第31話 貴族の責任

 荘厳な鉄門が佇む前庭、柵越しから伺える庭園は、しっかりと手入れの行き届いた草花が、陽光を浴びて葉を輝かせている。


 仄かに風が運ぶ香りは、気高さを思わせる薔薇の色だ。


 場所を移した一同は、例の場所、フライン領、領主の屋敷『茨の館』の前で、足を止めていた。


「ここが……?」


 門の向こう、そこに聳え立つ館を見上げて、リラが呟く。

 見惚れているのか、目が離せないというようにじっと動かない。


「はい、ここです。少しお待ちください」


 前に出たリセッタが、門に取り付けられた取っ手のリングを掴む。

 すると、それを軽く叩いた。二、三度響いた金属音が、夕暮れの庭園にこだます。


 ガチャ、っと扉の開く音が響いた。館の奥からメイドが一人、パタパタと駆けてくる。


「お帰りなさいませ、お嬢様」


 門前まで来ると、そう深々と礼をする。見た通り、フライン家の使用人らしい。そういえば親しい使用人が居ると言っていたが、彼女だろうか。


「アリヤ、開けてくれるか?」

「あっ! 失礼いたしました!」


 あわあわとしながらも、手に握っていた鍵束から一つを選んで鍵穴に差し込む。ガチンと、重々しい音がして、門が開いた。アリヤ、、、と呼ばれたメイドが手で促す。


「リラ殿、どうぞ」


 中に入ったリセッタが言う。彼女のその態度で察したのか、アリヤがお辞儀をした。リセッタと比べれば浅かったが、その差は微々たるものだった。リセッタが誰かに下からの態度をとるのは、余程珍しいのだろうか。


「リセッタさん、流石にお屋敷でそれはちょっと……」


 真面目にその態度を貫こうとする副団長、しかし確かに、自身の実家でその態度は屋敷内を混乱させるかもしれない。それに、恐らく数日とは言え、居候の身になるのだ、彼女がよくても家の者はあまりいい気はしないだろう。


 それに優しいリラのことだ、どこか負い目を感じているに違いない。

 自分は“魔女”と呼ばれているのだから、と。


「そう、ですか。いや、その通りです……だ。屋敷ではこれで行かせてもらう。お許しを」


 やめろと言うのに謝罪までするリセッタ、律儀なのか面倒くさいのか、ここまでくるとわからない。


「お嬢様、旦那様にご連絡は?」

「していない、それと、部屋を三つ、、用意しておいてくれ」

「承知いたしました」


 恭しく礼をしたメイド、そそくさと屋敷の方へ戻っていった。


「リセッタ様!」


 そこで、異議ありと声を上げたのはセイリンだ。


「なんだ?」

「三部屋、というのは、私の分もご用意なされたということですか?」

「不味かったか?」

「いや! その! 私は街の宿屋にでも泊まりますので、お気遣いには……」

「いいから泊っていけ、大事な部下をそこらで寝かせてはそれこそ名折れだ。それに、私の厚意だ、不服か?」

「いえ! ……そんなことは!」


 セイリンにしてみれば、尊敬深い上官、しかし自身の直属でもあるリセッタの、実家に厄介になるのは気が引けるなんてものではないだろう。

 本来ならホイホイ話に乗るのは無礼なだけだ。しかし、相手がリセッタともなればそうではないのかもしれない。


 本当に良くできた騎士だ。気遣い、強さ、気さくさ、どれをとっても汚点がない。まあ、真面目過ぎるのは問題か。

 とはいえ、それらの要素が、彼女を陰で『重装の乙女』と呼ばせる所以なのだろう。


「決まりだ、中でメイドが待っているはずだ。案内に従ってくれ。……私は、あの男父上に顔を出してくる」


 縮こまる部下を満足気に眺めると、緩んだ目元を引き締めたリセッタが言う。その双眸は、静かに揺らめいていた。恐らく、彼女が言った「わからずや」に関係があるのだろう。


 しかし、或いは、それは彼女の戦い。リラやディレが口出しの出来ることではないのだろう。彼女の様子に三人は気づいたが、誰も指摘しなかった。


「改めてようこそ、我がフライン家へ」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る