第37話 語られし刃

「ここか……」


 胡散臭そうに呟いたリセッタ、目の前にある建物を見つめて眉を顰める。


「しかし本当にここで良いのでしょうか? あまりにも……その……」


 汚すぎる、続くべき言葉をつぐんで訴えるセイリン。人の家に対してそれは無いだろう、と叱責を加えるには少々無理があった。


 王都の端、工房街の一角、その路地裏に位置する目の前のは、それほどまでに手入れが行き届いていなかった。びっしりと生えた蔦、腐りきった木材。どれをとってもとても人が居るとは思えない。


「仕方ないだろう、父上の話ではここで間違いない」


 手にした地図と見比べながら、リセッタがセイリンを窘める。羊皮紙に記された地図は、インクが細くなったり太くなったりと、かなり急いで書かれたことがわかる。事が事なため、カウツマンも気を使ったのだろう。


 しかし、これではリセッタも不安になる。


「……?」


 三人が立ち往生していると、奥から人が出てきた。ダボダボの服から覗く腹をボリボリと搔きながら、物珍しそうにこちらを見ている。


「お? なんだあんたら、ヘファトスの爺さんに何かようか?」

「彼を知っているのか?」


 持っていた地図を丸めながら、リセッタが前のめりに訊く。普段見かけないであろう騎士にぐいぐい来られたからか、戸惑いながら男は答えた。


「爺さんならここにゃ住んでねぇよ。20年も前からここは空き家さ」

「……! ではもうここには居ないのか⁉」

「そう焦らさんなって、爺さんなら奥の武器屋に居るよ。ただ、悪いこたぁ言わない。やめとけ、奥にゃあガラの悪い連中がうろついてるぜ」


 首を振って肩を竦める。しかしリセッタは何も聞えなかったように頭を下げた。


「助言感謝する、二人とも、行くぞ」

「あぁ! くれぐれも『赤髪』の連中にゃ喧嘩売らんどくれよ!」


 少しあきらめ気味な声が背後から掛けられた、しかし男の忠告も空しく、三人は武器を手に奥へと足を踏み入れていった。


 工房街は、他のエリアと比べて、比較的暗い印象にある。高く積み上げられたレンガの煙突や、それを囲う建物などが無数に立ち並ぶため致し方ないが。

 それでも、やはり『奥』と呼ばれているだけあり、それまでよりもかなり暗い。


 恐らく、無制限に増築を続けた結果、一種の洞窟のような状態になってしまっている。建物同士の隙間から差し込む陽光が、かろうじて視界を維持していはいるが。


 こんな場所で武器を作っても売れないのではないだろうか? ディレは商売のことは何一つわからないが、流石にこの感覚は間違っていないだろう。それとも、継続的な買い手が居るのだろうか? 王国武具として採用されているのなら納得できるが。

 流石にそれは無いだろう。


「待て、どうやら噂の『赤髪』が現れたらしい」


 辺りを見回しながら歩いていると、リセッタが足を止めた。次いで剣に手をかける。

 すると、材木やら廃材やらがごちゃごちゃしている通路の物陰から、数人の人影が出てきた。


「流石騎士様ってところか? へえ、女じゃねえか、どうする兄貴」

「興味はない、ここを通りたければ有り金全て置いていけ、それだけだ」


 長身の男が、横に立ったガタイのいい男に向かって話しかける、案外冷たい相方は、拳を鳴らした。

 筋骨隆々とした身体を、惜しげもなくさらしている。流石に下は履いているが、ボロボロの作業着だけだ。上裸とは、この三人に対して随分と余裕なことだ。


「嫌だと言えば?」


 挑発するようにリセッタが肩を上げる。すると、短気な二人は顔を顰めた。通り名の通り共通の明るい赤の髪を揺らして臨戦態勢に入る。長身の男は、腰の鞘から短剣を抜いた。


「後悔するなよぉ? うおりゃぁ!」

「果てろッ!」


 問答無用で刃と拳が振るわれる。しかし、そのどちらも、狙った相手に届くことはなかった。寸刻早く飛び出したディレが、両の拳を男二人に突き刺していたからだ。


「ぐほぉ……⁉」

「がっ――――⁉」


 ディレが拳を引き抜くと、二人はそのまま泡を吹いて倒れた。拍子抜けもいいところだが、本物の「紅髪」には勝てなかったとでも言っておこうか。


 パンパンとつまらなそうに手を払いながら、チンピラを睨むディレ。このままだと追撃を与えかねないのでそこで止める。


「くだらない連中に付き合っている時間はない、行くぞ」


 ディレが首肯して、前を向いた……その時だった。


「ったく騒がしいな、お前らまたしょーもねぇこと———お?」


 近くの工房から顔を出したのは、白髭を生やした老人だった。

 作業着に包んだ身体は、逞しい筋肉をまとっていて、右手に持っているハンマーが説得力に拍車をかけている。


「……お前さん、カウツマンの娘か?」


 暫く見つめていた老人が、目を細めて問うた。対するリセッタは、見開いた目を硬直させる。


「……ヘファトス殿だろうか?」

「ああ。……そうか、カウツマンもこんなデカい子を持つようになったか」


 どこか遠い場所を見つめる老人。しかし、リセッタは懐かしむことを許さなかった。


「貴方に頼みがあって参りました」

「……言っとくが、剣は打たん」

「なっ……」


 吐き捨てるように言い放つと、出会ったばかりの三人を置き去りにして中に入ってしまう。追うようにリセッタが扉を開けた。


 続くようにセイリンとディレが入る。途端、景色がガラリと変わる。ごちゃついた雰囲気はそのままだが、思わず目を瞑った。


 そこらじゅうに置かれている剣などの武具が、照明を反射してキラキラと輝いている。


 慣れればそうでもないか、だがいかんせん暗い中を歩き続けていた、唐突の光は目に悪い。


「ヘファトス殿! なぜです?」

「俺はもう普通の剣しか作らねえんだ、期待されても何も出ん」

「しかし……!」


 リセッタが焦ったように声を荒げる。無理もない、あれだけディレに言っておいて戦うためのすべが無くては仕方ない。


 無論、先ほどのチンピラ程度なら素手でも問題なく戦えるディレだが、相手が相手だ。刃が無くては何もできない。


「いえ、実を言うと貴方が剣を打たない理由は承知しています。しかし、どうしてもお願いしたく……」

「なら、何に使うのか言ってみろ」

「……闘いのためです」

「ダメだ」

「…………」


 頑なに首を縦に振らないヘファトス。彼が剣を打たない理由は、残りの二人も聞かされた。それを踏まえれば当然の反応だ。


 もう何十年も前のこと、彼がまだ若かった頃だ。神匠、、とも謳われた彼は、王国随一の鍛冶師だった。最高の剣を打つ彼の実力は王宮内にも広がり、ついには国王の耳にも入った。そこで国王は、若き日の彼に王国武具の担当を依頼したのだ。


 それを、彼は条件付きで引き受けた。条件、それは、彼の打った武具を、『傷つけるためでなく、誰かを守るために使う』というものだった。国王はそれを承諾した、はずだった。


 彼の武具は、手に入れるのが困難なほどに人気を誇っていた。そのため、値段も高価になっていった。そこに付け込んだ者が、彼の武具を闇市に売りに出してしまった。彼との条件を犯したのは、衛兵隊の人間だった。


 情報が彼の元まで届くと、ヘファトスは憤慨し、王国に剣を打つのをやめてしまった。それどころか、工房街の奥へと引きこもり、武器を売るようになった。彼の真の剣ではなく、偽りの実力の剣。


「剣が欲しいならそこらのガラクタ商品をくれてやる。好きなだけ持っていけ」


 興味なさげに視線をそらしたヘファトスは、親指で示した方向を見ずに言った。


「いえ、私達が欲しているのは、あれらの贋作ではありません」


 贋作、リセッタはそう表現したが、それでも王国一の鍛冶師の物。そこらの武器屋と比べれば段違いの質になるはずだ。しかし、それではディレの武器足りえない。


 面倒くさそうに眉を動かしたヘファトスは、壁に立てかけてあった一本の長剣を手に取り手入れを初めてしまった。それでもめげずにリセッタは言った。

 腰に吊るしていた二本のうちの一つ、古びた長剣を店のカウンターに置く。


「これで、鎌を作っていただきたい」

「……? ――――ッな⁉」


 リセッタが剣を置いても、数秒は無視を続けたヘファトス。それでも気になったのか、一瞬剣を視界に入れたその時だった。飛びつくように顔を近づけたヘファトスが声を上げた。


「お前さん、これをどこで⁉」


 先ほどの冷たい表情から打って変り、興奮を隠しきれないヘファトス。触れていいのかわからず、震えている両手が今にも剣を掴みそうだ。


「どうぞ……それは、我が『フライン家』の家宝です。ヴェインの物で間違いありません」

「……まさか、この目で見られるとはな――――いや、だからと言って剣は……」

「どうしても、無理だ、とおっしゃるのですか?」

「……魔剣ドリムを餌にしても、俺は動かんぞ。つまらぬ争いのために俺の剣をまきこむな」


 そっと剣を置いたヘファトスは、緩んだ表情を元に戻し、突き放すように言った。興奮で取り落とした長剣を拾いあげて、磨き始める。


 変わらぬ態度の老人を見て、流石のディレも物申したくなった。交渉は確実にできやしないからと、リセッタに任せたが、もう限界だ。


「……私は、リラを助けたい。それが“つまらない”なんて言わせない」


 気配に気づいたリセッタが、ディレを止めようと口を開く前に一歩前に出る。それまでだんまりを決めていたディレが口を出したからか、ピクリと眉を動かした老人が剣を置いた。


「彼女はディレ、私の仲間だ。彼女の言う通り、もし貴方が打っていただけるのなら、その鎌は彼女が振るう」


 紹介をして、セイリンにアイコンタクトをとったリセッタ。気づいたセイリンが、持っていた包みをカウンターに広げる。

 中から現れたのは、粉々になったディレの鎌『ブラッディルナ』だった。未だ輝きを失わない愛鎌は、照明を浴びてその紅を際立たせている。


「こっこれは……!」


 わざとやっているのか、と見まがう程に、先ほどと同じ表情で驚愕する老工。しかし今度の驚愕は、少しばかり違いがあった。


「ハ、ハハハ。イカれてやがる。コイツを砕くたぁ」


 欠片を摘まんで数秒見つめると、唐突に笑い始めたヘファトス。三人は何が面白いのか理解できず、顔を顰めて見守った。


「これは紅血石の純結晶だ。まずこんなものを拵えられる奴なんかいねぇ、どんな名工でも無理だ。それに、最高硬度の部類に入るコイツをガラクタにしちまうなんて」

「……無知で申し訳ないが、それは彼女の物だ。こちらとしては、それとドリムとで一振り打って頂きたいが」


 白く伸びた顎髭を撫でながら、じろじろとディレを眺め始めるヘファトス。なんだ、見られることに抵抗はないが、だからと言って気持ちのいいものではない。


「お前さんがコイツをね……これは誰が作ったんだ?」

「……あの人」

「すまない、口下手でな。『終結の英雄』だ、ディレも彼女の生み出した自動人形オートマタ

「……ハ、ハハッハハハ。英雄の遺産か、納得だ」


 右手を顔に当てて、呆れているのか驚いているのか、どちらともつかない顔で苦笑する。しばらくすると、収まったのか真剣な顔つきでこちら見てきた。


「――――本当だな。もし、俺の打った武器を私欲に使うのなら、許し、、はしない。俺との約束を、守れるか?」

「……嘘は下手。それに、戦うのは、リラを邪魔する……リラを困らせる奴だけ」

「――――わかった。嬢さんの言った通り、かなり惜しいが、ドリムも使わせてもらう。流石の俺でも、何かを咬ませなきゃ純紅血石は扱えない」


 ディレの気持ちが届いたのか、重い問いを投げかけたヘファトス。それは、過去に過ちを犯した者への怒りでもあり、失望でもある。だからこそ、ディレに問うた。

 ディレの応えは揺るがない、もうディレは、誰も傷つけたくないのだから。


「――――礼を言わせて頂きます、ヘファトス殿」

「グレンでいい、俺はもう神匠じゃぁねえ」

「……ならグレン殿、どれくらいかかりますか?」

「すぐに仕上げてやる。龍の刻まで待ってくれ、それだけくれれば問題ない」


 そういうと、近くの棚から小さな木箱を手に取った。蓋を開けておもむろに中身を取り出す。中から現れたのは、氷のような透明さを持ちながら、金属の光沢をもった、ハンマーだった。


「ミスリル、剣を打つならコイツが一番だ。これがあればすぐできる……ディレ、とか言ったか? お前さん、剣は使えるか?」

「……刃があるならなんでも」

「わかった、最高に仕上げてやる」


 白い歯を見せて笑ったかつての神匠は、氷色に輝くハンマーを担ぎ、店の奥へと消えていった。それから、ほどなくして、溶鉱炉の音、金属を叩く音が店中に響いた。

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