをしていることを理解していた。国王は、この一件を、騎士団が収束させたと思っている。


「それは真か?」

「はっ、リセッタの言った通りです。彼女、ディレクタが黒竜を討伐し、リラを救いました。リラが居なければ、陛下は今もあの兵の中だったはずでしょう」


 頭を下げて、国王にそう告げる。言いながら、視線をディレとリラ、順繰りに巡らせると、少し口元を緩めながら、場違いな雰囲気を纏って騎士は言う。


「ディレクタ・フィリアは国を救い、リラ・ノクトルナは陛下を救った。陛下の前には、ある意味では『終結の英雄』をも超える存在があります」


 騎士が認めるその功績、ディレにしてみればリラのためにしたことであり、リラにしてみれば自分のために行ったこと。それぞれの意思の元に事は収束し、解決している。しかしそれは、彼らの主観であり、あくまで一意見だ。


 客観視すれば、それは英雄的行動以外のなにでもない。紛れもない、救世主だ。


「ですから、恐縮ながら僕からも一つ願い乞わせていただきます。――――彼女の呼び名をお改めください」


 たった一人の少女のために、王国の剣が国王に頭を下げる。それは、彼と彼女の関係を、彼らの心を知らぬものからすれば、異様な光景だ。

 一騎士が相手にする問題ではないのだから。だが、彼は騎士であって騎士ではない。一人の男でもある。


「……面を上げてくれ、フィリアと言ったな? 其方も肩の力を抜くといい」


 ゆっくりと頷いた国王は、リラの施しにより多少なり回復した身体を揺らして、自身の玉座に戻った。いらない飾り十字架をどかして、腰を下ろす。


「アルバーン、フィリア、ともに其方らの願いを聞こう。――――もとより、リラ、其方の呼び名は撤回するつもりだった。それが一番の意思表示だとも思っていた。故に其方には、新たな称号を与えようと思っておる」


 彼方に沈む夕日を見つめながら、被っていたローブを脱ぎ去って、ボロボロの王衣を晒しながら、国王はそう告げた。

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