第29話 主従の再会
王都へと入るための検問は、東西南北の門に一つずつ置かれている。堅牢な門には鉄の柵が設けられていて、許可がなければ開くことはない。
魔法による生産が盛んな王都には多くの商人が取引に訪れる。ぞろぞろと続く喧騒の行列を横目で見ながら進むディレ一行は、恐らく羨望の眼差しを受けていることだろう。
思い思いの荷物を背に、数時間にも及ぶ待機を強いられているのだから当然か。
もし騎士団という後ろ盾がなかったら、足が棒になるまで待たされていたと思うとゾッとするが、ディレはそれに対してはあまり苦ではなかった。
ダンジョンで人を待ち続けていた時と比べれば一瞬だ。
検問所の前で足を止めたアルバーンが、小さく設けられた小窓に向かって声をかけた。優先するように一歩下がった商人たちが、苛立ちを隠さずにこちらを見る。
「騎士団だ、任の途中だが戦略的撤退のため、王都に戻りたい」
「アルバーン様、承知いたしました。では、所属と人数をお願いします」
小窓から顔を出した青年兵が、萎縮した様子で騎士団長に伝える。
「僕ら騎士団が22、一人『鋼の乙女』も含めてだ。それと、マグレイナ家のご令嬢と側近が」
自身の背後を視線で示しながら、人数を
すると奥から、しゃがれた声が飛んできた。
「ほぉ、マグレイナの?」
ひょっこりと若い兵の隣に顔を出した老人、どうやらこの門のまとめ役のようだ。その証に、鎧の肩に紋章が刻まれている。
「……! 爺や?」
その顔を見て目を見開いたリセッタが、顔見知りらしく口を開いた。
「嬢様ではありませんか!」
声を聞いてアルバーンの後ろを見やった老人も、驚愕の表情でリセッタを見た。
呼び名からして、ただの顔見知りではなさそうだ。
「リセッタ、彼は?」
「フライン家の元使用人です、今は衛兵に移りましたが」
「素直に首にしたと言ってくれても構いませんよ?」
口角を上げた老人が、黄色い歯を見せながら言った。それを軽くあしらうリセッタ。
「それはお父様に言え、……言ってください」
「ほっほっ、構いませんよ。私目も『嬢様』と呼ばせていただくので」
「……それで、お前がなぜここに? 王宮勤務だったと聞いたが」
アルバーンの隣に立つと、前のめりになって疑問を投げる。すると申し訳なさそうに「それが…」と呟く。
「どうやら老ぼれは王宮に置いておけないと」
「……仕方ない、お前ではもう前線には立てないだろう」
「まあそれはそうなんですが、どうにもおかしな話で……いやそれは置いておきましょう」
逸れた話題を元に戻して、顔を改めた老人。いつの間にか若い兵が消えていた。
「先ほどマグレイナ家のご令嬢と仰っていましたが、そちらが?」
リラの方を、値踏みするような目線で見つめる。何か、リラが貴族には見えないというのか? 確かに、貴族なんて称号では収まらないほどに可憐な容姿ではある。だが、老人にジロジロと見られる筋合いはない。
気分が悪くなったディレは、事前にリセッタから教えられた口調で止めに入る。
「あまりじろじろ見ないでください……おじょうさまは“しゃい”(?)ですので」
あまり威圧しないように気をつけながら言う。しかし老人には関係なかった。
気にしない顔でディレにまで声をかける。
「おや、こんな可憐な使用人は初めてだな」
場の空気が凍りつく。苦笑いを浮かべたアルバーンに、ヘッドドレスを引っ張り念を入れるリラ。そして、拳を振るわせたリセッタ。
「爺や、何が言いたい?」
「いえ、私の記憶ではマグレイナにはご令嬢はいなかったはずだと思いまして」
「……訳がある」
「ええ、承知しています。記録には
「———! ……しかし良いのか?」
「嬢様がここまでするのですから、何かあるのでしょう」
リセッタの意志を汲み取ったのか、先ほどまでの何か悪意のようなものが混濁した言い方ではなく、さながら主人に尽くす使用人のような声色で言った。先ほどのディレの棒読みとは大違いだ。
「騎士団様御一行に許可を、門を開けろ!」
まとめ役らしくそう命令を下す老人。その曲がっていない背中からは、リセッタに対する信用が見てとれた。
「……すまない。いつか酒でも飲もう」
「ご冗談を、嬢様が先に酔い潰れますよ」
軽口を叩き合って、それを別れの言葉とする元主従。それはある種、ディレにとって理想的な関係に見えた。あの人とも、最後まで分かりきれることはなかった。
そうしているうちに、門が大きな音をたて始めた。門を持ち上げるために回る滑車と、軋む金属の大合唱。今思えば、ディレ達がくる前から検問は行っていたはずなのだから、降りている方がおかしいのだが。
「今はね、何組かで分けて検問して、いっぺんに入れるようにしてるんだって。その、
聞いてもいないのに答えてくれるリラ。もしかしたらすでに理想の関係に近づいているのかもしれない。そんな幻想を抱えて、ディレは開き切った門を潜った。
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