第24話 壊壁

「……それで、何? アル」

「ああ、君の今後についてなんだが……」

「私の……?」


 真剣な瞳を向けたアルバーンが、言いづらそうに顔をひそめた。


「僕らは、君が一件の犯人ではないと確信した。しかしこのまま、『村に魔女はいなかった』では王の不興を買う。それに、騎士団として真の原因を突き止めなければならない」


 確かに、手ぶらで帰るわけにはいかないだろう。王としては、事件という引き金を元に、理由をつけてリラを葬りたかったわけだ。それを、リラがおらず、のこのこ帰ってきただのと王の耳に入れば憤慨は避けられない。騎士団の信用を失うことにもなりかねないだろう。


「だから、君を一人の知識人として、協力を頼みたい」

「……」


 土で汚れた右手を差しだして、騎士は言う。逞しく、厳しい修練を積んできたことが目に見えてわかる掌。しかし指先は震えていて、どこか頼りない。


「うん、わかった。私も、原因究明を手伝う」


 言いながら、取り出したハンカチでアルバーンの掌を拭った。それから、優しく握り込む。


「……ありがとう」


 ◇◇◇


「事後処理が終了いたしました」

「そうか。ならしばらく待機してくれ。……よくやった」

「は――――!」


 頬を飛び血で汚した部隊長が、洗練された動きで右手をこめかみに当てる。そのまま踵を返して集団へと戻っていった。


「……! 騎士団長!」


 不意に足音がして振り返ったリセッタ、それを迎えたのはリラとアルバーンの二人だった。


「事後処理が終了、騎士達には待機命令を」

「そうか、ありがとう」


 微笑ながらあたりを見回す騎士、それに気づいたリラが首を傾げた。


「……ディレは?」

「彼女でしたら、先ほど解体作業を手伝ってもらっていました。もうじき戻るかと」


 リセッタが恭しく頭を下げて説明する。そのしぐさに眉を顰めたリラは、アルバーンに視線を送る。隣の騎士は、すまなそうに頭を掻いた。


「僕が言っても無駄だと思うよ、君が直接言った方がいい……」

「………」


 頼りない騎士に肩を落として、リラはため息をついた。実際、リセッタの態度は気にしないでいることもできなくはないが、正直やり辛い。仕方なくリラは口を開いた。


「副騎士団長さん、その、もう大丈夫ですので、畏まらなくても」

「いえ、ノクトルナ殿に掛けたご無礼は、こんな事では償えませんので」


 少し面倒くさい。というか、ここまで頑固な騎士がまさかいるとは思いもしなかった。確かに、騎士という立場からすれば、道理が通っているのかもしれないが、行き過ぎにもほどがある。それに、アルバーンが遠い目をしているのだ、流石にこれが普通ではないだろう。



 頑固すぎる騎士に戸惑っていると、足音が聞こえてきた。


「……ディレ!」


 紅の髪を揺らしながら、ディレはリラの隣に立った。血で汚れた頬を袖で拭いながら、不思議そうに首を傾げる。


 自身が助け舟になったことを知らないディレ、その姿にどこか愛らしさを感じたリラは、ひっそりと囁いた。


「ありがと」

「……?」

「ディレ、私はこれから騎士団に協力する。ディレはどうする?」


 疑問を回収させないまま、リラは語る。今度は首を傾げずに、頷いた。


「リラが行くなら私も行く」

「2人が協力してくれるなら、心強い。それに彼女の汚名を晴らすこともできる。リセッタ、異論は?」

「いえ、むしろ歓迎です。彼女が戦闘に加わるのなら、頼もしい限りですから」


 ディレの背に輝く刃を見ながら、リセッタは口にする。だが「しかし」と続けて言う。


「我々も頼ってばかりでは示しがつきません。後で騎士を数名、王国図書に向かわせます」

「それがいい、リラ、それでいいか?」

「………」


 恐らくは目ぼしい成果は得られないだろう、しかし念には念を押す必要がある。


 と言った旨だろう。しかしリラはあまり賛成では無かった。真剣に事態のことを考えるのなら、戦力を削ることはあまり賢いとは思えない。


 それに、王国図書に史料があるのならリラも知っているはずだ。

 もしリラの仮説が正しければ、相手は相当の実力者だ。未知の術を習得している可能性がある。


 怪物の凶暴化が、王都周辺に収まるとは思えない。事実、王都から離れたこの辺境にはオーガが現れた。


 いや、それならば騎士団は事件解決に時間を削いでいる場合ではない。こうしている間にも、被害は拡大しているかもしれないのだ。


「アル、騎士団はすぐに王都に帰った方がいい」

「……なぜだ?」

「こうしている間にも、問題の怪物の被害は広がっているかもしれない。王国の剣の貴方がここに居るんじゃ……」

「それは……」


 痛いところを突かれたのか、顔を伏せるアルバーン。それを見たリセッタが掌を上げた。


「ノクトルナ殿、それに関しては、少し事情がございます」

「……?」

「現在騎士団は、王国の防衛を任されておりません」


 俯いて、先ほどとは変わって暗い表情を見せるリセッタ。防衛を任されていないとは、どういうことだろうか。本来騎士団こそが、王国を守る最高集団ではないのか?


「それは、一体?」

「……現在王都は、衛兵隊の管轄下に置かれています。そのため、騎士団が手を出せないのです」

「衛兵隊……」


 そうだった、王国には騎士団と他に、もう一つ国を守ることのできる戦力が存在する。しかし、衛兵隊『国王親衛隊』は、国王と王宮を護るのが主な任のはずだ。それが一体なぜ?


「なぜ、と我々も疑問は抱きました。しかしどうやら、国王の側近兼家臣の意見だということです。国王は彼をいたく気に入られているようで」


 言われてリラは思い出した。以前王都に訪れた時に聞いた話だ。国王に支えている側近は、国王が子供の頃からの付き合いだと言う。


 しかし、国王も側近の意見だけを元にするような人物では無かったはずだ。やはり以前とは変わってしまったのか。


 恐らくは、ノクトルナの一件が原因なのだろう。


「ですから、我々は与えられた任務をこなすしかありません。それが、今回の件なのです」


 俯いた顔を上げて、光る瞳を向けるリセッタ。彼女は前を向いていた。どうやら、後ろ向きなのはリラだけだったらしい。


「……わかりました。でも、騎士を送るのは反対です」


 首肯して首を振る。


「何か考えがあるのか?」


 怪訝そうにアルバーンが問う。問われて、リラは一度大きく息を吸った。


「今回の件、真犯人とも言える人物は、呪術を使える可能性がある……」


 既知の事実から確認する。残る3人が首肯するのを見て話を進める。


「呪術は、ノクトルナの人間しか使えない。技術はもちろん情報すらも公には公開されていない、だから考えられるのはただ一つ。それは、ノクトルナの人間、だと思うの」


 呪術は、一族が限定的に使用、研究を許されたものだ。そう簡単に他者が使えるわけがない、使えては困るものだ。おそらく国王も、今回の件がノクトルナ、引いてはリラの仕業だと思い、処分に踏み込んだはず。


 ということは、ノクトルナの生き残り———恐らくはかつての使用人———だろう。それを元に当時呪術に一番近かったのは、当主の息子であるお父様、お母様だろう。だが、それはあり得ない。


 なぜならあの二人は、数年前に処刑されている。だから、その側近達が怪しい。両親の部屋に出入りできたのは数人しかいない。あの時リラは逃げ出してしまったため、詳細はわからない。だが、それしか考えられない。


「……だから、もし、戦闘になったら……」


 懸念、それがある限り、妥協も適当も許されないだろう。それに、衛兵隊に後ろ指を刺されかねない騎士団が、手柄も無しに王宮に帰ったことが露見すれば面倒事になるのは間違いない。


「……わかった。騎士を送るのはやめだ、その代わり僕が後で書類を確認してくる」

「……え?」

「あの時の件をまとめた書類があったはずだ。僕なら気づかれずに確認してこれる」


 自身ありげにリラを見つめる。かつての想い人は、目の前の少女を救うことに必死だった。それは、嬉しくもあり、辛くもある。


 自分が魔女などと呼ばれたばかりに、彼に迷惑をかけてしまう。だが、今は気にしている暇などない。


「……わかった」

「……大丈夫、僕は帰ってくる」

「アル……」


 互いの事を案じながら、見つめ会う二人。ここに至るまでの時間が、彼らの想いを増幅させ、物語る。


 しかし、それを見ているには少々苦しい乙女と、理解せず小首を傾げる少女が、その場にはいた。


「……っんん!」

「「———っ?」」


 堪えきれなくなったリセッタが、咳払いをした。それに驚いた二人は、見つめ合っていた視線をパッと外す。


「き、騎士団長! 先ほどのお話からして、どうしますか?」

「……あ、ああ。そうだった」


 我に返った騎士団長が、顔を正して口にする。


「まずは王都に行く、犯人を探すにしても情報がない。ただ、あまり王宮に近いと問題なんだが……」

「でしたら、私の家をお使いになってください」


 右手を胸元に当てて提案する、その様子に一瞬表情を明るくしたアルバーンだったが……


「しかしいいのか? もう何年も帰っていないんだろう?」

「問題ありません、親しい使用人が何人かおりますので」

「……そこまでいうなら、頼もう。リラ、君は彼女の家を拠点にしてくれ」

「……いいんですか?」


 リラとしてはありがたい限りなのだが、先ほどの「何年も帰っていない」というのが気になる。が、招待される身だ。どうこう言えないのかもしれない。


「はい、それと、敬語はやめにお願いします」

「なら、あなたも。リラって呼んで」

「いえ、それはできません」

「……本当、、に?」


 静かに問うて圧を掛ける。


 頑なに己を正そうとする騎士。その頑固さはもはや尊敬できる。しかし、譲れないのはリラも同じだ。


「……リラ殿」


 ぼそっと、名を呼んだ女騎士。戸惑いつつ、やっぱり固さが残っているものの、それでも呼んでくれた。

 その姿に、口元を緩めながら、リラも名を呼び返した。


「リセッタさん、よろしくね」

「……! はい」


 一度は敵として刃を向けあった者達、しかしその壁は、共闘という鞘によって崩れ去った。人は、話合えば和解できる。その体現だったとも言える。


 穏やかともいえる時間。とはいえ、あくまでそれは束の間の話。それでも彼らには、この時間を噛みしめるだけの苦労があった。


 そんな中、静かに意識を薄れさせていた少女が居た。


「……ん」


 ふっと、糸の切れた操り人形のように、地面に倒れこんだディレ。


「――――っ⁉ ディレ‼」


 伏せられた瞼は、まるで人形のように穏やかだった。

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