第35話 影の王

「……早かったじゃないか」


 王族の衣に身を包み、豪奢な杖を突く男。夜風にたなびく美しい金髪。

 夜の王宮、その裏手の森で吊るされた少女を眺めている。


 それは、国王だった。紛れもない、『魔豊王国』の現国王。


 とはいえ、それは見た目だけの話だ。


 目の前に足をそろえて佇む黒竜が、不安そうに男を見つめる。少女を攫うことができなければ、厳しい仕置きが待っていると脅されていたからだ。こうして縮こまっている所をみると、恐怖の邪竜の面影など何処にもない。


「それにしても、この身体は案外動きやすいものだ。前の家臣の方がよっぽど無駄な肉がついていた」


 吐き捨てるように、傍らに寝かせてある身体を見て言う。国王に最も信頼の有る家臣だとか、とはいえその意識がなく、抜け殻の肉体に価値はない。後で焼き払うか。


「久しぶりだな、リラ、、。お前があの場所に居ることは以前から知っていたがな、厄介な結界など張りおって。まあ、これのお陰で助かったわけだが……ヒヒ」


 気色の悪い含み笑いを、竜が持つ少女に聞かせながら、右手に持つ青い玉を見つめる。偶然、王国の宝物庫から見つけたものだ。最初は何かわからなかったが、昔に書物で読んだことがあったのだ。


「“魔操の宝玉”これさえあれば、物騒な黒竜もこの様だ。あとはリラの力を手に入れれば、私は完璧になる。ノクトルナの夜明けだ……!」

「……うぅぅ?」


 くだらない嘲笑に鼓膜を打たれたリラが、僅かながら意識を取り戻した。

 気づいた男は口の端を曲げる。


「起きたか」

「……っ⁉ あなたは……?」


 ゆっくりと瞼を開けて、目の前に現れた人物を見て目を見開く。実に愉快、しかし、ここで愉しんでいては少々都合が悪い。一度王宮に戻るべきだ。


「お前は私が呼ぶまで森に居ろ。ああ、彼女は放してやれ」


 黒竜とリラに背を向けて歩き出す。バサッと、リラが落ちる音が耳に届く。


「んっ……痛っ!」


 立ち上がろうとでもしたのだろう、しかし無理な話だ。

 首だけで振り返ると、顔面を地面に突っ伏して無様に転げていた。足も手も縛ってある。好きに動かれてはたまらない。


「さて、彼女を運べ、丁重にな」


 そう言って指を鳴らす。それに呼応して現れたのは、数匹のゴブリンだった。黒竜同様、『魔操の宝玉』を使って自身の傀儡にしてある。


 明日は儀式の準備に取り掛かるとしよう、彼女の呪術を手に入れれば、『終結の英雄』など優に超えることができる。


 元々、彼女の呪術を育てたのは、実験に必要だったからだ。言わば彼女の物は男、フランケルの物と同義。


 返却を願っても、何らおかしくはない。ただ少し、犠牲が伴うが。放っておいても、遅かれ早かれ国王に処刑されていたのだ、彼女の命など一考にすら値しない。


「儀式の準備をせねば……」


 国王に扮した最悪の男は、突いていた杖をその場に捨てると、足早に王宮へ戻っていった。


「……まさか」


 醜い怪物と共に残されたリラは、先ほどまでの男に、あるはずの無い面影を感じて戦慄する。そんなはずはない、彼は死んだはずだ。

 だが、彼なら生きていてもおかしくはない。彼の執念深さは、リラが一番近くで見てきたはずだ。


「ゴル……」


 命令を遂行しようとゴブリンが動く。汚らしい腕がリラを乱暴につかんだ。


「嫌っ! ちょっと! …………」


 抵抗空しく、まるで荷物のように担がれる。もう、それはいい。気がかりなのは、あの男の言った「儀式」という単語。

 何か、恐ろしいこと成そうとしている気がする。


「ディレ……」


 この場にないいない、相棒の名を呟きながら、静かに絶望したリラ。もし、先ほどの男がリラの察する所だとすると、恐らくもう手遅れだ。彼の執念深さもさることながら、非人道的なあの思想はもはや理解が及ばない。


 小さかったリラを呪術の実験体として扱うぐらいだ。


 何もできない『破滅の魔女』は、怪物に運ばれて王宮へと姿を消す。


 それが、厄災の幕開けだとは、真の意味では知らずに。

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