第43話 魔女の哀歌

『『グァ……ア……ァァァアア!!』』


 野太い断末魔を響かせて、暴れ狂った巨体がどしゃりと地面に伏した。白目を剥いた瞳からは、まともな生の気配は感じられない。


 倒した……恐らくは。


「……ッ! 使える!」


 試しに魔力を集めたリラが、声を上げる。どうやら、昏倒したフランケルの呪術が解けたようだ、よかった。

 胸を撫で下ろしたディレは、投げ捨てた鞘———もとい鎌の柄を拾い上げて仕込み刀の刃を覆う。


「……終わった……らしいな」


 確信したディレが刀を鞘に落としたことで、息をついたアルバーン。終始心配そうにリラを見ていた瞳は、安堵に揺らめいている。


「騎士団長……なぜここが?」

「王宮から爆音が聞こえて、無視できる方がすごいだろう、今城の前は野次馬でごった返してる」

「それは……対処に困りそうですね」


 頭を抱えながらため息をつく。そのタイミングが重なって、それぞれ口元を緩めた。いつの間にか沈みかけた太陽が、頼りないオレンジ色に空を染め上げている。

 安堵に膝を笑わせたセイリンが、その場に膝をつく。


「何がなんだか……」

「それは僕も同じなんだがな……リセッタ詳しく聞いても———ッ!?」

「———ッ!」


 アルバーンがリセッタに問おうと黒龍から目を離したとき、視界に異物が映り喉が閉まる。

 階段から、気配を殺さず当たり前のように現れたのは、1人の人間を担いだ二体のゴブリンだった。


「リラ殿、下がって———!」


 リセッタが疲弊したアルバーンとディレの変わりに剣を抜く。しかし、それは杞憂に終わった。


「…………」


 何も発さない怪物は、担いでいた1人の衛兵をそっと地面に降ろすと、その場にひざまずいた。見れば、身体はリラの方を向いている。


「……私?」


 驚いたリラが、恐る恐る問うてみる。しかし答えは返ってこなかった。


 おかしい、このゴブリンもフランケルの傀儡になっていたはずだ、ならリラに傅く道理がない。生贄の為に集められたのなら、主人を失った今、好きに動いて良いはずなのだが。


 いや、彼らを縛る条件は、そう難しくないのかもしれない。


 同じ答えに行き着いた様子のリラが、ディレに頷きかけてゴブリンに向き直った。念の為、ディレは鎌を握り直す。


「ノクトルナの名において命ずる———解放でいいよ、あなた達の主はもういない」


 優しい声色でそう告げる。すると、仄かに輝いた魔力が霧散した。

 が、二体の怪物は姿勢を変えなかった。


「え……?」


 いや、その場で果てていた。輝きを失った瞳は、黒く深い暗闇に閉ざされている。ここまでがあの男の計算なのだろうか?


「……お疲れ様」


 目の前で朽ちるのは、決して心通うことのない怪物モンスターだ。それでも、あの男の傀儡となりその生を終えた者を労う。やはり、彼女は優しい。


「……ぁあ……」


 リラの行動に、各々の感想を抱いていた一行。そこで、忘れていたもう1人が声を発した。


「……! まだ息がある! リラ殿、助けられますか?!」

「待ってください……さっき、あの男が『国王陛下をお連れしろ』って」


 このタイミング、フランケルの言葉、そこから察するに、恐らくはリラの推測が正しい。


「ではこの者は……?」


 確信が持てないリセッタが、リラの様子を伺うように見つめる。何も言わないアルバーンは、じっと目の前の人物を見つめていた。


「———ッ国王……だと思います。それと……この身体の元の持ち主はもう……」


 フランケルが生きていたことから考えるに、彼は最悪の術、成り変わりを使って処刑を免れたはずだ。恐らく、牢に入れられたタイミングで見張とでも入れ替わったか。

 そこからは数珠繋ぎに人を入れ替え、最近の様子からして、国王の側近、最後に国王自身と入れ替わった。


 叩き出した魂をこの衛兵に閉じ込め、目的を果たしたかったのだろう。ディレ達が止めなければ、惨すぎる拷問が行われたはずだ。その先に目的の無い、苦しめるだけの拷問が。

 国王はそのために生かされていたが、他の魂は王宮内を混乱させる不安要素に過ぎない、始末されてしまったと考えるのが妥当だ。


「リラ、陛下だけでも救える可能性があるなら、頼む。僕らでは何も出来ない、君にしか出来ないんだ」

「…………ッ!」


 複雑な感情を押し殺して、冷静にその瞳を向ける。リラの事情を知っているからこそ、彼はそんな頼み方をする。

 何故なら、目の前の衛兵の中に宿る国王は、いわば彼女リラの仇だ。

 彼女の全てを奪い去り、思い出までも業火で焼き払った憎き罪人。本来なら彼女は、この場で締め殺しても文句は言われない。


 もちろん、彼女もまた咎人に成り下がってしまうが。


 それでも彼は、最愛の者に苦しみを与える事を選択した。それは、決してリラが憎いからでは無い。彼女が国王を助けたとなれば、彼女の汚名を晴らす口実になる。彼なりの計らいというのもあった。


「……私は…………」


 しかし、リラは動かなかった。帽子を目深に被り、拳を爪が食い込むほどに握り込んで、肩を震わせている。

 陰になって伺えない表情は、少なくともいい顔はしていない。ある種の的外れな思考を抱いているうちにリラの纏っていた雰囲気は、一瞬にして移り替わった。


 様子がおかしい、それは明らかで、何か言おうとリセッタが口を開く。しかし、言葉が見つからなかったのか、すぐに閉じてしまった。理解が追いつかないセイリンは、アルバーンとリセッタを交互に見て、やはり眉を顰める。


「…………ッ」


 リラが握った拳、その周囲に魔力が集うのを、ディレは見逃さなかった。何をするのかと一歩足を動かす。しかし、遅かった。無詠唱の早すぎる術の行使が、無意識の行動を上回る。


「……スペル・チェーン」


 細々と、呟くように紡がれた術名が、反応の出来ない三人の耳を打つ。淡い光と共に組み上げられた魔力の鎖が、優しくそしてきつく、三人を縛り上げる。


「なっ……リラ⁉」

「「……ッ!」」


 一人残されたディレだけが、背を向けたリラを見つめることができた。だが、ディレはここで何もしなかったことを後悔する。

 次の瞬間、リラがまたも口を開く。しかし、発せられたのは、術の詠唱ではなかった。そんなものよりも簡単に、確実にディレだけを縛ることのできる最強の鎖。


「命令……私を助けないで」

「――――ッ⁉」


 理解できないセリフと、行動を許さない命令に板挟みにされ、思考が凍り付く。真っ白になった脳内で、必死に思考をかき集める。

 なんだ、何が起きている? リラは、何故に騎士を縛った。なんのためにディレを封じた? 『助けないで』とは、一体なんだ?


 言葉にならない程の嫌な予感が、何もできなくなったディレを容赦なく襲う。


「ごめんアル、やっぱり私は『魔女』みたい」


 静かすぎる玉座の間、そこに響き渡る、少女の声。囁くように細いのに、確実に心を抉るその声は、哀しさと寂しさが入り混じっていた。

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