第25話 眠りと覚醒め

 黒く、どこまでも黒い暗闇。

 手足の感覚は無く、自分が今どんな体勢かもわからない。


 ただ、川に流れる布のように揺蕩っているだけだ。


 ここは、どこなんだろうか?

 一体自分はなにをしていたのか。


 思い出せない、頭が上手く回らない。

 自分は何で、何をすべきなのか。


「ん……」


 掠れた声が喉から漏れる。口が、喉が、何かを、誰かを呼ぼうとしていた。


「れ……」


「……?」


 不意に声が聞こえて、耳を澄ます。


「ぃれ……! ……れ!」

「……⁈」


 少しだけ、声が強くなった。なんだか、聞き覚えのある声だ。


 手を伸ばして、確かめようとする。しかし、声の方には何もない。虚空を薙いだ右手が、虚しく垂れ下がる。


「……」


 諦めかけた、そんな時だった。


「――――ディレ‼︎」

「――――っ!! リラ!」


 気がついて、その名を読んだ。視界が唐突に光に包まれる――――


 ◇◇◇


「……ん……?」


 視界が眩しい、自分は眠っていたのだろうか?

 それと同時に、後頭部に違和感を感じる。


 何か、柔らかくて、甘い匂いの――――


「ディレ⁈」


 間近で、というより、耳元で、名前を呼ばれる。流石のディレも肩を跳ねさせた。

 光だけだった視界がようやく戻り、目の前に、可憐な少女が泣きそうな顔をのぞかせていた。


「……リ……ラ?」

「ディレ! 大丈夫⁉」


 声を張り上げて肩を揺らす。何をそんなに心配しているのか、いや、原因は自分なのか。……記憶がない、一体何があったんだ?


「急に倒れるから、心配したじゃない!」

「………」


 倒れた……ああそうだ、リラ達の会話を聞いていた時、突然体に力が入らなくなった。しかしなぜだ、戦闘で傷は受けたが、特段深い傷を負ったわけではない。それに、大体の傷はリラの呪術により応急処置はされているのだ。


「ディレ……?」


 思考するディレの耳に、主の言葉は届かなかった。否、とどいてはいる。が、それを処理するための思考領域が残っていなかっただけだ。


 傷ではないとするならば、疲労か? いや、大したことはしていないはずだ。それどころか、久方ぶりの睡眠で、多少なり回復しているはず。


 あのダンジョンを離れてから、ディレの心は少しずつほぐれていた。まるで、氷塊が陽光によりゆっくりと溶けるように。


 ……待て、ダンジョン……?


 自身で想った単語が引っかかり、ディレは眉を顰めた。それを、リラやリセッタは怪訝そうに眺めている。


 しかし、そんなことはお構いなしに思考を続けるディレ。珍しく熟考しているディレの姿は、以前を知らない騎士二人ですら、何かを想った。


「――――!」


 そうだ、ダンジョンだ。ディレが、自動人形が動けていたのは、あそこにあの人の魔力が残っていたからだ。それがない今、ディレは残り香のようなもので動いている。


 魔力を、補給しなければ。


 魔力の枯渇により重い右手を、ディレを見つめる顔の頬に当て、引き寄せる。

 ぎこちない動きで自分も頭を上げて、を重ねた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る