第22話 魔女の赦し
「~~~~~~‼‼」
息を吞むほどの暴風が、苦痛に悶える咆哮の元凶を切り刻む。
吹き狂う不可視の刃は、確実にその深緑の肌を傷つけていた。吹き上がった鮮血が、そのまま風に流されるのが見て取れる。
「グルァア――――‼‼」
身動きの取れない巨体を惜しむことなく刻まれているオーガが、一際大きい悲鳴を上げた。ガクンと膝をつき、ついに動かなくなる。それでも吹き荒れる風の牢獄は、命を刈り取ってもなお、凛然とその刃を振るっていた。
「こ、これは――――?」
今まで自分達を苦戦させた巨体のあまりの変わりように、驚愕の言葉を思わず漏らしたリセッタ。その、問いともとれる驚嘆に、リラはかざした右手を下ろしながら答えた。それと共に、吹き荒れた刃が鞘に収まった。
「敵を刻み続ける風の牢獄、あんまり優しい術じゃないです」
寂しげにその瞳を伏せるリラ、それほどの物を以てして、いったい何を謙遜する必要があるのか、リセッタにはまだわからなかった。逆を言えば、ディレとアルバーンにはすぐ理解できた。仕方のないことではある、リセッタはまだリラと出会って数時間だ。
「いや……そうではなくて――――」
そう、リセッタの零した疑問はそこではない。確かに、あの術は凄まじかった。けれど、リセッタが知りたいのは、なぜあのオーガに術が効いたのか、だ。
無論、リセッタもアルバーンも魔法攻撃は行っていない、そもそも使えないためだ。
適性がないのではなく、学んでいない。それだけの話。もちろん、単純な魔法なら使えないこともないが、オーガなどの強敵に効くような魔法は撃てない。
それに、例え魔法が使えたとしても、あのオーガに効果があったとはとても思えない。ディレの渾身の一撃すら物ともしなかったのだ、単なる魔法に効果があっては騎士として形無しだ。
それとも、呪術というのはそんなにも凄いものなのか、それは否だ。
それだけでどうにかなるのなら、最初に子供を救ったときに、リラが何とかしていたはずだ、そうでなくては、彼女は鎖で
「……もし、あのオーガが、あなたのいう
「……なるほど、しかし解呪だけでは時間がかかる……成功しても隙が生じる。だから彼女と二重詠唱を……?」
苦痛に顔を歪めながら、起き上がったアルバーンが納得したようにうなずき、紅髪の少女を見やる。視線を受けて、コクンと頷く少女を見ながら。リラが答えた。
「――――なんと……」
一言口にしたリセッタ、その身体は未だ地面に預けたまま、視線を一方向に硬直させて動かなくなる。アルバーンが何かを察したように口元を緩めたのを、ディレは見逃さなかった。
リセッタが言葉を失った理由、それは、彼女の考えが、想定が、あまりにも浅はかだったからだ。
「……?」
肩を震わせて、先刻の一言から言葉が続かない騎士にリラが首を傾げた。
すると、突然リセッタが顔を上げ、リラの方を見た。
「ノクトルナ殿、数々の無礼、深くお詫び申し上げます」
「え……?」
ザッとブーツで地面を掻き、踵を合わせるリセッタ。その頭は、深く深く下げられていた。右手は拳を握り、胸元へ。逆の手は剣の柄を握り占めている。
王国の最敬礼だった。
「え、その……?」
「私がいかに愚かで未熟だったのか、痛感いたしました。貴女のようなお方の人柄を見抜けないとは、誠に不覚であったと反省しております」
地面とにらめっこをしたまま、重々しく言葉を並べるリセッタ。一体誰の前に出れば、こんな堅苦しい言葉が連なるのか、少なくとも、リラではないと彼女は思う。
しかし、リラの心中とは裏腹に、副騎士団長は一向に顔を上げようとはしなかった。
「……すまないなリラ。彼女は案外頑固なんだ、君が赦しを与えないと、顔は上げない」
不器用な部下に暖かい目を向けて、肩をすくめるアルバーン。部下は上司に似るというが、もしかしたらそれは真実なのかもしれない。アルバーンも以外に頑固だ、そのおかげでリラは今ここに居る。
「……ん」
赦し。許すも何も、リラは最初から怒ってなどいない。当然のことをぶつけられ、仕方なく受け入れただけ。リセッタは何も間違っていないのだ、恐らく、間違えるように仕向けられていただけ。あの王は、そこまでしてノクトルナを潰えさせたいのか。
「……赦しません」
「――――っ!」
そっと、彼女にも聞こえるくらいの小声でそうささやく。ビクッと肩を震わせたリセッタは、拳を強すぎる力で握り込む。
だが、その必要はない。
「……だって、私はあなたに助られた。気にしないでください、私は怒ってない」
「……しかし!」
納得がいかないと顔を上げたリセッタ、しかし、視線の先にリラは
「逆に、素直に受け入れてもらえないと怒りますよ」
スッとリセッタの背後に立ったリラは、彼女の頭を押さえた。もう下を向けないように。
「破滅の魔女……怒ったら怖そうな名前ですね。試してみます?」
「なっ――――!」
それは困ると振り返ったリセッタ、その目の前にあったのは、天使と見まがうほどに可憐な、魔女とは比べ物にならない微笑だった。
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