第38話 魔女の祈り

「……んぅう?」


 また、気を失っていたのか? 重い瞼を持ち上げて、視界を確保する。


「ッ———!」


 視界の先に佇んでいたのは、王衣に身を包んだ先ほどの男だった。不気味に口の端を曲げた表情は、やはり見覚えがあった。


「……お祖父様」

「やっと気がついたか、それにしても大きくなったな」


 親しみをこめた口調でリラに声をかける男、だがそれは口調だけだった。ニヤニヤとした気色悪い視線を浴びせ、当のリラを王座にはりつけにしていては、何の親みも感じられない。


「あなたに言われても嬉しくない」

「ツレないことを言うな、まあいいさ。儀式をする、ノクトルナを再建するために」


 儀式、王宮の外でも言っていた。嫌に冷静なリラは、自分の置かれた状況を確認する。生きているはずのない男、あの悲劇を引き起こした張本人、フランケル・ノクトルナが目の前にいる。姿こそ違えど、あの男で間違いない。


「儀式って、何をするつもりなの……!」

「私を完璧にするためのものだ、お前は知る必要なない。ただ、私の言うことを聞け」


 ああ、そうだ。この男は、全て自分の思い通りにいくと思っている。幼かったリラを手駒にして、研究をしていた邪道。


「そんなことはさせない、私が、許さない」

「はっ、何の冗談だ? ———その状態で何ができる?」


 王座に立てられた十字架に、教会のステンドグラスの絵柄のように磔にされているリラ。確かに、側から見れば何も出来ないのは絶対だろう。


 だか、これでもリラは呪術師だ。


「スペル・チェーン!」


 指先に魔力を結集して、目の前の男を狙う。

 が、術は成功しなかった。


「なんでっ⁈」

「当然だろう、お前の術を封じなければ、私とて余裕でいられはしない」


 封じられたか、おそらく封術の呪いをかけられた。自身で解呪することはほぼ不可能だ。詰んだ、と言うことだろう。


「そう、その目だ。お前はそれでいい」


 静かに絶望したリラ、その表情を見逃さず卑しい嗤いを隠さない。


「卑怯者……!」


 思わず口から溢れた。憎悪と怨念の籠った言葉。自分でもこんな声が出るのかと驚くほどに、いつもとは違うトーンだった。


「何を言う、お前も同類なのだぞ? あれから禁術は何度使った?」

「一度も……」

「フン、偽善を気取りおって。まあいい、それもこれからは私の自由だ」


 自由、それは何を以てのことなのだろうか。彼は、リラ程呪術を扱えるわけではない、それ故にリラを被検体に使ったのだ。災厄の術は、この男は使えないはず。


「……知りたいか? ならば教えてやろう。……私はな、お前を取り込み、完全体となる。あれから屋敷の跡地に赴いてな、どうせ手付かずの地下室を見ていたんだ。あそこは長年開かずの間でね、屋敷が潰れた重みで扉がひしゃげていた」


 長々と語る、しかしその中で確実に聞き逃せないものが存在した。リラを、取り込む、、、、だと? どういう意味だ、彼が以前使おうとし、今尚使用している『成り替わり』の術ではないのか?


「その奥で見つけたのだよ、ノクトルナに伝わる禁術のその最高傑作を‼」


 両腕を広げて、目を見開く。全てを手にしたかのように顔を歪めるフランケル。その両手をゆっくりと閉じる、まるで何かを握りつぶすが如く。


「『飲魂の呪い』他者の魂をその魔力と共に我が手に収める術。代償に少しばかりの犠牲生贄を伴うが、それは怪物で代用すればいい」

「――――っ! そんな……」


 それは、まずい、、、


 彼は魔力も飲み込むと言った。それが意味すること、それはつまり彼がリラの有する術を扱えるようになってしまうということだ。未だ詳しくは解明されていないが、魔力と術は結びついている。


 彼がリラの物を取り込めば、それは王国の終焉と言っても過言ではない。内面では国王が居ない今、王宮はこの男の思うがままだ。そうなれば、ファラミルに明日はない。


「なんで! なんでそんなことを……!」

「……この男が悪い、この男が素直に受け入れていれば、私とて王座に座るだけで満足したさ。だがな、こいつは私を殺した。それがいけない」


 自身の着る服を摘まみながら、恨みを込めてそう吐き捨てる。振り払った指に引っかかったボタンが弾けて転がり、乾いた音を立てた。


「安心しろ、この男はまだ生かしてある。……変わり果てた国を見届けてもらわねばならない」


 そう口にして、過去一番に不気味な笑みを浮かべる。それにとてつもない嫌悪感を抱いたリラは、思わず胸中で叫ぶ。


『ディレ……この男を――――!』


 それは、命令でも、お願いでもなく、届くはずの無い祈り、、だった。

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