第41話 王宮帰還
「———それにしても、どう忍び込むか」
聳える尖塔を見上げながら、リセッタが呟いた。
言われてみれば、グレンの店からここまで、何も考えずに突っ走ってきてしまった。何の策も無しに闇雲に探しても、侵入者として捕まるだけ。それに、まだ三人は黒幕の正体すら掴めていない。
無論、黒竜が悪戯にリラを攫っただけなどとは考えていない。恐らくは、王都周辺のモンスターの一件と関連性が高い、故に黒幕がいるだろう。
「となれば、不用心に入る訳には行きませんか」
セイリンが慎重そうに眉を顰める。しかし、ここで無駄に時間を潰すつもりもない。どうしたものかと考えていると、リセッタが首を傾げた。
「しかし妙だな、本来なら衛兵が二人は見張りについているのだが」
三人が敵前で考え込める理由、それは単に人が誰もいないからだ。王宮に入る為の門、でかでかと構えられたそれには、通常見張りがつくの当たり前だ。一番侵入がわかりやすいが、その分入りやすい。特に、今なんて入るだけなら入れる。
「奥に気配もしませんし、陛下が何かなさっているのでしょうか?」
セイリンがそんな予定はあったかと考え込む、騎士団として流石に違和感を無視しきれないのだろう。だが、ディレはそれ以上に妙だと思っていた。
門や、奥の広場どころか、王宮全体から人の気配がしないのだ。いや、それ以上に禍々しい、何かの気配がする。それも多数だ、その中の一つは、ひたすらに大きい。まるで、
「……っ!」
ガラ空きの門を侵入可能と判断したディレは、二人の反応を無視して歩き出した。その様子を見てセイリンが慌てるが、
「仕方ない、
「……はい」
リセッタが首を縦に振るので、渋々セイリンも後に続く。門から見えた通り、広場どころか、城の大扉にすら誰もいなかった。嫌な予感を感じつつも、警戒しながら進む。本来王宮内は、貴族や騎士、家臣などが忙しなく行き交っているはずだ。それが今は、静かすぎる。
王宮は主に三ブロックに分かれており、騎士や衛兵のエリア、家臣などのエリア、最後に王族の住居となるエリアだ。ディレ達が居るのはその中心メインホールとも言える、大階段のある場所。
しかし、それならそれで好都合。
「ディレ、彼女はどこに?」
三つに分かれているとはいえ、かなり広い王宮。なんの指標も無しに探し回るのは愚行だ。だが、その指標すらディレには必要なかった。
「上、上にいる」
「……玉座の間か。———国王が危ない、急ぐぞ!」
リセッタの声とともに、一行は走り出した。長い階段を駆け上がり、踊り場をワンステップで飛び越えて次の階段へ。後に続く二人は、流石にそんな芸当はできないため、二段飛ばしで階段を駆る。
「あと……何階?」
「玉座の間は五階の奥だ! 私達はすぐに追いつく、お前は先に行け!」
「……ッリラ」
リセッタの言葉通りにディレは踏み込みを強くする、そのせいで、階段にヒビが入ったのはご愛嬌だ。そんな冗談はさておき、ディレは手中の新鎌を握り込む。もうすぐ、もうすぐだ。
登りきった四階から、一気に五階まで飛ぶ。見えた広場から、感覚でリラの居場所を突き止める。この奥だ。
「リラッ!?」
今までにない一番の気配を感じて、大広間に飛び込んだ。
そこでは、異様な程の怪物が跪いて、目の前の景色を静観していた。長く気味の悪いローブに身を包んだ何者かが、リラの頬を撫でていた。
途端、言いようのない憤怒がディレを襲う。震える拳を握り込んで、怒りに身を任せていた。
「———リラに、触るなぁぁぁぁああああ!」
出来上がったばかりの鎌を、男に叩きつける。
「かはッ———!?」
怒れる中でも手加減をした、
「ぐおッ———」
振り抜いた鎌を素早く握り直して、磔にされているリラの拘束を解いた。解放されたリラは、力無く床に
「リラ! 怪我は?」
「ディレ……! 大丈夫、ありがとう……!」
リラを抱き止めると、涙ぐんだ顔でディレを見つめる。よかった、間に合ったらしい。もう二度と、この手を離してなるものか。
吹き飛んだ男を睨みながら、ディレはリラに問う。
「……倒せばいい?」
「うん……アレは、倒していい」
今まで、彼女の口から対象を排除するような言葉は出てこなかった。レネゲイズの村でさえ、オーガを攻撃したのはディレの意志だ。それほどまでに、相手に慈悲はいらないと言うことだ。
彼女が困る、のではなく、王国が困る、と言うことなのだろう。
ディレにだってわかることがある。目の前の男は、恐らく本来の姿ではないのだろう。玉座の脇に捨てられている王衣を着ていた人物、その外見を使っている。
「でも殺さないで……」
「わかった」
リラの願いを聞き入れる。ディレだって、できれば傷つけたくはない。もう何も、殺したくはない。しかし、今回の相手は違う、死のギリギリまで挫く必要がある。リラが慈悲を与えないほどに、あの男は大罪を犯した。ディレにしてみれば、万死に値するが。
「……おのれッ! 私が神になる、邪魔をするなぁぁぁぁああ!」
立ち上がった男が、無詠唱で腕を振るった。右手と左手、両の方向から術が放たれる。リラは驚いた様子でそれをみつめていた。やはり、彼女でも予測できない何かなのだろう。大方、恨みや憎悪などで術の行使制限が大幅に上がったか。
そんな、ある種の奇跡のようなものを振るって、
「……ッ!」
新たなる愛鎌を振るうため、ディレはそっとリラを下ろして床を蹴った。迫り来る風と炎の大波動に、自ら飛び込む。
「ハッ愚か者がッ! 自分から突っ込みおって———お?」
瞬間、二つの激流が真っ二つ———この場合は四つか———に割れた。次に紅髪が視界に入る。フランケルが驚きのあまり瞬きをすれば、身体は宙に浮いていた。
「がはッ———!?」
ディレが振り抜いた鎌は、滑らかに敵を穿った。またも地面に激突するフランケル。吐血をしているところを見るに追撃は耐えられないだろう。
「……ん」
地面に降り立ったディレは、案外あっけなく終わった戦闘に、疑問を抱いていた。おかしい、もっと別の大きな気配がしていたはずだ。
「ディレッ――――! リラ殿は無事か⁉」
「なっ⁉ あの方は!」
立ち尽くすディレの背後に、息を切らした二人が駆け付けた。各々の反応を口にして、眼前に広がった光景を目の当たりにする。
しかしそれでも、鎌を握るディレを見れば一目瞭然だ。
倒すべく敵を屠った。そういうことだろう。
しかしそれでも不思議なのは、彼らを指揮する主が倒れたというのに、ピクリとも動かないゴブリン。この数で襲われれば、一たまりもないのは誰でもわかる。
「リセッタさん……もう大丈夫で――――」
「フ……フハハハハ……いいさ、神にならずとも貴様らを屠ることはできる! この私を憤慨させたこと後悔するがいい。……リラ、お前はそこで見ていろ、大事なものが壊されるのをな‼」
走り寄ったリセッタが差しだした手に、リラが手を伸ばした、その時だ。もう戦う気力などあるはずの無いフランケルが嗤いだす。
ゆらりと立ち上がり、腹を抑えて嗤う。
何だ、何がおかしい。今のディレには、例えこのゴブリンの群れに襲われても、勝ち切るだけの自信がある。彼に残された手札が、仮にゴブリンだった場合、それは
違和感の原因を求めて、元より足りない思考をかき集める。しかし、それらしい答えは見つけられない。だが、相手はそれを待ってはくれない。
「
警戒していた、その気配が再び現れる。それは、目の前のテラスからだった。屋敷での無様が脳裏をよぎる。……ここで引くわけにはいかない。
「――――ッリラ!」
「ダメッ! 私は今、何もできない!」
「――――ッ?!」
相手が何かをする前に、彼女の拘束術で先手を打とうと叫んだが、失敗に終わる。リラの悲痛な答えが思考をかき乱す。違う、彼女に頼ってはだめだ。
自身の失態は、自身で償う。
「ッ――――!」
「待てッ!」
何もさせまいと踏み込んだ、しかし足が離れる直前でリセッタが待ったをかける。以前のディレなら無視をしていた、だが、今回は踏みとどまる。
「ハッ――――!」
「……ッ!」
正解だった、フランケルが右手を突き出し術を放った。いなせなかった雷魔法が、玉座の間の壁を穿つ。背後のセイリン擦れ擦れを通ったのは、不幸中の幸いだ。リセッタよりも軽装の彼女に被弾すれば、致命傷は免れられなかった。
「グギャウ――――!」
狭苦しいテラスを破壊して、黒竜が中に入ってきた。粉塵が飛び散り、ディレの頬を割く。幸いリラはリセッタが護ってくれた。
「「狂え、集え、悔恨せよ! 食らうは命、飲むは魂! それは我が手に収まるべし、それはまごうことなき我である!」」
いつの間にかフランケルの周囲を漂っていた魔力、煌々と輝くそれは、なぜか禍々しい紫に染まり、彼が握る宝玉に集結する。
短く聞き捨てならない詠唱、それが淡々と紡がれて、そして終わりを迎えた。
その場の誰もが、
背筋を走る冷たい悪寒が、握る鎌の重みを想いださせた。企みを砕くべく、走りだす。
だが、それではもう遅かった。
フランケルが握っていた宝玉が、目が眩むような光を発しディレの足を止める。その瞬間、動かなかったゴブリンの大絶叫が響き渡る。
「~~~~~~~~~~‼‼‼‼」
悲鳴とも苦鳴ともつかない、断末魔のような声を漏らし、一匹、また一匹と床に伏し始める。全てのゴブリンが白目を剥いたころ、ディレ達の目を焼いた閃光が止んだ。
真っ白だった視界が戻り、次の瞬間目に飛び込んだのは――――
床に伏したフランケルと、牙を剥いた黒竜だった。
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