第30話 四美姫の関係

 門を潜った先に広がったのは、人の群れだった。どこを見ても人、人。


 赴きのあるレンガや石造りの家々が立ち並び、絶えず喧騒をつないでいる、行き交う人々は皆生き生きとした顔で、営みを満喫している。

 久しぶりに目にした王都は、以前に訪れた静かながらにも、不幸に抗っていた寂しさはどこにもなかった。


 大通りを走るのは動物に牽引された大きな荷台や、馬車だ。その中でも一際目を引くのが、同系統のものよりも何倍も大きい、鋭い鼻に凛々しい瞳を携えた狐狼ウォックスだ。


 馬と比べて力は劣るものの、その逞しさと素早さは時に馬よりも重宝される。

 騎士団でも二匹ほど戦闘補助用に飼育されている。


 そんな賑わう城下町を背にして、アルバーンは言った。


「僕は王宮に潜入してくる、君たちはフライン家に」

「はっ、騎士達はどうすれば?」

「……解散、というわけにも行かないか、この中に王宮意外に帰る場所がないものはいるか?」


 家に家族を残してきているものなどは、国王の計らいにより王宮で日々を過ごさなくて良いことになっている。そして例え独身だとしても、申請すれば家での暮らしが許される。


 しかし、王宮に用意された騎士団用の寮で生活しているものは、任務中は特例がない限り帰還は許されない。まあ、露見しなければ問題はないが。


 数人が手を挙げるのを確認すると、騎士団長は逡巡しながらも答える。


「僕の家でよければ好きに使って良い、ただ何年も帰っていないから埃だらけだが……」

「「感謝いたします」」

「そうか、なら一度解散だ。明日の午前フライン家に行く」

「承知いたしました」


 リセッタが一例すると、アルバーンと騎士達は街の中へと消えていった。

 背後からでも分かる統率のとれた動きは、信頼できる騎士団長あってこそのことなのだろう。


 それを見送ったリセッタが、一人だけ残った騎士に身体を向ける。ブロンドの髪を兜から覗かせる女騎士、セイリンだ。


「セイリン、お前はどうする?」

「任務は完了しておりません、故に副騎士団長にお供します」

「……わかった。それと、今はリセッタで良い。騎士団もいないしな」


 一瞬、首を振りかけたセイリンだが、思い直したのか頷いた。


「リセッタ様、これからいかがなさいますか?」

「……腹ごしらえでもしようか、私の家に行くのはそれからでも遅くはない」


 一度目を瞑ったリセッタが、パッと開いて頷く。それに反応して敬礼をした。口元を緩めたリセッタが、諭すように首を振った。


「セイリン、今はいい。女4人、気楽にいこう」

「……しかし、ノクトルナ殿とフィリア殿は……」


 兜を揺らしてちらりとこちらを見る。確かに、気楽、、にとなかなか簡単に触れ合える中ではないのだろう。彼女からすれば、王宮に仕えていた経歴の有る家の出のリラと、自動人形のディレ。


 ディレクタ・フィリアが何たるかは、先の村での「きす」の一件で周知の事実となった。不安そうに語ったリラに対して、アルバーンやリセッタ、他の騎士たちは意外にも拒絶はしなかった。


 それどころか本当に自動人形なのかと、冗談交じりに疑うのだ。だとしたら、人と自動人形に大した差はないと語った。


 拒絶されると思っていたリラは、拍子抜けした顔で面々の反応を受け止めていた。


 問題の当人であるディレは、特に何も思わなかった。リラが理解してくれればそれでいい。――――けれど、他者に理解されるのは、案外悪くないとも思った。


「セイリンさん、リラって呼んでくれていいですよ? このもディレって呼んであげて」


 戸惑うセイリンにリラが笑いかける。それに鎧を鳴らしたセイリンが両手を振る。


「そんな、恐れ多いです。それに、私はリセッタ様の部下、同じような馴れ合いには加われません」

「セイリン、それはあまりにも冷たくはないか?」

「……命令なら、受け入れますが」


 兜越しに俯いたセイリンが、ぼそっと呟く。やや諦めの声色だったその言葉は、リセッタの口角と気分を上げた。


「ならそういうことにしておく。美味しいパイの店を知っている」


 ◇◇◇


「……やはりこの店はいつ来ても変わらない」


 テーブルの上のパイ皿を見つめながら、食後の紅茶を啜るリセッタ。その向かいにリラ、左右にセイリンとディレが腰を掛けている。


 木造りの店内は、照明から温かみのある光が降り注いでいて、昼時のまったりとした時間を彩る。うるさ過ぎず、静かなだけでもない店内は、とても居心地がよかった。


「よく来るんですか?」


 同じようにカップを持ち上げながらリラが首を傾ける。ゆっくりと頷きながら店内を見回したリセッタ。


「小さい頃、父がよく連れてきてくれまして。……今はもう話しすらしないが」

「リセッタ様のお父様は、フライン領の領主なのです。その手腕は王国からも評価されています」


 リセッタに続いて解説を挟むセイリン、その表情はなぜか自慢げだ。


「セイリン、父の話はもういいさ。どうせ後で会う」

「――――申し訳ありません」

「別に謝ることではない、あのわからずやが悪いんだ」


 眉を顰めて明後日の方向へ視線を送る。どうやら、何か事情があるらしい。詮索をする必要もないため、特に聞き返さないが。


「そういえば、この服のお代って……」


 リラが自身の来ているワンピースを軽く引っ張る。摘ままれたその生地は、先ほど来ていたドレスよりも、安価なものになっている。

 濃紺のシンプルなソレは、リラにとてもよく似合ってはいるが。


「気にしないでください、殆ど私の趣味みたいなものだ」


 対するリセッタは、簡単なシャツに身を包み、長い髪を一まとめに括っている。この店に向かう道中の服屋で、鎧を着た騎士が二人もいては流石に目立つと、彼女自身が選んだものだ。セイリンとディレの分も彼女が選んだ。


 趣味と言っているのが頷けるほどに、そのセンスは抜群なものだった。ディレは黒の生地に赤のラインが入ったチュニック。セイリンは、胸元がかなり大胆に空いたクリーム色のワンピースだった。


 購入する前はかなり抵抗していたセイリンだが、今ではもじもじしながらもその服に収まっている。ディレは、何が恥ずかしいのかわからなかったが。


「……リラ殿、一つお願いを申し上げても?」

「はい?」


 言いづらそうに顔を俯けたリセッタ、カップの残る琥珀色の液体に、彼女の顔が映り込む。


「この一件が片付いた時、またご一緒させてもらえないでしょうか?」

「……ダメ、なんて言うとでも?」


 また、リラの悪戯に一度肩を震わせたリセッタ、次の瞬間には顔を上げる。

 微笑かけたリラを見て、口元を緩めた。


「ありがとうございます」


 少し歪な関係の女子会は、こうして微妙な幕を閉じた。

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